「第一話」誓いと質問
家族を埋葬し終わる頃には日が暮れかけていた。俺とティルは、少し急ぎ足で山を下っている。
「街に行く前にまずは入団試験を受けてもらうんだけど……力の制御は大丈夫そう?」
ティルにそう言われ、俺は身体に力を込める。
あの時の異常なまでの食欲、その奥に潜んでいるあの感覚を呼び覚ます……すると俺の右手首を突き破り、そこから結晶のようなものが形成されていく。
「右腕だけならまぁなんとか。その試験ってやつの内容にも寄ると思うけど、結局俺は何をすればいいんだ?」
「ごめんなさい、それは私にも分からないの。試験の内容は毎回変わるし、もし知っていても教えちゃいけない決まりがあるの」
「そっか。まぁ、なんとかなるだろ」
なんとかなる。そう、今の俺ならばなんとかできるのだ。
肉が抉れても、骨が砕けても、ある程度ならば再生させることができる。それが魔物を食ったことによる力なのか、それとも俺の元々の体質か……はたまたそれら両方なのか。
いずれにせよ、人外の領域に足を踏み入れてしまったことに変わりはない。今であっても、微かにあの食欲は燻っている……抑えられているが、今すぐにでも溢れ出てしまうかもしれない。
「なぁ、ティル」
「うん? なぁに?」
「俺が人を襲ったり、襲おうとしたらさ……なるべく苦しまないように、殺してほしいんだ」
死ぬのは嫌だ。殺すのも、殺されるのも真っ平御免だ。
だけど、この人になら殺されても良い……そう、思えた。
「……うん、分かった」
前髪に隠れた横顔が、何かを含んでいるような気がした。今すぐにでも泣き出してしまいそうな、もう一つ溢れ出てきそうな……怒りのような、何かが。
互いに無言。気不味さを感じた頃には、聳え立つ壁が見えてきた。
「ここで待ってて」
そう言うと、ティルは建物の方へと向かっていく。思わずその背中に手を伸ばすが、黙って引っ込めた。何が気に障ったのか分からないままする謝罪に、意味なんて無い。
俺の言ったことは、なにか間違っていただろうか? 彼女を怒らせるようなことを、何か……いつの間にか言ってしまっていたのだろうか?
「お待たせ」
考えていると、いつの間にか目の前にティルが立っていた。初めて会ったときと変わらない、きれいな笑顔を俺に向けてくれていた。──今はそれが、寧ろ怖い。
「中に入ると試験監督の人がいると思うから、その人の指示に従ってね。じゃあ、私はこれで……」
「あれ、ティルは来てくれないのか?」
「ごめんね、ちょっと上から呼び出されちゃって……試験が終わる頃には戻ってこれると思うから、それまで頑張って!」
そう言うと、ティルは走り去っていった。あっという間に小さくなっていく背中に、俺はぼんやりと手を振っていた。やがて背中が見えなくなって、少しだけ寂しさと心細さを感じる。
それらを振り払うように、立ち上がる。
「……サクッと終わらせるか」
意を決し、深呼吸する。
言われた通りに建物の中に入ると、大きな壁に覆われていて……その中に閉じ込められたような景色が広がっていた。そこには俺以外にも沢山の人がいた。腰に剣を携えていたり、でっかい斧を持っていたり……とにかく様々な武器を持っている。彼ら彼女ら全員が、俺と同じく試験を受けに来たのだろう。
これだけ人がいれば、俺以外にも俺みたいなやつがいるのだろうか? そんな事をぼんやりと考えていると周囲が急に静まり返り、ある方向へ一斉に向き始めた。そちらへ目を向けると、何やら険しい顔の男が立っていた。
「よく来てくれた、勇気ある金の卵たち!
険しい表情を一気に崩し、朗らかな笑みを浮かべてきた。それにつられて、周囲の何人かの表情も緩んでいく。
「試験を始める前に、俺からお前たちに一つ質問がある」
笑ったまま、試験監督とやらは問うてきた。
「お前たちがなりたいのは魔物を殺す騎士か、それとも魔物に食われるための餌か……どっちなんだ?」




