「第十八話」感謝
歩いても、歩いても、同じ道。
もう何分、いいや何時間? とにかく気が遠くなるぐらいの時間を、俺は同じ場所同じ空間同じ景色の中で過ごしていた。
苛立ち、不安が重なり、遂に俺は誰もいない森の中で叫ぶ。
「クソッ、どうなってんだこりゃ……!?」
思わず、何度も見てきた二股の木に拳を叩き込むところだった。いいやいけない……食いもしないのに、無駄な殺しはしてはいけない。木だって生きているんだ、俺と同じように。
「……ふぅ」
取り敢えず、冷静になろう。
呼吸を整えながら、五感を研ぎ澄ます……目に見える景色は頼れない、手足からの感覚は宛にならない……嗅覚と、聴覚。この二つに意識を集中させ、俺は瞼を閉じた。
静寂。
静寂。
静寂。──それらを裂く、息遣いの音。鼻腔をくすぐる、魔物の匂い。
「──見つけたッ!!!」
俺は走り出す。聞こえた、匂いがした方向へ。同じ景色が何度続こうとも知ったことか、走って走って走り続け……そして遂に辿り着く。空気が、変わった。
「!!」
目を開けると、そこは拓けた場所だった。鼻腔を刺激しまくる魔物の匂い……いいや、本体が目の前にいる! 巨大な蜘蛛のような魔物が三体……そいつらは、剣を構えた一人の少女を取り囲んでいた。
『──!!!!』
「──だぁっ!」
襲いかかる一匹の蜘蛛に、少女が剣を振るう。蜘蛛は脳天から叩き切られ、そのまま地面に斬り伏せられる……しかし怯むこと無く二匹目が襲いかかる。鎧で牙を受け、怯んだところに剣を突き刺す。──しかし、ガラ空きの背中に最後の一匹が襲いかかった。
「しまっ──」
「させる、かッ!」
走り出すと同時に、右手首から刃を形成する。両者の間に割り込むように入り込み、腕を振るう……攻撃しか考えていなかった蜘蛛は真横に引き裂かれ、そのまま地面にべチャリと落ちていった。
他に魔物はいない、少なくとも近くには。
安全を確認した俺は、振り返る。確認しなければいけないことを確認するために。
「大丈夫か?」
差し伸べた手を、腰の抜けた少女はしばらく見つめていた。何かを仰ぐように、信じられないものでも見るように……怖がらせてしまっただろうか? 出しゃばった手を引っ込めようとしたところで、勢いよく手を掴まれた。
「ありがとう、ございます……!」
少女の目尻には、涙が溜まっていた。
「……どうも」
そういえば、きちんと感謝されるのは初めてだなと、ふと思った。
むず痒く、なんというかくすぐったい……でも、悪くはなかった。




