「第十五話」神々の祈り
(今回はスクルド視点です)
静寂。
自分以外、誰もいないんじゃないかと思うほどに静まり返ったその空間に帰ってきた。
「随分と時間が掛かったようだな」
そんな空間に、一切の気配も何も発さずに老人が佇んでいた。声を発するまで、それを目視するまで気付けなかった……やれやれ、伊達に神を名乗っているわけではないようだ。
「これ、全部私の血なんですよ?」
私は薄い笑みを浮かべながら、自分の血に塗れた白装束をひらひらと舞わせてみる。老人は顔色一つ変えないまま、私のことを睨みつけている。──糞爺。心の中で、舌を打つ。
「寧ろ私は、自分に満点を付けてあげたいですけどね。寧ろ命があるのが不思議なぐらいですよ。だからあの時『フェンの森』ごと根絶やしにしておけば──」
閃光。
轟音。
「口を慎め、女神風情が」
目の前に落ちた落雷は、私の紡ぎかけていた言葉をねじ伏せた。目の前の糞爺が握る小鎚が、バチバチと音を立てて私を牽制していた。
「貴様如きが、あのお方の聖断を推し計るな」
「……これは失礼。全能、いいえ雷神トール殿」
「口の減らない奴め」
まぁいい。そう言って鎚を引っ込めた老人は、見下すように私に尋ねた。
「成果は?」
「『フェンの森に棲む者』の粛清は失敗。その代わりに薬がきちんと効果を示していました」
「あれはまだ投薬していなかったのではなかったのか?」
「親切な信徒が勝手に身を捧げてくれたお陰ですよ。死体もバッチリ回収しましたし、近いうちに計画を実行に移せるかと」
私の言葉に、老人は初めて笑みを向けた。気味が悪い……この爺が笑う時は、大抵敵も味方も大勢死ぬ。まぁ、そういう事をしようとしているのは事実なのだが。
「いよいよなのだな」
老人は私に背を向け、ステンドグラスから差し込む光を見上げた。
「必ずや、奴らの手から『グングニルの槍』を取り返してみせる」
そして片目を押さえる。自分で抉った、左目を。
「全ては、炎を退けるために」
「……」
私も、左目を押さえる。
閉じられた目の向こう側に、望む世界が視えることを願って。
「……全ては、炎を消し去るために」
楽園に至るべく、私達は祈った。
神様のくせに、何でもできるくせに。自分以外の何者かに。
これにて第一章前編完結ッ!
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