夕雲の巨人 〈2015年8月〉
暑い夏の夕暮れのときの出来事だったのだ。
「おお!? 隠水の森の向こうに山が見えるぞ! あんな山は知らんぞ!?」
現世は驚き、ついそう叫んでしまったのだ。
坂の上から臨む、二つの山並み。日輪山と月輪山の二つに挟まれた森の向こうに、別の山があったのだ。
あり得ぬ。この先には海があるだけのはずだ。
「違うよ現世。あれは雲」
そばで桐野が微笑んで言いおった。
「雲?」
現世は、目を凝らしてよーく見た。しかし、どうしても山にしか見えなかったのだ。
「空に浮かんでいるのとはぜんぜんちがうぞ」
「夕日の影で、山みたいに見えるんだ。わたしも子どもの頃、そう勘違いしたよ」
森の先の雲は色濃いだいだい色をしておって、本当に第三の山があるかのようであった。
「ほぉー……。雲というのは、形を変えて全然別のものに見えるのだな。不思議なものだの」
「そうだね。だから昔の人は、そんな雲を見て『山を超える巨人』なんて発想が生まれたのかもね」
それまで黙っておったイソマツが、「『入道雲』なんて言葉があるくらいだしねェ」と口をはさんできよった。
「『ジャックと豆の樹』でも、雲の中に巨人が住んでおったな! 本当に住んでいたら面白いのにな!」
現世はそういって、じっと雲を見る。
(――おや?)
そこで現世は気づいた。
一つの部分だけが飛び出ていて、人の影のように見えたのだ。
よく見ると、他にも木々や家の屋根のように、様々な形に見えてきよった。
(……ほう! これは面白い! 本当に巨人が住んでいるかのようだ)
そんなことを空想し始めた――そのときであった。
「……ほ?」
雲の巨人が、手を振ったのだ。
右腕にあたる部分を動かし、ゆっくりと二回。
「――桐野! 雲が、手を振ったのだ!」
現世は叫んだ。
「なに言ってるの。そんなわけないでしょ」
桐野は笑って言いよった。
現世はもう一度、雲の方を見た。
さっきと同じように、山並みのような雲が横に広がっているだけであった。
「日光の指し方や、風で動いてそう見えたのかも。想像力豊かだね、現世ちゃん」
イソマツが、横でウインクをしながら言いよった。
「むー……」
そうしていると桐野が「さ。夕飯の支度があるから、早く帰ろ」と現世の手を引っ張りよった。
現世は釈然としないまま、帰りの道についたのである。
……たしかにそれは二人のいう通り、何かの見間違いだったのかも知れぬ。そう考えるのがフツーだ。
けれども、今でもときおり現世は夢見てしまうのだ。
あの雲が化けた山の中に、本当に巨人が住んでおるのではないかとな。




