「第二十九話」光と影
(スクルド視点です)
「君がここに来るとは、珍しいな」
客人、と言っても敵意剥き出しのクソガキである。茶を出している間に背中を刺されかねないため、私は仕方なく座ったままそいつを見上げた。──黒髪。やけに整った顔が、余計に苛つく。
「何か用かい?」
「取り引きをしに来た」
「……へぇ」
よくもまぁ、こんな態度で交渉の席についたものだ。微かな関心と、生まれてたった数十年のクソガキに舐められたことへの怒りが湧いてくる。
「こちらのメリットは?」
しかし私は女神であり、数千年を生きる超存在だ。器の大きさも実力も段違いのため、笑って許してやるのだ。──少なくとも、今のところは。
「ここに来る聖騎士共と戦ってやる」
「驚いたな。命令でも動かない君が、まさか自分から戦うと言い出すとは……それで? 君は見返りに何を望む?」
「『刹那剣』は俺にやらせろ」
この野郎。やっぱりそういう目的だったのか。
懐に武器を忍ばせながら、しかし表情は平静を保ちながら……私は冷静に尋ねる。
「……何を企んでいる?」
「別に? あんたらができないことを俺がやってやるよっていう、ただの親切心だ」
何を言い出すかと思えば、一番痛いところを突いてきやがった。もしも私ではなくヴェルダンディの方にこいつが行っていれば、今頃殴り殺されていただろう……本当に、運がいいのか悪いのか分からないやつだ。
「あんたも分かってるだろ? 時を止めようが未来を視ようが、過去に戻ったってあいつには勝てない。俺はあいつの強さも、弱いところも全部知ってる……それに、あんたら最初からそうするつもりだったんだろ?」
「おいおい、酷いこと言ってくれるじゃないか。仲間を死地に送るようなこと、私がすると思うかい?」
「そういう台詞は、懐に隠したそいつを手放してから言うんだな」
「……舐めんなよ」
立ち上がり、眉間に皺を寄せる。睨み殺す勢いで、目の前の若造を見る。しかし眉一つ動かさず、まるで竿の引きを待ち続ける釣り人のように落ち着き払っていた……やれやれ、と。私はもう一度席に倒れるように座り込んだ。
「……いいだろう、『刹那剣』はお前に任せる」
「そうか、分かった」
そう言って、私を睨みつけながら出ていった。最後まで気を抜かず、決して隙を見せない……全く、厄介なところだけが似ている。っていうか似過ぎだ。
「……とても兄弟とは思えないなぁ」
故に、皮肉を込めて笑ってみる。
「まるで光と影だ」
乾いた笑みだった。しかし、悪くなった気分を振り払うぐらいには丁度よかった。




