「第十二話」スクルド
森の中を、歩いていた。
人を殺してしまった。その事実が、瞬間が、断末魔が頭の奥で響き続けている。
しがみつこうとする手を踏みつけた時の感触が、一歩踏み出す度に蘇る。それは鮮明に、残酷に……俺がやったことが何なのかを告げていた。
「やぁ」
立ち止まり、顔を上げる。そこには青い髪の白装束の女が立っていた。
「白い髪、獣のような表情の荒々しさ……なるほど、予言は確かだったようだ」
「……何だお前」
「ああ、そうだね。私はスクルド──」
答えるより前に、前に飛ぶ
形成した刃はそのまま女を捉え、その首へと吸い寄せられていく。
はずだった。
「──え?」
空振り。虚空を刃が裂くと同時に、俺は脇腹に鋭い熱と痛みがあることに気づいた。勢いを失った俺はそのまま地面に顔面から滑り込み、そのまま悶えた。
「がっ……あっ、ああ!」
「自己紹介ぐらい最後まで聞き給え、マナーがなってないぞ」
駄目だ、勝てない。直感的に格の違いを感じる……肉体? 精神? いいやそもそも生物としての格が違う……そうだ、こいつは人の形をしてはいるが、そんなものには収まらないような動きだった。魔物? いいや、まさか──。
「君という個人に恨みは無い。強いて言うならそうだな……君という存在自体が、我々ヴァルハラ教徒にとっての脅威になってしまっているのさ」
殺意が、全身を拘束する。
恐怖で動けない。
「なぁに、心配しなくていい」
徐々に近づいてくる足音に対し、俺は藻掻くことすらできない。荒い息を吐きながら、ただただ呆然と倒れ込んでいた。
「その時が来れば、君の魂も楽園へと導かれるさ」
駄目だ、死ぬ。避けられない、殺される。
息が。
息が、荒くなる。
走馬灯のようなものが脳を掠める。
……いいや、これで良かったのかも知れない。
そりゃあ、見ず知らずのイカれクソ野郎の仲間に殺されるのは癪だ。だがそれは、人殺しの俺が言えることではない……ただ、殺してくれる人が自分にとって思い入れがあるかないか、それだけの話だ。
それならまぁ、いいか。
そう思った俺は、諦めて振り返る。
そこには、輝くような第三者が居た。
「なっ……!?」
「遅い」
スクルドとやらが持っていたナイフが弾かれると同時に、彼女の身体のあちこちに斬撃が走る。血によって描かれた斬撃は弧を描き、それが地面に吸われるより前に回し蹴りが叩き込まれた。──早い。あまりにも早すぎるその斬撃は、寧ろ鮮やかにさえ感じてしまった。
「……」
あまりにも速すぎる剣速により、その剣には一滴も血が着いていなかった。
輝ける剣、一切の汚れも迷いも無いその人の名を、俺は思わず呟いていた。
「……ティル」
その横顔だけが、暗く沸々と煮えていた。