「第三話」試験開始
「試験の内容はシンプルだ。これから出てくる魔物を倒したやつが合格……倒せなかったり死んだら不合格だ」
だよな、と。俺は心の中で納得する。
さっきから魔物臭くて敵わない……もしかしたら、と思っていたら大当たり。できれば連続で命の奪い合いはしたくなかったのだが、まぁこればかりはしょうがない。
「魔物は結界の中に入っているため、こっち側に来ることは絶対にない。一人ずつ中に入ってやり合ってもらうわけだが、魔物を倒さないまま結界から出たりするのは即失格だ。──んじゃ、ご対面と行こうか」
そう言うと、試験監督の背後に青い円が描かれる。それは立体的に広がっていき、半球のような形を作っていった。──同時に、鼻の奥を刺す嫌な匂いも雪崩込んで来る。突然開いた床から現れたのは、緑色の肌と二本の角を持った異形だった。
「こいつは騎士団が捕獲したオーガだ。まぁ安心しろ、薬やらなんやらで弱体化させているため通常よりは弱い……お前らに倒せない相手ってわけじゃあ──」
「質問があります!」
話を遮るように、人混みの中から手が上がる。そこにいたのは、赤い短髪の女性だった。
「……名乗れ」
「ヴィーザルと申します」
「ヴィーザル、質問とは何だ?」
「魔物が一匹しかいませんが、現時点での入団希望者は十人以上います。これでは、順番によっては不公平が生じてしまいます」
「ああ、それについては──」
試験監督が言いかけたところで、彼女の横を誰かが横切った。大きな剣を背負った、これまた屈強な肉体を持つ大男だった。
「んなもん決まってんだろ……早いモン勝ちだ! あいつをぶっ殺せば合格なんだろ!?」
「……ああ、一番手をやってくれるのか?」
「ああ、悪いな腰抜け共! 恨むなら、この俺と同じ日に受けようとしたことを恨んでくれや!」
自信満々のまま、男は魔物が待つ結界に入っていく。それを不満そうな顔で、ヴィーザルは睨みつけていた。試験監督も何も言わない……まぁなんとも、命をなんだと思っているのだろうか?
「ヴィーザル、だっけ?」
「……? 君は?」
「俺、エルマ。ヴィーザル、お前が心配してることだけどさ……多分、大丈夫だと思うぜ? あのおっさんには申し訳ねぇけど」
「何を、言って──」
言いかけた、刹那。
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
全員の視線が、結界内に向けられる。そこにはなんとも目を背けたくなるような現実があった……オーガとやらに生きたまま貪られる、先程の男。大剣は叩き折られ、周囲には鮮血をぶちまけている。苦しげに顔をひきつらせた挙げ句、男は糸が切れたかのように力を無くした。
「まぁ、こんな感じで一筋縄じゃあいかねぇんだが……おいおいどうした? 誰も来ねぇのか?」
無理もない。あんなものを目の前で見せつけられれば、誰だって戦意を失う。狩猟で死体を見慣れている俺だって、家族を目の前で殺された時は頭がおかしくなりそうだった。
「だったら、全員不合格だ」
「……僕が行きます」
隣から、金属が擦れる音が聞こえる。鞘から剣を抜き放ち、ヴィーザルが前へと進んでいく。その足も手も震えてはいるが、大丈夫だろうか?
(……ってか、これであいつが魔物倒しちゃったら俺合格できねぇじゃん!?)
思わず声が出そうになるが、もう遅い。ヴィーザルは結界の前に立ち、深呼吸を始めてしまっている……あの覚悟を自分の都合で断つことは、俺にはできなかった。
「……うぉぉお!」
荒々しい雄叫びとともに、ヴィーザルが結界の中に突っ込んでいく。それを迎え入れるかのように、オーガは古い獲物から新しい獲物に雄叫びを発した。




