「第二話」ケジメと覚悟
騎士か、魔物の餌か。放たれた問いの重さと表情のギャップに、周囲の人間は困惑していた。顔をしかめる者、眉間に皺を寄せる者……俺が「餌にはなりたくないな」なんてぼんやり思っていると、一人が人混みをかき分けて前に出た。
「私は、聖騎士になるためにここに来ました」
鍛え抜かれた肉体、自信に溢れた太い声。分かりやすく強者の雰囲気を漂わせた青年だった。
「へぇ、なんでなりたいと思ったんだ?」
「正義の為です。私は人々の安寧を脅かす奴らを正々堂々正面から打ち倒し、人々の希望として最前線を駆けたいのです」
なるほど、立派な大義名分だ。俺の個人的な理由とは大違いで、こういう人が通るんだろうなぁ……なんて、他人事のように思っていると──。
「へぇ」
ずどん。重い音を伴った試験監督の拳が、青年の腹に鈍い衝撃を叩き込んだ。
「がっ……!?」
分かりやすくザワつく周囲、その場に倒れ込む青年に悪びれる素振りも見せず、試験監督は淡々と告げる。
「なーにが正々堂々、正義、希望だよ。悦に浸って油断してるようなやつが、そんな大層なもんを語るんじゃねぇ」
「き、さま……!」
「覚えとけ」
青年の目線に合わせてしゃがみ込み、恐ろしく低い声を出す。
「テメェみたいな給料に目が眩んだバカがいるから、いつまで経っても魔物共は食い物に困らねぇんだ。──帰れ。次はもっとキツイのをぶち込むぞ」
蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだった。地面を這うように試験監督から後退り、無様に出口へと走っていく。すれ違ったその目尻には、うっすらと涙が見えた。
「先に言っとくが、今からなら帰っていいぞ」
浮かべられた笑みに込められた意味が、変わった。出口近くにいた数人が背中を向け、そのまま逃げるように去っていく。最終的にこの場に残っていたのは、俺を含めても半分以下の人数だった。
「そこのお前、お前はどうなんだ?」
まだ質問は続いているらしい。正直、殴られるのは御免だ。
「お前だよ、お前。返り血まみれの」
「……俺?」
「そう、お前だ。っていうかお前しかいねぇだろ」
自分の服装を見ると、確かに血だらけだった。周りを見ても血まみれなのは俺一人であり、なんだか嫌な視線に晒されていたことに気づく。──試験監督が、俺の前にやってくる。
さて、質問の答えを用意しなければいけない。
「どうした? 早く質問に答えろ」
どうやら考える時間は無いらしい。
「……さっきの人みたいに、ちゃんとしたことは言えねぇけどさ」
俺は内心ため息をつき、口を開いた。
「俺は、あいつらを殺すためにここに来たんだ」
「……それは、復讐か?」
「違います──」
言い終わると同時に、拳が飛んできた。俺は片手でそれを受け止め、振り払う。
「これは、ケジメです」
乱暴に振り払いすぎたのだろうか? 試験監督の男は、自分の手をしばらく見つめている。やがて手から俺に視線を移し、薄く笑って言った。
「いい覚悟だ」
試験監督の男は、俺に背を向けないまま後ろへ下がっていく。まるで睨み合うように、縄張りを主張し合う獣同士のように。
「試験を始める。くれぐれも、死んで奴らの餌にならないように」