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神喰いのフェンリル  作者: キリン
【第一章】前編 魔物喰らいの少年
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「第十四話」命乞い

 戦いが終わり、ふと思い出したようにティルが顔を上げる。


「よかった、無事だった……」


 彼女は俺の方へと駆け寄ってきた。

 心配そうに、心底嬉しそうに、俺を抱きしめようとしてくれていた。


「──来るな!!」

「!?」


 だが、今の俺にそれを享受する資格はなかった。

 ティルはそんな俺の顔を見て、何やら困ったような……とにかく困惑していた。申し訳ないことをしたと、もう頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。


「それ以上、来ないでくれ……」


 だから、頼み込むようにしか言えなかった。


「家族の仇を取った」

「……!」


 ティルは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それでも何も言わなかった。

 言わないでいてくれた。


「最後までクズだった。今だって殺されて当然だって思ってる。だけど」


 縋るように、祈るように。俺はティルの方を見た。


「どうしても、正しいって思えねぇ」


 俺を見るティルの顔が、何を考えているのか分からない。何か暗い感情があって、ぴったりな言葉を探していて……取り敢えず、それ以外は知りたくない。


「あいつは俺から家族も、今までの暮らしも何もかも奪ったよ。でも俺は、あいつから命を……とにかく全部を奪ったんだ」


 自分で、自分の詰みを読み上げているような気分だった。


「俺がやったのは正義なんかじゃない」


 そして、言い放つ。

 抑え込みたかった、自分の胸の内を。


「ただの人殺しだ」

「エルマ……」


 何も見たくない、聞きたくない」

 俺は蹲って耳を塞いだ。とにかく全てを感じたくない……足の感触も、断末魔の響く鼓膜も、苦悶の表情の映る目も……全部嫌だ、何もかも。


「初めて会った時にした約束、覚えてるよな?」


 だから、楽にしてもらおう。


「あれ、今ここで……」

「さっき、女の子を保護したの」


 は?


「ティル……?」

「あの村の生き残りだった。森の中に逃げてたんだって」


 そうじゃない、なんでいきなりそんな話をするんだ? 俺の脳内は困惑と、蹲っていて見えないティルの表情がどんなものなのかという、未曾有の恐怖に支配されている。


「でもそのあと直ぐに見つかって、追われてたらしいの」

「何、言ってんだよ。早く俺を……!」

「でも! あの子を、助けてくれた人がいたみたいなの」


 怒鳴るような声に、思わず震える。言いかけた言葉が全て引っ込み、ティルは喋り続ける。


「大きくて長い、綺麗な白い髪の人だったらしいの。エルマ、あなたのことでしょ?」


 その一言で、俺は心当たりにぶち当たった。あの髭面に襲われていた女の子、必死に逃げて……森を駆けていった、あの子の顔だった。──ティルが目の前に座り込む。彼女の匂いが、俺の鼻の中に入り込んでくる。


「確かに、あなたは人を殺したかもしれない。どんな理由があっても、それは変えられない」


 ああ、やっぱりそうだ。

 俺は、もう人殺しなんだ。


「だけど、あの子は助かった。あなたが戦ったお陰で、あの子は死なずに済んだの」


 それは、理由になる。

 俺がやったとんでもない過ちの、少なくとも言い訳にはなり得る。──それでも。


「……俺は、もう奪いたくない」

「だったら、奪わなければいい」


 蹲った俺の手を、優しく握ってくる。


「私は、奪うために騎士になったわけじゃない」


 解くように、こじ開けるように……そしてむき出しになった俺の顔を、ティルは両手で掴んだ。──涙で腫れた、真っ赤な顔。


「救うために、騎士になったの」


 頼み込むように、怒りながら……俺の頭をそっと抱き寄せてくる。目も、耳も、感覚も……何もかもが暖かくて、優しかった。


「だから、もう自分から奪わないで」


 死なないで、と。かつてそう言われたのを思い出した。


「……ごめん」


 虫のいい話だと、自分でも思う。こんなことをして、今更そう願うのはおかしいと思う。


「やっぱ、殺さないでくれ」


 それでも、しがみつきたいと思ってしまった。

 それでも、償うために救いたいと思ってしまった。


 死にたくない、と。そう思うのが。

 当たり前だと、思ってしまった。




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