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神喰いのフェンリル  作者: キリン
【第一章】前編 魔物喰らいの少年
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「第七話」おそまつさまでした

 これまで、色んな景色を見てきた。

 夜が明ける頃の日の出、川のせせらぎ、風に揺れる木々。


 だが、それら全てを凌駕する絶景が……テーブルの上に広がっている。

 生クリームとやらを塗ったケーキ、香ばしい香りのクッキー、ひんやりと冷たいアイス。そして……独特の色と甘い匂いを漂わせる、チョコ。


 それら全てが並んだ食卓に、俺は座っていた。


「……これ、本当に食べて良いのか?」


 夢を超え、現実を超越し……俺は今、人生の絶頂にいる。目の前に広がる天国が、本当に自分のために用意されたのか……それを享受する権利があるのか? 拝めただけでも幸せだと言うのに、こんな、こんな……っ!


「勿論! お口に合うかどうかわからないけど……」

「頂きますッッッ!!!!」


 ケーキを鷲掴み、口に運ぶ。

 これが……甘さ! なんと幸せで、優しくて暖かいんだ。この生クリームという白いやつは、なんでこう舌の上に乗っかった瞬間溶けて消えていくのだろう。


 クッキーは固く、しかしほどけていくような食感。アイスは冷たく、生クリームとはまた違うように溶けていく甘さ……プリンは柔らかく、チョコは口の中に幸せを残していった。


 一通り食べて、俺はとうとう涙がこぼれるのを許してしまった。ボロボロと溢れ出るそれは止まること無く流れていく。ティルは慌てふためき、俺の顔色を伺った。


「どっ、どうしたの!? やっぱり美味しくなかった!?」

「……うめぇ」


 美味すぎる。駄目だ、止まらない……味わいたくても、身体が次の甘美を求めている。食って、食って、食いまくって……とうとう最後の一口。名残惜しく、それでも終わる定めにある夢に別れを告げるように、俺はチョコを口に放り込んだ。──さぁ、言うべきことを言わなければ。


「ティル」

「な、なぁに……えっ? ちょ、ええ!?」


 立ち上がり、俺はティルの手を掴む。クリーム塗れで申し訳ないとは思うが、それでも今はこの気持ちを伝えたかった。──吟味。しかし、剥き出しの言葉が口から溢れ出る。


「お前、天才だよ!」

「なっ、何!? いや、私はただレシピ通りに作っただけで……」

「こんな美味ぇモン食うの、生まれて初めてだ!」


 全身で感謝を伝えるべく、俺はティルを抱きしめる。ああ、本当に……本当に。


「ありがとう、ごちそうさまでした!」


 夢を叶えてくれてありがとう。感謝の気持ちで腹一杯の背中を、ティルはさすった。


「おそまつ、さまでした」















「それじゃあ、お休み」


 蝋燭の明かりが消え、部屋の中から明かりが消える。暖かい布団の温もりも相まって、俺はすぐさま泥沼のような眠気に襲われた。


「……明日から初任務だと思うから、一緒に頑張ろうね」


 そう言って、ティルは布団に潜り込んできた。じんわりと伝わってくる彼女の体温が、俺の半身を温めていく。懐かしいな、母ちゃんもこうやって俺のことを温めてくれてたっけ。


「……前から聞きたかったんだけどさ、ティルはなんで騎士になったんだ?」


 別に、深い意味は無い。ただ、自分を助けてくれた恩人のことを、ちょっとでいいから知りたいと思っただけだ。


「なんで、かぁ」


 しばらく間をおいて、ティルはそっと答えた。


「お父さんみたいに、なりたかったんだよね」

「ふーん……怖くねぇのか?」

「そりゃぁ、怖いよ。怖いけど」


 細くなっていく声。


「それ以上に、憧れちゃったから」


 太く、重い声。


 なんだか、触れてはいけない部分に触れたかもしれない。俺も母ちゃんに父ちゃんのことを聞いたら、凄く怖い顔と声で止めるように言われた。なんと答えれば良いのか分からず、俺はため息をついた。


「そっか。ティルはすごいなぁ」


 そのまま寝返りをうち、瞼をそっと閉じる。


「俺は怖くて仕方ねぇよ……」


 そのまま俺は微睡みに身を委ねた。布団とティルの温もりは、そのまま俺を優しく寝かしつけた。





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