「第十六話」お互い頑張ろうぜ
「森林の調査ぁ?」
焼き立てのパンと卵をゆっくりと味わいながら、俺は小首を傾げた。前回の初任務とは打って変わって、なんともまぁ腑抜けた内容のように思えたからだ。
「それって、俺達がやらなきゃいけないのか? もっとこう、ヴァルハラ教の奴らをぶっ倒すとか……そういうんじゃねぇの?」
そう言うと、エプロン姿のティルがキッチンから飛び出してきた。持っていたフライ返しを振るい、俺のおでこをひっぱたく。
「いっでぇっ!?」
「こら! 与えられた仕事に文句言わないの!」
「冗談だっつの! 人殺しなんて、二度とごめんだ」
そう言うと、ティルはフライ返しを引っ込めた。ちょっと悲しそうな顔をしたが、すぐに糸が解けたような笑みを浮かべてくれた。──そして、すぐに鋭い表情へと変わっていく。騎士としての、守る者としての矜持がある顔だ。
「もちろん、ただの森なんかじゃない。私達じゃないといけない理由が、ちゃんとあるの」
「──魔物か」
ティルは頷いた。
「その森林の近くにはいくつか村があるんだけど、最近魔物の被害が増えているみたいなの。洞窟みたいな隠れる場所もないし、いるとしたらそこしか無いんじゃないかって」
なるほど、これは確かに俺達の仕事だ。力を持たない村人たちに魔物が潜んでいるかも知れない森の調査をさせるわけにもいかない。
「そっか……んで、その魔物ってどんな奴なんだ?」
「それを調べるのが、今回の任務。でも無理はしないで、ああいう場所には魔物の巣がある場合が多いの。危なくなったらすぐに逃げて、絶対に」
保った矜持の中に、不安そうな表情が見え隠れしている。俺は嬉しさを隠しながら、頷いた。
「分かった、気を付ける。ティルも無理すんなよ?」
「それと言いにくいんだけど……今回の任務に私は同行できないの」
「えっ、なんでだよ」
驚いた俺の声に、ティルは申し訳無さそうな顔をした。目を背けるようにエプロンを脱ぎながら、洗い物に着手する。
「ちょっと団長に呼ばれちゃって……どうしても王都に行かなきゃいけないの」
布で食器の水分を拭き取り、清潔な布の上に置く。
「とにかく、ごめんなさい。あなたを一人で戦わせることになってしまって」
「……いいよ、別に。ティルにもティルの仕事があるんだし、いつまでも甘えてるワケにもいかねぇしな」
申し訳無さそうにするティルの目の前に、俺は拳を突き出した。ティルはびっくりして一歩下がり、きょとんとした顔をしていた。
「お互い、頑張ろうぜ」
「……うん!」
きゅっと握りしめた拳が、雪のように白い拳が、俺の拳にコツンとぶつかった。なんだか触れた部分がムズムズして、でも不思議と悪い気がしなかった。