「第十九話」再会と絶望
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
丁寧に、それでいて品があるお辞儀だった。下げられた頭に対し、思わず俺も頭を下げてしまう……人に頭を下げる機会があまり無いため、なんというか違和感がすごかった。
「あの……エルマさん、ですよね?」
「えっ」
驚いた。名乗ってもいないのに名前を当てられるとは。
俺はこの人とどこかで会ったことがあるのだろうか……困った、全く思い出せない。取り敢えず笑顔で時間を稼ごう。ニマニマと慣れない作り笑いを浮かべながら、俺は必死に記憶の棚を漁りまくった。──しかし、ヴィーザルの清々しい顔が解けていく。それはそれは残念そうに。
「……やっぱり忘れてますよね」
「ごめん、その。物覚えがあんまり良くねぇんだよ……」
そもそも家族以外の人間と会ったことが少なかったため、「名前を覚える」なんてこと自体が俺にとっては珍しい。とはいえ、会ったことのある人の名前を忘れるというのはとても失礼で、相手を傷つけることだということはよく分かった。
それでも、ヴィーザルは首を横に振った。
すぐにいい笑顔を向けてくれて、自分自身を指差して言う。
「ほら、僕ですよ。ヴィーザルです」
「……ああ、試験の時の!」
思い出した、あの時の綺麗な女の人だ。確か俺がオーガから助けて、それで──。
「そうです! エルマさんに助けてもらったヴィーザルです!」
いきなり距離を詰めてきて、俺は思わず後ろへ下がる。何だこの人、俺ってこの人とこんなに仲良かったっけ?
そんな俺の様子に気づいたのか、ヴィーザルは「あっ」と声を出した。
「ごっ、ごめんなさい! あと、その、あの時は本当にありがとうございました」
「別にいいけどよ……そんなことより、ここがどこだか分かるか? さっきから同じ場所をぐるぐる回ってたんだけど」
「……!」
そう言うと、ヴィーザルの顔が曇った。嫌な予感が、ぞわりと背筋を這い寄ってくる。
「エルマさん、それってどういう……」
「いや、ずっと同じ道ばっかでさ。気のせいだよな? 同じ場所に閉じ込められたなんて馬鹿なこと、あるわけ──」
言いかけて、ヴィーザルの顔を見た。見てしまった。
絶望するような、一縷の望みが消えたような……言わねば、と。歯を食いしばっている彼女の顔を。
否定しようとした、勘違いだと思いたかった。だけど。
「……マジかよ」
引きつった笑みを浮かべるぐらいしか、できることが無かった。




