「第三十二話」懇願
何故、騎士になったか。
その問いへの答えを模索する中で、俺の脳裏には彼女の顔が浮かんでいた。優しく、強く、まぁなんとも自分が抱く「騎士」というイメージを体現したような彼女の顔が。
「……俺、家族をヴァルハラ教に殺されたんだ」
そして俺は理解する。
俺は、彼女のように立派な騎士にはなれない。と。
「復讐、というわけか?」
「ちょっと前まではそうだったよ」
徐々に腰の剣に手を伸ばしながら、ジグドが再度問うてきた。俺の答えは、相も変わらず変わらない。
「でも今はそうじゃなくて、なんというか……まぁ、人間でいたいんだよ」
「魔人の癖に、人間か。穢れた力をその身に宿しながら欲望に走らず、それでも人間にこだわるのは何故だ? 何か特別な理由があるのか?」
「特別、か」
言われてみれば確かに、と思う自分がいたことに驚きだ。
でも確かにそうだった。俺はもう人間の枠に収まるほど矮小ではないし、その気になれば欲しいものを欲しいだけ力で奪うことができる。人間という理性を捨て、化け物という未知の自由に踏み出すのも、案外悪くないのかも知れない。
だけど。
「死なないでって、人間でいてほしいって言われたんだ」
そうなってしまえばもう、彼女から笑顔を向けられることはないだろう。
それはなんというか、嫌だ。絶対に嫌だ。
「だから、殺さないでほしい。殺さないでください」
既に剣の柄を握りつつあるジグドの方を向き、俺は頭を下げた。これで見逃してもらえるとは思わない、だが勝てる見込みもない……だったら、と。俺は藁にも縋る思いで頼み込んだ。
「お願いします。死にたくないんです」
静寂。
向けられる殺意を脳天に受けながら、俺は汗を握りしめた。
「……お前たちの敵は、魔物だけではない」
下げた頭から見える足が、横を向いて去っていく。
「それを決して忘れるな」
去っていく脅威、それでも俺はしばらく頭を上げることができなかった。ただただ自分が生きていることを何度も確認し、ようやく体中の力が抜けて、倒れるように座り込んだ。
「……死ぬかと思った」
大きなため息を吐いた後、俺は再び海と空の境目に目をやった。
風が白波を立たせながら、身体に籠もった熱を奪い去っていった。




