「第二十二話」オドリグイ
(エルマ視点です)
「ッ、ハァ!!!」
着地、同時に大きく息をする。肺を満たす甘く塩辛く苦く……全てにおいて食欲を加速させるそれらが、今まさに俺を食おうと迫ってきている。──好都合だった。飛びかかってくる蜘蛛共を殴り、巣の上に叩き伏せる。
べちゃり。
「いただきまぁす」
ぐちゃぐちゃになったそれを手で掴み、そのまま齧りつく。ありとあらゆる快感を詰め込んだようなその味は、俺の頭を、理性を、全てをとろとろに溶かしていく……残っているのは絶頂、それと同時に俺を苛み続ける渇望である。
「美味ぇ、美味ぇ……」
食って、食って、とにかく喰らい続ける。
「オラ、どうした? 俺を喰いたいんだろ?」
もっと食べたい、これじゃあ全然足りない。
そう、今の俺にはスリルが足りない……奪うだけではなく、奪われるかも知れないという恐怖の中でこそ、このイカれた美食はドス黒く光るのだ。──故に、俺はたじろぐ魔物共へと歩み寄る。
「仲良く、美味しく。しゃぶって舐めて骨の髄まで味わい合おうぜぇぇえっ!?!?!?」
右手首から刃を出す。笑いながら、俺はご馳走たちへ向かっていく。
魔物共が一斉に襲いかかってきた。牙で、爪で……更には糸が放たれ拘束される。体勢を崩しかけた俺を、一斉に貪ろうとするそいつらは美味そうだった。実に愛おしく、今すぐ齧りつきつきたい。──いいや、もう既に齧り付いていた。
「……」
糸を引き千切り、自らを貪っていた蜘蛛を叩き潰していく。血が、骨が、肉が内蔵が全てがぶちまけられる。手掴みでそれを口に運び、飲み込んで、また口に運ぶ。……これでも足りない、全然足りない。
『──!!!!!!』
こちらの様子を伺っていたのか、身の丈の倍ほどある大蜘蛛が鳴いた。慌ただしく、分かりやすく激昂しながら迫ってくる。──なんて活きが良くて、美味そうなんだ。
「……おかわり」
何本も在る腕から放たれる糸を避ける、切り刻む。壁を駆け上がり……飛び降りると同時に、大蜘蛛の脳天に刃を叩き込んだ。
『──!!! ─────!!!!!」
苦しげな声、暴れ回る大蜘蛛……俺を引き剥がそうとする腕が、爪が、俺を引き裂く。途端に再生する……この痛みも、溢れ出る熱も、全てが美味い。──右への大回転。遠心力に耐えきれず振り払われ、俺は壁に叩きつけられた。
「……へへっ」
痛みに呻く暇すら無い。再び蜘蛛が迫ってきて俺を貪ろうとする……確かに美味かった。
だが、もういい。
「オマエらは、もういい」
景気よく、派手に切り刻む。腕を刃を振るう度に、味わい深い血飛沫が吹き荒れる……それを舐め取り、飲み込み、乾いた喉を潤す。
最後の一匹を踏み潰す頃に気づいた。あとは、あのでっかい蜘蛛だけだ……と。
『……!!! ──!!!!』
活きが良すぎるのも問題だと、ふと思う。既に頭をかち割ったからか……自分で自分を傷つけるという不味い行動をしている。それはいけない、気づけば俺は……指先に集まりつつ在る熱に従い、大蜘蛛に向けて放った。
『!?!? ──!!!!』
それは糸だった。どうやら俺は、あの蜘蛛の血肉と共に、その能力と力を手に入れたらしい。──いいや、そんなことより。俺は笑みを隠すこと無く、糸により身動きが取れずに蠢く大蜘蛛の方へと向かった。
「やってみたかったんだよなぁ」
舌舐めずり。子供の頃からやってみたかったことを、やりたいようにやる。
「オドリグイ、ってやつ」
生きたまま齧りつく。強烈な叫び声はスパイス、醜く藻掻く姿は滑稽だった。楽しく、美味しく、常に変化し続ける大蜘蛛の様子を楽しみながら、俺はまず腕を、それから胴を……余すこと無く、身体の端から貪っていく。
『────……………」
美味い。
美味い。
ただ、ひたすらに美味かった。
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