「第十七話」違和感
(とは言ったものの、やっぱ一人はなぁ……)
若干の心細さと恐怖を引きずりながら、俺は重い足取りで件の森に辿り着いた。正直まだ魔物は怖いし、死ぬのはもっと怖い……冷静に考えてあんなテンションで決断するべきことではなかったんじゃないかなぁと、カッコ悪い後悔が頭を巡っている。
だがそれとは別に、俺の胸を締め付ける何かがあった。
(なんだろうな、この気持ち)
感覚的には、渇望って感じだった。
限界まで飢えた時に感じるあの飢餓感……でも、腹はいっぱいだった。朝からティルの手料理をたらふく食ったから。にも拘わらず俺は欲しがっていた……問題はそう、何が欲しいのか自分でも分からないということだ。
この感覚に陥ったのは、どういったタイミングだっただろうか? いつもはこんなこと無かったし、人生で初めてだった。だから、正直怖かった……健康体そのものである自分に病気なんて無いとは思うが、それでも不安は思考の隅に留まり続けている。
「……考えても仕方ねぇか」
頬を叩き、俺は再度、目の前に広がる森を見つめる。
木々、草むら、獣道……どこからどう見てもただの森。──のように見えるが、そうではなかった。微かに匂うそれは、俺の目覚めてはいけない食欲を確実に刺激していた。
(いるな、確実に。ちっこいのが沢山……でっかいのが、一匹)
気がつくと、俺は舌なめずりをしていた。危ない危ない……もう少しで、あのときと同じ獣に成り果ててしまうところだった。それだけはいけない、そうなってしまえば、俺は俺でなくなってしまうのだから。
「……行くか」
腹を括り、俺は山の中へと足を運んだ。
「……」
進む、進む、進み続ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
しかし、やはりただの山だった。微かな魔物の匂いが漂っているだけで、そこまでおかしな点があるわけではない……村人の死体が一つや二つ転がっていることぐらいは覚悟していたのだが、今のところは杞憂に終わっている。
──違和感。
「……?」
進む、進む、進み続ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
走る、走る、駆け抜ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
来た道を戻る、様々な方向へ走る、やたらめったらに走り続ける。
二股の木、苔の生えた大岩、落ち葉がちらほらと散乱する道。
やはり。
変わらない。
「……ここ、どこだ……!?」
走っても歩いても、右に曲がっても来た道に戻っても。
何をやっても俺は、ずっと同じ場所を歩き続けていた。