木漏れ日とコイン〈2016年10月〉
おぬしは、自分が「自分」であることを不思議に思ったことはないのかのう?
現世は毎日不思議に思っておる。
自分が生きていることと、この世界のことが不思議で仕方がないのだ。
例えば今、現世の赤いスカートにゆらめいている、木の枝と葉っぱをすかした太陽の光――さっきから現世は、これに見入っておる。
「現世ちゃん何見てるのー?」
フワフワとした赤毛をゆらしながら、背の低い少年が近づいてきよった。
こいつの名前はイソマツ。歳は、現世より六つ上の十五だ。失礼だが、正直もう二、三歳下に見えるのだ。
「こもれび」
「¿Qué?(へ?)」
「木漏れ日は、何故この円島のように丸まるなのだ?」
円島。
それは現世たち住んでいる、江ノ島のように湘南の海に突き出たこのまん丸い島の名前なのだ。
「……それはね、これはひとつひとつがレプラコーンという妖獣が銀貨を隠しているからだよ」
「本当か!?」
「¡De verdad!(本当さ!) ほら!」
イソマツの右手には、三枚もの光るコインがにぎられておった。
「おおっ! これはまさしく!」
「でしょ!?」
ぽこっ。
現世はイソマツのすねを、軽くけたぐってやった。
「¡Ay!」
「……現世をバカにするでない。さっき、そで口から光ってるのが見えたのだ」
イソマツのコインは、何の変哲もないゲーセンのメダルだった。
こいつはこういうしょーもないことばかりやりおる。
「太陽が逆さまに映っているからだよ」
栗色の髪をぼんのくぼのところで結んでおる、一人の女の子がやって来た。
イソマツが「¡Guau!(やあ) キリちゃん!」と挨拶をする。
こいつの名前は桐野。イソマツと同い年の十五なのだ。
イソマツと同じ歳だが、こっちはそれなりに年相応に見えおる。
「小さな穴を通ってきた光は逆さまになって投影されるの。ピンホールカメラってのがあるんだけど、あれはこの仕組みを使ってフィルムに焼き付けているんだ」
桐野のその説明に、現世の疑問は見事にひょうかいしたのであった。
満面の笑顔で、現世は応えたぞ。
「さすが桐野なのだ! 学年一番の桐野は、何でも知っているのだ!」
……ボンッ。
現世がホめると、なぜか桐野は顔を真っ赤にしてしまったのだ。
「……桐野?」
桐野は心臓を苦しそうに押さえて――でも、顔は力なくにやついておる。目の焦点が合っておらん。
「――現世に誉められた現世に誉められた現世に誉められたヤバい笑顔ヤバいハァハァハァ笑顔現世の笑顔笑顔満面の笑顔控えめに言って天使ハァハァハァハァハァ」
桐野は、ときおりよくわからない言動をとる。知恵熱かの?
「キリちゃーん、よだれは拭いた方がいいと思うナー」
イソマツがあざけるような感じでそう笑ったのだ。
すると桐野は、ベルトに下げたケースから学校の先生が使うような伸縮式の指示棒のようなものを取り出したのだ。
「《ツイスト・オブ・ラブ》」
そう唱えると、指示棒のようなものの先端から、光るエネルギー球が飛び出した。
イソマツは対抗するように、指先を光の弾に向けおった。
パァーン!
イソマツの指先から火の球が飛び散り、光の弾を破裂させたのであった。
桐野の持つ魔法の杖の先から放たれた呪文の効果が、イソマツの超能力によってそうさいされたのだ。
「やろうってのかい……?」
「いいけど、そんなノロい弾じゃあ耳クソほじったあとに〔バクチク〕を打っても十分間に合うかなー」
「《オーバーグロウン――》」
「よさんか二人とも!」
イソマツはいつもしょうもないことで桐野をからかい、桐野は桐野で本気になってキレおる。
この二人は二年前に顔を合わせたときから、ちーとも変わっとらん。
ゆらっ。
「……む?」
現世はその変化を見逃さなかったのだ。
木漏れ日の丸が、欠けたのである。
「桐野。木漏れ日の丸が欠けることってあるのかの?」
「いや、楕円ならありうるけど欠けるのは日食でも起こらない限り――」
ゆらゆらっ。
桐野は、そこで言葉を止めてしまったのだ。
木漏れ日の丸い光が、次々と欠けていくのである。
空を見上げる。
太陽は相変わらずまん丸であった。
「ねえ……。これ、何かが動いているんじゃない?」
イソマツがそう言った。
ゆらゆらゆら――
丸い光が、曲線を走るように欠けてはまた元の形に戻りおる。
――ぞくっ。
「「「……」」」
三人は目を見合わせて、黙り込んでしまったのだ。
現世たちに見えない、何かがここにおる。
木漏れ日を欠けさせる何かの流れは、草むらに入り込みおった。
そこで、変化は止んだのだ。
イソマツが先頭になって、草むらへ確認に行く。
ガサガサッ。
そこには、百円玉が光っておった。
「……まさか、本当にレプラコーンが?」
「そんなわけないでしょ」
「せっかくだから、もらっておこうか?」
「よしなよ。『見えないものからの贈り物には手をつけるな』って、先生もいってたじゃん」
桐野とイソマツが不毛なやり取りをしている脇で、現世はその百円玉をまじまじと見つめておる。
――この術師界に住んでおると、本当に不思議なことばかり起こりよる。自分が今生きておることと同じくらい不思議なことが。
魔術師の少女、桐野。
超能力者の少年、イソマツ。
不思議なことや考えることが大好きな、私こと現世。
三人で過ごす毎日はいつも、ちょっと不思議な出来事でいっぱいなのだ。