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神喰いのフェンリル  作者: キリン
【第二章】前半 再会と離別
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「第三十三話」逃避

(ティル視点です)

 潮風が髪を揺らし、頬を撫で去っていく。浴びれば浴びるほど肌がべとついていくこの感覚を、何も考えずに受け続けている。


 何をしているのだろう、と。自分でも思う。


 今自分がやっているのは逃避であり、延命であり、臆病だった。遅かれ早かれどうせ王都に行けば、自分が何なのかが彼に晒されてしまうのは避けられない。分かっているはずだったのに……ここに来て私は、彼の傍にいることを恐れてしまっている。


「あの小僧のところに戻らなくて良いのか?」


 水を差す様に、一人の騎士が来る。

 使い古した鎧、乱暴に束ねられた白髪。──王国騎士ジグド。『竜殺し』の名を冠する、対空・対巨大魔物戦においての基本戦術を作り上げた、騎士団の要。生ける伝説。


「別に、今戻ろうと思っていたところです」

「ワシには、戻りたくないように見えるがな」


 睨みつけるように、私は横目でジグドを捉えた。それでも彼は怯まないし、恐れない。並大抵の騎士であれば尻餅をつくか逃げるかのどちらかなのに、この男は真正面から私を見ている。──昔からそうだった。私より弱いくせに、私の考えをピタリと当ててくる。


「何が言いたいんですか?」


 再度睨みつける。今度は、少しだけ敵意を添えて。

 それでも、彼は言うべきことを言ってくる。


「そろそろ向き合ったらどうだ、と言っているんだ」


 ふざけんな、ぶっ殺すぞ。

 簡単に言うな、それで私が「はいわかりました」って動くとでも思っているのか? いつまでも師匠面をするな、今の私なら丸腰でもお前を殴り殺せるんだ。

 そんな安直な考えで、私がこれまでどれだけ裏切られたと思っているんだ? 人間から向けられる軽蔑の目を、露骨に示される悪意を、お前は知らないからそんなことが言えるんだ。


「お前が今回の作戦に参加するのは構わない。寧ろありがたい……だがな、私情に気を取られて剣を鈍らせることは許さん。お前は魔人である前に、多くの人々を救うと誓った聖騎士なのだ」


 正論、ああ正論だ。

 ああ分かっているさそんなこと。そんなこと、忘れられないあの日からずっと分かっていた。


「最後に一つ、助言をしてやる」


 間合いの中に踏み込んでくる。そこに恐れも、警戒もない……ただあの頃と同じ、人の心に土足で踏み込んでくるだけだった。


「言葉にしなくては、想いは伝わらん」


 そう言って、ジグドは踵を返した。去っていく背中を睨みつけながら、私は拳を握りしめた。意識して抑えなければ、今すぐにでも八つ当たりをしてしまいそうだった。


「……分かってる、けど」


 ああ怖い。殺されるよりも、殺すよりも。


「嫌われたく、ない……!」


 一人になりたくない。

 彼に、あいつらと同じような目で見られたくない。


 震えながら、蹲ったまま、私はいずれ来る「もしも」に怯えていた。




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