「第十一話」人殺しの死神
よりどりみどりだな、と。俺は必死に喚き続ける食材を見ながら、どう料理してやろうかと楽しく思考を巡らせていた。しがみついている手を踏みつけるだけでは足りない……もっとこう、しっかりと味わいつくさなければ。
「たすけてくれ……」
と、食材が喋る。青白くなっていく顔で、顔中を涙と鼻水でべちょべちょにしながら。
「死にたくない……!」
そこに、以前の信仰はない。
こいつは前に言った。死ぬことは怖くないと、名誉なことだと。自分がしたことは正当であって悪ではない、と。──皮肉。スパイスを、振るう。
「おいおい、死ぬのが怖いのか? 生き物は死んだら楽園に行くんじゃなかったのか?」
「い、いやだ……死にたくない、死にたくなぁい!」
男は震えながら、必死に崖を掴んでいる。徐々にズレていく手の位置を、俺は薄い笑いで見つめている……まだだ、まだ。まだ味わえる。
「ああ、神よ! どうか……どうか私をお助けください!」
男は間際で祈った。いるはずもない虚空へ、虚無へ……ああ、なんて可哀想な人なんだろう。だから俺はせめて、せめてこいつが望むものを与えてやろうと、代わりに答えた。
「神サマならいるぜ、ここにな」
「き、貴様……貴様のような悪魔が、神であるわけが……ひぃっ」
手を優しく踏みつけると、びっくりするぐらい簡単に黙った。首をゆっくりと横に振るその表情は、見ていてとても気分が良かった。
「いいや? 俺は神だ。お前の、お前だけの神サマ──」
「や、やめてぁぁぁああぁあぁぁぁぁ……」
少し力を込めるだけで、手は崖を離れた。徐々に小さくなっていく断末魔と、落ちていく男の姿を真上から見下ろしながら、俺は小さく、しかししっかりと答えた。
「死神だ」
そのまま、男は染みになった。少し蠢いた後、自分の血溜まりの中で沈み……そのまま、動かなくなった。恐らく彼は楽園とやらに逝ったのだろう、彼が信じる極楽浄土とやらに。──どうでもいい、それよりも。
「カイ! 母さん! やったよ俺、仇取ったよ!」
ああ、嬉しい。
ようやく、果たせた。
「あいつが二人にやったことの、百倍辛い死に方をさせてやった! 誰も助けに来なかった、神も楽園もありゃしねぇ! くそったれ、くそったれ……」
命だけでは足りない。その主義主張、信じる全てを踏みにじり、裏切り……そもそもの性への執着をも危うくさせたところで、決定された「死」を突きつける。地面に叩きつけられる数秒程度は、さぞかし頭の中がメチャクチャだったことだろう。
「ザマァみろ!!!!!!!!!!!!!」
クソ野郎への別れの言葉を、咆哮のごとく放つ。安寧などクソ喰らえ、赦しなんて一生与えられるな。お前にとっての楽園は、お前自身を断罪し続ける豪華の中でしか無いんだ。
「はぁ、はぁ」
荒い息を吐きながら、俺は笑った。やってやった、仇を討ってやった。これで俺は、俺は……ああ、そんな。これじゃあ、まるで……まるで……!
「これじゃあ、ただの人殺しじゃねぇか……!」
間違っていたとは、思わない。今更思えない。
それでも人を殺したという事実は、俺の胸に重くのしかかった。──脳裏に浮かぶ、少女の朗らかな笑顔。
「……ティル」
そう呟いて、俺は来た道を戻った。
死ぬために、終わらせてもらうために……あの約束を、果たしてもらうために。
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