「第十四話」命乞い
戦いが終わり、ふと思い出したようにティルが顔を上げる。
「よかった、無事だった……」
彼女は俺の方へと駆け寄ってきた。
心配そうに、心底嬉しそうに、俺を抱きしめようとしてくれていた。
「──来るな!!」
「!?」
だが、今の俺にそれを享受する資格はなかった。
ティルはそんな俺の顔を見て、何やら困ったような……とにかく困惑していた。申し訳ないことをしたと、もう頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
「それ以上、来ないでくれ……」
だから、頼み込むようにしか言えなかった。
「家族の仇を取った」
「……!」
ティルは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それでも何も言わなかった。
言わないでいてくれた。
「最後までクズだった。今だって殺されて当然だって思ってる。だけど」
縋るように、祈るように。俺はティルの方を見た。
「どうしても、正しいって思えねぇ」
俺を見るティルの顔が、何を考えているのか分からない。何か暗い感情があって、ぴったりな言葉を探していて……取り敢えず、それ以外は知りたくない。
「あいつは俺から家族も、今までの暮らしも何もかも奪ったよ。でも俺は、あいつから命を……とにかく全部を奪ったんだ」
自分で、自分の詰みを読み上げているような気分だった。
「俺がやったのは正義なんかじゃない」
そして、言い放つ。
抑え込みたかった、自分の胸の内を。
「ただの人殺しだ」
「エルマ……」
何も見たくない、聞きたくない」
俺は蹲って耳を塞いだ。とにかく全てを感じたくない……足の感触も、断末魔の響く鼓膜も、苦悶の表情の映る目も……全部嫌だ、何もかも。
「初めて会った時にした約束、覚えてるよな?」
だから、楽にしてもらおう。
「あれ、今ここで……」
「さっき、女の子を保護したの」
は?
「ティル……?」
「あの村の生き残りだった。森の中に逃げてたんだって」
そうじゃない、なんでいきなりそんな話をするんだ? 俺の脳内は困惑と、蹲っていて見えないティルの表情がどんなものなのかという、未曾有の恐怖に支配されている。
「でもそのあと直ぐに見つかって、追われてたらしいの」
「何、言ってんだよ。早く俺を……!」
「でも! あの子を、助けてくれた人がいたみたいなの」
怒鳴るような声に、思わず震える。言いかけた言葉が全て引っ込み、ティルは喋り続ける。
「大きくて長い、綺麗な白い髪の人だったらしいの。エルマ、あなたのことでしょ?」
その一言で、俺は心当たりにぶち当たった。あの髭面に襲われていた女の子、必死に逃げて……森を駆けていった、あの子の顔だった。──ティルが目の前に座り込む。彼女の匂いが、俺の鼻の中に入り込んでくる。
「確かに、あなたは人を殺したかもしれない。どんな理由があっても、それは変えられない」
ああ、やっぱりそうだ。
俺は、もう人殺しなんだ。
「だけど、あの子は助かった。あなたが戦ったお陰で、あの子は死なずに済んだの」
それは、理由になる。
俺がやったとんでもない過ちの、少なくとも言い訳にはなり得る。──それでも。
「……俺は、もう奪いたくない」
「だったら、奪わなければいい」
蹲った俺の手を、優しく握ってくる。
「私は、奪うために騎士になったわけじゃない」
解くように、こじ開けるように……そしてむき出しになった俺の顔を、ティルは両手で掴んだ。──涙で腫れた、真っ赤な顔。
「救うために、騎士になったの」
頼み込むように、怒りながら……俺の頭をそっと抱き寄せてくる。目も、耳も、感覚も……何もかもが暖かくて、優しかった。
「だから、もう自分から奪わないで」
死なないで、と。かつてそう言われたのを思い出した。
「……ごめん」
虫のいい話だと、自分でも思う。こんなことをして、今更そう願うのはおかしいと思う。
「やっぱ、殺さないでくれ」
それでも、しがみつきたいと思ってしまった。
それでも、償うために救いたいと思ってしまった。
死にたくない、と。そう思うのが。
当たり前だと、思ってしまった。
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