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必死に【知識】登録を繰り返している内に、閉館時間の鐘の音が鳴った。
「1日だけでこれだけ登録できたら、期日までには【情報】には進化出来るな」
【情報】は【知識】に登録した物の状態を判別できるようになる。
例えばお店にズラリと並ぶ物の中で状態が一番良いものが一発でわかるようになる優れものだ。
伸びをしながらほくほく気分で外に出る。
外は日が落ちて暗くなっていた。
「宿探しをしないと……あの、すみませんが、冒険者ギルドはどこにありますか?」
「ああ、それなら--」
近くに通りかかった男性に聞いてみると、意外と近くにあるようだ。
宿自体の場所を聞かないのは、現地住民に聞いたところで宿を利用しないから分からないの一点張りになる。
冒険者ギルドは依頼のために住民も旅人も良く使う施設だから、現地住民でも場所を知ってる可能性が高い。
さらに、旅人のために宿の斡旋をしているので冒険者ギルドを探すのが近道なのだ。
「--いい加減にしてください!!」
「なんだ?」
冒険ギルドまでもうすぐというところで、路地裏の方から怒号が聞こえてきた。
絶対に面倒事だと分かっていても好奇心に勝てず、物陰から様子を見ることにした。
パッと見た感じ、エルフとローブで顔を覆い隠したいかにも怪しい3人の人間に囲まれていた。
あのエルフ、図書館でみかけたエルフじゃないか?
「こんなことをされて大人しくついて行く訳がないでしょう!」
「ああもう面倒臭いな!いいから黙ってついてこい!」
エルフが乱暴に手を引っ張られた瞬間。
「憲兵隊の方!こっちで事件です!」
誘拐事件の雰囲気がして、思わず悪党が怯む魔法の言葉を叫んでいた。
そして俺の言葉を皮切りに、なんだなんだと人が集まってくる。
不利な状況を察してか、ローブの人たちは走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
取り残されたエルフに声をかけたら、エルフは無言で俺の手を掴んで駆け出した。
その勢いは思っていたより強く、エルフのなすがままついていくこととなった。
どんどん町外れの方へと連れていかれ、人気のない場所に辿り着くとようやく止まって手を離してくれた。
「先程は助けていただきありがとうございました」
「え、あ、いや、それほどでも……」
ものすごい形相で人気のない場所まで連れていかれ、どうなることやらと身構えていたが案外普通で拍子抜けした。
「助けていただのにこうするのは心苦しいですが、なぜあなたはエルフ語を理解しているのですか?」
それも束の間、エルフは腰に提げていたレイピアの切っ先を俺に向けてきた。
それでハッと己の過ちに気が付いた。
大通りに聞こえるくらいの声量で言い争いしていたのに誰も我関せずで通りすぎていたのは、他の人には何を言っているか理解できなかったから……エルフ語での会話だったから。
そして、俺の声で人が集まりだしたのは俺が発した言葉は共和国語だったから。
つまり、揉め事ではあるものの事件性はない余計なお世話だったのだと。
「エルフ語が理解できるのは、【知識】を極めたくて様々な文献を読めるように勉強したからです!!」
【翻訳】習得には全ての言語をある程度学習するという難易度で、エルフ語なんて使う機会が限りなく低いものを学習する人も稀だ。
勇者が【翻訳】持ちなのは周知の事実なので正体を明かせば疑念を晴らせるだろうが、絶対に迷惑事に巻き込まれるから明かしたくない。
我ながら厳しい言い訳だと思いながら、もしかしたら大図書館で自分がこのエルフに気を取られていたように相手も自分を意識していた可能性に賭けた。
「あ!もしかして、今日図鑑をたくさん読んでいらした方ですか!?探究者でしたか……失礼しました!」
エルフは慌ててレイピアを鞘にしまった。
どうやら目論見通りうまくいったようでほっとする。
「いや、お節介だったみたいでこちらこそ申し訳ないことをしてしまいました」
「そんなことありません!ちょっと過敏になりすぎていたみたいです、申し訳ありません……。あの、お礼と御詫びを兼ねてご飯でもいかがですか?」
「えっ、と……はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!こちらのほうに、美味しいお店があるんですよ!」
突然の誘いに困惑しつつも、またしてもエルフに手をひかれ街中を進むのだった。