「第三十五話」クロ
(ティル視点です)
船を飛び降りると同時に、上空から勢いよく何かが突っ込んでくる。──抜刀。それが何かを理解するより前に切り捨てる。血飛沫を上げながら落ちていくその正体は、小型のワイバーンだった。
「っ……!」
続けざまに襲いかかってくる二匹。今度は身をよじって回転させ、叩き落とすように一匹を……もう一匹は回転した踵で蹴り落とす。
見上げると、空には無数の影が飛び交っていた。一つや二つではない、もっと沢山……縦横無尽に空を飛び回りながら、船の様子を窺っていた。
(あっちはジグドさんになんとかしてもらうしかない……!)
本来ならば、私が剣を振るうべき相手は奴らのはずだ。乗客も多いこの船を守ることは最優先であり、私が剣を振るう理由そのものであるはずなのだ。
だが、今の脅威は空を舞う無数の竜ではない。海に立ち、今も海を凍てつかせ続けている彼だった。──目が、合う。直後に、凍った水面が浮かび上がってくる。バキバキと音を立てながら氷柱が形作られていき、私の方へと向かってくる。
「──ひゅっ」
手首を返し、剣を振るう。振り下ろすことで砕き、切り上げて抉り……先端から根元までの全てを使って迎撃する。攻撃に対しての防御ではなく、それを上回るほどの猛攻で叩き伏せる。それが側面から来る攻撃であろうが、死角からの不意打ちであろうが関係ない。ただ斬り伏せ、ねじ伏せ……迫りくる圧倒的物量全てを切り裂き、私は凍てついた水面に着地した。
「……」
凍てついた水面の上に、そいつは立っていた。
肩まで伸びた黒い髪、黒い服装……雪のように白い肌、その上に垂らした血のような色をした瞳。幼い頃に見えていた可愛らしさは消え去り、そこには昔から変わらない不気味さと獣のような獰猛さが見て取れた。
凍えるような寒さの中であっても、私は自分の体が恐ろしく熱くなっていくのを感じていた。怒りを中心に感情が渦巻き、冷静であろうとすればするほど感情がなだれ込み溢れ出ていく。──それでも剣先が、鈍る。
「久しぶり」
睨んでも、睨んでも。
奴は、いいや──。
「姉ちゃん」
クロは、かつて苦楽を共にしたはずの兄弟は……その手を罪と血染めにしても尚、怪しく笑っていた。それはまるで、純粋に再会を喜ぶように。まるでそれが、息を吸って吐くように行う「当たり前」だとでも主張するかのように。




