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フェアリーリング・ダイアリーズ  作者: Cigale
現世・桐野・イソマツ(2014-2017)
11/16

図書館の守護者 〈2016年11月〉

「およ? 桐野? イソマツ?」


 現世は辺りをキョロキョロと見回した。

 しかし本棚が整然と並んでいるだけで、人っ子一人いない。

 ここは、円島(まるしま)魔導図書館(まどうとしょかん)である。この自治区で一番大きいこの図書館はレンガ造りのネオゴシック建築であり、住宅街の四丁目では一際目立つ存在である。行政の説明によると、地元の名士として知られていたとある錬金術師の元邸宅を改造し、図書館にしたのだという。

 その図書館に現世は、桐野とイソマツと一緒にやってきたワケなのだが……どうやらはぐれてしまったらしい。


「まったく、また迷子かあの二人は。しかたのない奴らだの」


「……迷子は、どうみてもあなたの方なのではないですか?」


 声をかけられた。

 現世は、振り向く。

 そこには、真っ直ぐで真っ黒なミディアムボブの髪形をしたメガネの女子学生が立っていた。


「迷子? 現世が?」


 女子学生は、コクリと頷いた。


「いやいや、桐野とイソマツのほうろうへき(・・・・・・)はいつものことなのだ。だからいつも、こうして現世の方から探しにゆかなければならぬ」


 女子学生はメガネの奥の瞳を横にそむけて「……いつも苦労してそうだね。その二人」と、ひとりごちた。


「何か言いおったか?」

「いいえ何も」


 現世は、女子学生の格好をまじまじと見る。

 女子学生が着ている制服は、濃紺のセーラー服に濃紺のスカート。それに黒のネクタイを締めたものだ。

 現世はその制服に見覚えがあった。 


「おぬし……、もしかして清丸(せいがん)魔導高校(まどうこうこう)の生徒なのか?」

「……ええ、そうですが」

「桐野が来年受験する学校なのだ!」


 この図書館のすぐ近くにある清丸魔導高校は、魔術師を養成する学校である。同校は、日本に数ある魔導学校の中でも国内トップクラスの偏差値を誇り、狭き門となっている。


「そうなんですか……。じゃあ、もし入学できたら私の後輩ということになりますね」

「おう、そうなるのだ!」

「未来の後輩の家族とあらば……捜すのを手伝ってあげましょう」

「本当か!? かたじけないのう」


 現世は満面の笑みを浮かべて、感謝の言葉を述べた。

 名も知らぬ清丸高の学生は親指を自分の方に向けて、くるりと回った。

 ついて来いという合図だ。


「して、おぬし。名前は何というのだ? 私の名前は現世。因幡現世なのだ!」


 現世は歩きながら女子学生に訊ねた。


「……段田莉央(だんだりお)

「おう! では、莉央どの! よろしくなのだ!」


 二人は、人気(ひとけ)のない「郷土史料」のコーナーを後にした。


 図書館は、凸凹(でこぼこ)の「(ぼこ)」の字の形をしている。

 現世が最後に桐野たちを姿を見たのは、右棟でのことだった。しかし現世が莉央と会ったとき、現世は既に左棟に居た。

 現世たちは莉央の提案で、はぐれた場所まで戻ってみることにした。


「莉央どの」


 突然現世が呼びかけた。

 莉央は、先程からの恭しい口調で「はい、なんでしょう」と応える。


「莉央どのは、ここによく来るのか?」

「はい。家に余りお金がないもので、ここに来るのが習慣のようになっております」

「そうなのか! 莉央どのは読書家なのか?」


 莉央はやや顔を背けて、「……まあ、他人からはそう呼ばれております」と言った。


「どんな本を読むのかの? 現世はのう、『オズの魔法使い』とか『銀河鉄道の夜』とか、『ガンバ』とかが好きだぞ!」

「それは私の親世代でよく読まれていました本ですね。名作には流行りを超える普遍性がありますが、『教養』的な色彩の濃い児童文学は、特に強くそう感じます。……私はどちらかというと『本』自体が好きなので……、実は『これ』と訊かれて特定するのがいつも困ります。最近ですと、『(せい)』に関する本を読み漁っていますね」

「なぬ『(せい)』に関する本!? 哲学か! さすがに読書家は違うのう」

「まあ、哲学といえば哲学といえますが……。私も『(せい)』の目覚めを実感してから、久しいですから」

「『(せい)』の目覚め! えーと、なんていったかな。この世界は永遠と繰り返すが、それでもあえて『生きんとする意志』をつらぬこうとすることを理想とする人間像だとか、そういう哲学者がいたことを涼ちゃんに以前教えてもらったな。そういうのか?」


 莉央がまた「……こりゃー、りっしんべんがついてない方と勘違いしてるな。でも面白いから、このまま話合わせよ」と、ぼそぼそ何かをひとりつぶやいた。


「何か言いおったか?」


 だが「いいえ何も」と、しれっと返した。


「して、具体的にはどんなものを読むのかの?」

「最近読了したのは、鴎外の『ヰタ・セクスアリス』。三島の『仮面の告白』。谷崎の『痴人の愛』。サドの『悪徳の栄え』。ローレンス『チャタレイ夫人の恋人』。インドの古典『カーマ・スートラ』……このあたりですね」

「ほう……。涼ちゃんから聞いたことがあるようなないようなタイトルばかりなのだ」

「あなたにはまだ早いですよ。思春期になったら、ひも解いてみてください」

「おう、わかったのだ!」


 そんなこんなで二人は、現世が元居たところに到着していた。

 そこは、学生専用の自習コーナーだった。

 すぐそばには参考書・教科書のコーナーがあり、そこで現世は桐野たちとはぐれてしまったらしい。


「むーん……。さすがに時間が立っているから、いるわけないか」


 現世は室内を見渡す。

 仕切りによって区切られた学習机を利用している学生はほとんどおらず、中央の席に座っているややガラの悪そうな高校生二人がやけに目立っておった。制服はブレザーで、浅黒い肌をしたツーブロックとスポーツ刈りの二人組であった。


「……あれは、日輪魔導高(ひのわこう)の制服ですね」


 莉央が言った。

 他の客がほとんどいないのをいいことに、二人は小声でなく通常の喋り声で会話していた。

 二人の声は、離れている現世たちのところまで聞こえてきた。


「空いていて助かったな」

「だな。学校の教室や『魔女の大釜(ケトル)』だと、こーはいかねーからな」

「まー試験勉強する以外に、こんなところ利用価値ねーけどな」

「それな。ブンガクなんて、社会に出て何の役に立つんだし」


 現世はそのやり取りを聴いていて、腹の底がカッと熱くなるのを感じ取った。


「こやつら……!」


 大股で、二人に歩み寄る現世。

 だが、肩に手が置かれて制止させられた。


「莉央どの、何を!」

「どんな客でも、図書館を利用する権利はあります。現状では、私たちが彼らに口を出す権限はありません」

「しかし……!」


 現世は納得いかなかった。

 けれども当初の目的を思い出してこんなことをしている場合ではないことと、ここで現世が出張れば莉央に迷惑をかける可能性があることを考慮し、しぶしぶと怒りを抑えることにした。

 しかし、であった。


「……!」


 莉央の表情が一変した。


「莉央どの!?」


 ローファーでかつかつと音を立てながら、男子学生のところへ向かう。

 そして、二人の席の前で立ち止まった。

 莉央と男子高校生二人と目が合う。


「……ああ?」


 ツーブロックの方が、怪訝そうな目で莉央を見る。

 すると莉央は、予想外に大胆な行動をとった。

 男子高校生が開いていた参考書を二冊、奪ったのである。


「なっ。ちょっと何をする――」


 スポーツ刈りが言葉を言い終える前に、莉央ははっきりとした口調でこう言った。


「――あなた方がアンダーラインを書き込んだこれら二冊は、ここの蔵書のようですが?」


「なぬ……!」


 現世は驚愕した。

 男子高校生の二人は公共物であるはずの図書館の蔵書に、赤ペンや蛍光マーカーで線を引いていたのである。

 だがスポーツ刈りの方は悪びれる顔を一つすることなく、莉央に食って掛かった。


「は? そんなん他の奴だってやってんじゃん。そんなことワザワザ言いに来たの?」


 その口許は、嘲るような笑いさえ浮かべている。


「そんなこと……ですか」


 横のツーブロックなどは弁明すらせず、高圧的な口調で莉央に質問する。


「その制服、清丸高じゃん。ガリ勉が何の用だよ」


 だがその質問には答えず、莉央は押し黙ったまま二人を睨み付ける。

 表情こそ余り変ったようには見えないが、強い怒気が迸っているのを現世は感じ取った。


「なあ。地味子っぽいけど、よくみりゃそこそこカワイーじゃん。話の続きは、区道沿いの喫茶店(サテン)にでも行ってから――」


 バチイッ!


 右手をかざす莉央。

 てのひらから、虹色の火花が迸った。


 不良二人は、コンマ五秒ほど硬直していた。

 そして我に返ると同時に、鞄の中から伸縮式の杖を取り出した。


「テメエ……、何の術を使いやがった!」


 いきり立つスポーツ刈り。

 正反対に驚愕する、ツーブロック。


「……お、お前。顔!」


 スマートフォンのカメラを起動し、インカメラにしてスポーツ刈りの方に向ける。


「は? ――ほあああ!? なんだ、これ!」


 スポーツ刈りのいかつい顔面には、赤いボールペンで罫線を引いたような痕がびっしりと刻まれていた。


「い、いやああああっ!! 俺もだああアッ!!」


 ツーブロックの方には、緑色の蛍光マーカーで「×」印がくっきりと浮かんでいた。


「……自分のものでもないのに、書き込みをされた本を読む人間の気持ちが、少しは理解できましたか?」


 莉央が敢然とした口調でそう言い切った。


「フ、フザケンじゃねーぞこの女!」

「やる気かてめえ!」


 杖を向けて吠える男子高校生二人組。今にも何か詠唱せん勢いだ

 だが、莉央は一切怯まなかった。


「ほう。まだわからないと。では、次の手を施すしかありませんね」


 莉央は書き込みをされた参考書の一冊を片手に、そのページの片隅を指差した。


「しおり代わりにページの端を折りましたね? これは立派な故意による破損ですよ。――あなた方が詠唱する前に、このページの端の如く指もぽっきり折ってしまいましょうか?」


 メガネの奥に据わった目を、ギラリと光らせて莉央は言い放った。

 その鋭い眼光は、濁った二人組の瞳を射抜く。


「ひ……」


 たじろぎ、取り出しかけた杖を持ったまま硬直するスポーツ刈りとツーブロック。


「「す、す、す……すいませんでした~ッ!!」」


 二人はそれぞれの参考書を手に取り、一目散にその場から逃げ出した。


「莉央どの……すごいのだ! 何の術を使ったのだ?」


 現世は、莉央のことを尊敬の眼差しで見て言った。


「いえ……。脅かすだけの大したことない力です。半日もすれば、自然に取れるでしょう。それより、これからどうしましょうか」

「うーん……。桐野たちが目当てにしていたコーナーは回ってしまったあとだからの。手がかりがもう……」

「あ。でしたら、中庭に行ってみるのはいかがでしょうか」

「中庭?」


 「凹」字型をしている図書館には、このへこみ(・・・)にあたる部分が中庭になっている。


「あそこには大きな銅像があって、この図書館の待ち合わせの目印になっているんですよ。あなた方は、ここによく来るのですよね? なら、そこに見当をつけても不思議ではないのでは」

「おう、そうだな。では行ってみるか!」

 

 現世と莉央は、右棟の最上階である六階の自習コーナーを出て、階下に向かった。

 子ども向けコーナーには、現世よりも歳下の女の子がお母さんと一緒に児童書を選んでいる。

 扉の向こうの第三視聴覚室では、ボランティアによる絵本の読み聞かせが催されている。

 車椅子の職員さんが、自動書庫から出てきて蔵書を抱えて移動する。

 点字ブロックを白い杖で探り、点字書籍コーナーへ向かうおじいさん。

 職員のお姉さんにレファレンスを頼んでいる太ったおばさん。

 実用書コーナーでは、外回りの途中と見受けられるサラリーマン風の男性がむつかしい顔している。

 二人は道中で、様々な性別・様々な身分の人々とすれ違う。


「莉央どの……」


 ふと、現世が小声で呼びかける。


「どうしましたか? 現世さん」

「本当に、図書館というのは色んな人が訪れるんだな……」


 現世は、不思議な気持ちに包まれていた。

 図書館を単なる公共施設ではなく、まるで一つの街・一つの社会のように――大きなものとして感じられてしようがなかった。


「……そうですよ。図書館というのは、単なる情報の補完庫ではありません。様々な人が様々な知識に触れ、様々な知見が交流される――いわば『世界の縮図』といっていいでしょう」


 莉央はどこか遠くを見つめるような表情をして、そう言った。

 その意味深な様子を、現世はまじまじと見つめていた。

 自動ドアが、音を立てて開かれる。


「――ここが、中庭ですよ」

「……うわあ」


 現世は、感嘆の声を上げた。

 秋の夕暮れの中庭は黄金の世界だった。

 イチョウの樹が並木状に植えられており、金色の絨毯で現世を迎えてくれた。

 落葉の幕の向こうに、黒い影が見える。銅像だ。

 現世は、銅像まで駆け出そうとした。


「――現世さん」


 背後から、莉央が呼びかける。


「およ?」


 現世は振り返る。


「……あなたはこれから少し先の未来で、この書物の小世界(コスモス)を愛する素敵な読書家と出逢います。そして二人は、この世界で唯一無二の関係となることでしょう」


 莉央は、まるで王に神の言葉を告げる預言者のような神妙な顔つきで現世に言う。


「莉央どの……? どうしたのだ? 急に」


 訝る現世。しかし、莉央は構わず話続けた。


「その人はあなたよりずっと年上で、でも時おりあなたより幼く見える、そんな不思議な少年です。あなたはかけがえのない人と『世界を知る楽しさ』を、嫌というほど知ることになるでしょう……」


 逆光に照らされる莉央。

 西日が烈しく、白く輝いて消滅してしまいそうな錯覚を起こす。


「莉央どの! 何を――わっ!」


 イチョウの葉の嵐が、現世を襲った。

 ゆっくりと、もう一度目を開ける。


 段田莉央は、忽然(こつぜん)と姿を消していた


「消えた……!?」


 現世は周囲を見回す。


「莉央どの! 莉央どの!」


 だが、呼べども一向に出てこない。


(――)


 ところが後ろから、覚えのある気配を感じた。

 左棟で声をかけられたときと同じ気配を。


「莉央どのッ!!」


 振り向く現世。

 そこには銅像が立てられていた。

 それはモルタルボードを被りガウンを羽織った、典型的なアカデミックドレスの姿をした少女の形容をしていた。

 その顔付きを見る。

 現世は、そこで絶句した。

 銅像の(かお)は――


「もしもし、お一人ですか?」


 声をかけられた。

 青いエプロンをした中年の女性だった。ここの職員のようだ。


「おうちの人や、おともだちは一緒じゃないの?」


 現世は、心ここにあらずといった表情で銅像を指差す。

 銅像は、莉央と瓜二つの顔をしていた。


「この銅像……」

「ああ、これ……。これはね。『ダンタリオン』っていう本の守り神を象った銅像で、図書館創立五十年を祈念して造られたんだけどね、モデルがいるのよ」


 図書館の職員のおばさんは、目を細めて語り始める。


「図書館の主宰する作文コンクールで最優秀賞を取った女子高生の子がいてね。その子はここに毎日のように通い詰めていて、職員みんなが知っていたわ。

 それと、ほぼ同じ時期にこの銅像の話が持ち上がって……。図書館の広報誌の写真でその子を見た彫刻家が、作文の内容とその子の容貌をえらく気に入っちゃったの。それでその子に頼んで、モデルになってもらったのよ。最初嫌がったんだけど『図書館のためなら』って、最後は折れてくれて……」


 おばさんの目が、ゆらりと潤んだ。


「それから間もなくだったわ。その子が、アル中のお父さんの無理心中で死んじゃったの」


「……!」

「図書館に来ていたのも……、本を買うお金がなかったからなの。最後の方では、『お父さんの面倒で高校やめなきゃいけないかも』なんて話してくれた。

 私たちは後悔したの。私たちがもっと早く手を差し伸べて上げることはできなかったのかって……。 それでこの銅像には、当初の目的とは別の意味が込められたの。もう二度と同じような悲劇を繰り返さないよう、私たちが目をかけること。それと、その子がこの図書館をいつまでも見守ってくれるように、と……」


 現世は、黙っておばさんの話に耳を傾けていた。


「――あ! 現世ちゃん、見っけ!」


 聞き慣れた声が響いた。

 自動ドアの向こうから、「Tranquilo(トランキーロ)」と書かれたパーカーの少年と制服のブレザー姿の少女が、こっちへやってくる。


「おー! 桐野! イソマツ! どこへ行っておったのだー!?」


 現世は、二人に向かって返事をした。

 それから銅像の方を振り返る。

 斜陽が差し込む金色の楽園。

 銅像は、どことなく微笑んでいるかのように見えた。


(……ありがとうな。また、いつでも逢いに来るぞ。莉央どの)

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