「第五話」ティルとの約束
入口の前で待っていると、ティルが走ってくるのが見えた。俺が手を振ると、彼女も大きく手を振ってくれた。
「お待たせ! ごめん、ちょっと、はぁ、はぁ……色々あって……はぁ」
荒い息を吐きながら、ティルは笑った。全力疾走でもしてきたのだろうか、綺麗なうなじにうっすらと汗が見えた。
「大丈夫か? 別に走って来なくても良かったんじゃ……」
「えへへ、そうだよね。……合格おめでとう!」
そう言うと、ティルは俺の頭をクシャクシャに撫でてきた。ちょっとびっくりしたが、心地よさと安心感ですぐに慣れた。しばらく俺を撫でたあと、ティルは手を引っ込めた。もうちょっと撫でてほしかったなとか、そういうのは喉の奥に押し込んだ。
「じゃあ、行こっか」
「? 行くって、どこに?」
「あっ、言ってなかったよね、ごめん。今日からエルマは、私の管理下で生活をしてもらう……えっと、つまりは私の家に一緒に住んでもらいます」
「……いいのか?」
「うん、寧ろ大歓迎! 無駄に広い家だし、丁度同居人が欲しいな〜なんて思ってたし」
「じゃあ、しばらくお世話になります」
「うん、よろしく」
街の中は大きな建物がいっぱいだった。木ではなく石のような……レンガ? とやらで作られた建物は実に色とりどりで、まるで別の世界に来てしまったのではないかと錯覚するほど美しかった。
「ねぇ、エルマ」
そんな町並みを眺めながら歩いていると、唐突に名前を呼ばれた。
「ん?」
「森でさ、私にお願いしたじゃん? 『苦しまずに殺してほしい』って」
ああ、覚えてくれていたのか。てっきり拒否されたかと思っていた……よかった、これで後の憂いなく戦える。やっぱり、ティルはいい人だ。
「私からもお願いがあるんだけど、いいかな?」
「……? それ、俺にできることか?」
「うん、すっごく簡単」
お願いとはなんだろうか? なるべくお金の掛からないものだといいな、なんて思っていた俺に、ティルは言う。
「死なないでほしいんだよね、あなたには」
その声は重く、鈍く……俺の認識を全く逆のものに変えた。
僅かな怒りを携えながら、ティルは振り返ってきた。その顔は笑っていたが、眉間に皺を寄せていた。爆炎のように吹き荒れるわけではなく、青い炎のように静かに揺らめきながら。
「……分かった」
それでも、約束する。そう言い切ることはできない。
仮にも俺は人を食おうとした、醜い化け物に他ならないのだから。
「死なないように頑張るよ」
それでも正直、死にたくないという思いがあるのも事実だった。
「うん」
ティルはそんな俺の目を見ながら、柔らかな笑みを浮かべていく。
「約束だよ?」