「第三十話」でっかい魚
(エルマ視点です)
沢山の人がいた。高そうな服を着ているのもいるし、道端で物乞いをしている子供もいる……見たこともない町並みを歩いていると、俺は摩訶不思議なものを見つけた。それは青く、広く、微かに揺らめいていた。
「なんだあれ、でっかい水たまりか!?」
「あれは海っていうの。もしかしてだけど、海を見るのは初めて?」
「ああ、初めてだ……へぇ、この水たまりは海って言うのか。こりゃあ乾くまで何日もかかりそうだ」
目を凝らして、遠くを見てみる。しかしどこまでもどこまでも海は広がっており、終わりが見えない。
「……でっけぇな」
飛び込んでしまえば、二度と戻ってこれない……そんな感じたことのないような恐怖は、ふとした疑問を口走らせた。
「なぁティル、海ってどんぐらいデカいんだ?」
「うーん……少なくとも、迷子になっちゃうぐらいは広いんじゃないかな。生き物だっていっぱいいるし」
「生き物? もしかして海にも魚がいるのか?」
「うん、いっぱいいるよ! 魚以外にも、エビとかタコとか……そういうのもいるんだって」
「へぇ……他には? 川とかと違うトコ、なんか無いのか?」
「うーん……あっ、しょっぱい!」
「しょっぱい? ただの水じゃねぇのか?」
「海の水って世界中どこに行ってもしょっぱいの。ほら、ちょっと指で舐めてみなよ」
「……ホントだ、味付けされてる」
別にそれだけで美味い訳では無いが、これは非常に面白いし有益な情報だ。山の中で塩分というのは貴重で、ほとんど獲れた獲物からしか接種できない。言ってしまえば、山暮らしだった俺にとっては宝の山のようなものである。
「海って面白いなぁ……魚は川にしかいないもんだと思ってた」
ってか本当にいるのだろうか? 俺はしゃがみ込み、揺れる水面に顔を近づけてみる。本当だ、ちらほらと何かが動いている。ちっちゃいけど。
「海の水って青いんだな、しょっぱいからか?」
「なんでだろうね、それは私にも分かんないや」
ティルはそう言って、俺の隣にそっと立った。海の向こう側から来る風が、彼女の金髪を程よく揺らし、それを陽の光が照らしていた。
「きれいだよね、海って」
「……きれいだ」
海風に靡く彼女に、ただひたすら見惚れていた。──それに水を差すかのように、海の向こう側からなにかが見えてきた……あれは、なんだ?
「なんだあれ、生き物……じゃないよな?」
「あれは船。これから私達はあれに乗って王都まで行くの」
「……ノリモノって、なんだ?」
きょとんとした顔から、すぐに解けたような笑顔を向けてくれた。俺はなんだかそれを直視できなくて、海の向こう側からやってくるおじゃま虫をぼんやりと眺めていた。
(でっかい魚みたいだなぁ)
ふと、そう思った。




