「第二十四話」拭いきれない血生臭さ
雪が降っている。でも、冷たさは感じない。
「……?」
見覚えのある、というか自分が長年住んでいた山の中だった。木の形、踏みしめた地面の感覚。それら全てが、俺を懐かしい気持ちにさせると同時に、もう戻れないんだという現実を突きつけてきた。
──銃声。森に響く、乾いた轟音。
「!?」
驚いてそちらを見ると、そこには猪が倒れていた。積もりに積もった白い雪の上に寝そべり、段々と赤黒く染めていく……死んだ。というより、殺された。
見慣れていたはずの日常を、俺は酷く恐ろしいものに感じた。後退りをして、尻餅をついて、反射的に目を背けた。
「背けるな、エルマ」
振り返ると、そこには信じられない人物が立っていた。
乱暴に伸びた獣のような白髪。痩せ細った身体は服の上からでも、その男が生物として貧弱であることを証明している。──死んだはずの父ちゃんが、生きていたはずの猪を撃ち殺したのだ。
「僕たちは生きている。それは別の命を殺して奪い、喰らうことで命を繋ぎ止めてきたからだ」
気づく。
ああ、これは夢だ。俺の記憶の断片から織りなされる、妙に完成度が高い夢なんだ。
それでも、父ちゃんが俺の目の前に立っている。それが嬉しかった。
折角なんだ、覚める前に思いっきり抱きしめてやろう。そう思って踏み出そうとした一歩が、吹き荒れる吹雪によってかき乱された。
「無数の死の上に、僕ら『フェンの森に住まう者』は立っている」
それでも進む、進み続ける。
こんな夢をまたいつ見られるかなんて分からない……今だ、俺は今、あの人と話がしたいんだ。──吹雪を振り払い、俺は父ちゃんの目の前に立った。
「それを、忘れないでくれ」
返り血まみれだった。
血生臭かった。
全身から死臭を漂わせ、それでも薄く笑いながら……父ちゃんは俺を抱きしめてきた。
「……全ては、炎を消し去るために」
耳元での囁きを最後に、俺は再び沈んでいく。
いいや正確には上がっていく……夢から覚めるために、逃げるように現実へ向かっていく。
(ああ、そうだ)
それでも、もう遅い。
(俺が、俺が父ちゃんを──)
俺の服も、身体も、口の中も魂でさえも……拭いきれないほどの血生臭さが染み付いてしまっていた。




