「第二十話」狩るべき獲物
進む、進む、進み続ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
「……」
「……」
走る、走る、駆け抜ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
「……」
「……あの、エルマさん?」
来た道を戻る、様々な方向へ走る、やたらめったらに走り続ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
その全てが、何一つ変わらないまま俺の五感を苛んでいる。
「……クソッ!」
肩で息をするほど、俺は走ったり歩いたり色々やった。だが変わらない、先程と全く景色も匂いも時間も何もかもが変わらない! 一人で歩いていた時と同じ、何も変わっていない!
「畜生め、出口どころか手がかりもクソもありゃしねぇ!」
ヴィーザルは周囲を見渡したり、地面を触ったりしてみる。なにかの痕跡を探しているのだろうか? しかしその顔は芳しく無く、非常に苦い顔をしていた。それはそれはまるで、腹痛に悩むような表情だった。
「しかも魔物の気配すらありませんし……仮にこれが魔物の仕業だとしても、倒すべき本体が見えないんじゃ……」
「探すぞ」
「えっ?」
俺はそう告げて、再び走り出す。
腹も減ってきた。溢れ出す涎を止める術も、止めるつもりもない。
このままでは埒が明かない。最悪、空腹になって食欲が湧いてくる……そうなれば俺は、ヴィーザルを喰い殺してしまうかもしれない。それは駄目だ、絶対駄目だ。
それから死ぬのも駄目だ。俺は死ぬ訳にはいかない、ティルとそう約束したから。
「待っ……待ってくださいよ! 僕、もう足がヘトへ──」
「うるせぇ! 黙ってさっさと……あ?」
振り返ると、そこにいたはずのヴィーザルの姿が無かった。上にも下にも、右にも左にも前にも後ろにもいない……まぁ、もともと方向なんてあてにならないが。
そんなことより、探さねばならない。彼女に死なれてしまっては目覚めが非常に悪い。
「あいつ、どこに──ん?」
匂う。
鼻腔をくすぐる、美味そうな香り。
「……ははっ」
甘い。
しょっぱい。
苦い。
味わい深い。
「はははっ、ははははははっはっはっはっはっハァ────ァッ!!!!!」
その全てが、総じて美味い。
「美味そうな匂いだ」
俺は食欲に身を任せ、走り出す。
狩るべき獲物が、すぐそこにいるような気がしたから。




