「第九話」メインディッシュ
「ふ、ふふっ」
肩が揺れる。
「ふは、ふはっ……ふはははははははははっ!」
仰け反る。
そのまま倒れてしまうのではないかと思うほど。
「まさかこんなに早くまた会えるとはなぁ……我が神に、感謝を」
引き裂かれたような笑みを浮かべながら、アードンは祈った。両手を固く結んで……しかしその目線は天ではなく、しっかりと俺に向けられている。
握った両手をゆっくりと解き、そのまま俺のことを指差す。
「貴様のことは、よぉ……く覚えている。我が使い魔を楽しそうに喰い殺す貴様の姿は、まさに悪魔と呼ぶのに相応しかった」
今にも倒れそうな、ふらついた足元。顔色は悪く、あれから碌な生活をしていなかったことが伺える。
「まぁ、最も」
声色も、表情も変わらない。
ただただそこには、笑っているだけの怒りがあった。
「あれだけのことをされて、簡単に忘れられるわけがないのだよ」
そう、怒りだった。
俺への、怒りだった
「……そっか」
反省でも、悲しみでも無い。自分自身への怒りですら無い。それは俺に向けられた怒り……『恐怖』という未知の感情を与えてきた、俺への怒りだった。──よかった、と。俺は心底安堵する。
本当に、ありがとう。
これで躊躇いなく殺せる。
「ぶっ殺す」
『────!!!!!』
駆け出すと同時に、髭面の手が動く。
オーガの咆哮が森中を揺らし、そのまま巨体が突っ込んでくる。
真上からの振り下ろし。あまりにも遅い一撃を横に避け、隙だらけの脇腹に刃を滑り込ませる……断末魔さえ許さない。肉を抉るように腕を振るうと、ぐちゃりと音を立てて倒れた。
降り注ぐ血の雨を舌で舐め取り、次の獲物に刃を向ける。
「次はお前だ」
獲物は笑っていた。正確には、更に怒りを煮やしていた。
「おいおい、せっかくの食い物を粗末にするな。あの時のように貪らないのか?」
「あんなモン、豚にでも食わしとけッ!!」
地面を蹴り、腕を振るう。ギリギリで避けられた……髭面の頬をかすめた刃には、あいつの汚い血が僅かにこびりついていた。なぁに、すぐに奴の血で染まるさ。
次で決める、決めてやる。そう決意して、再び跳ぶ。
「そうか、では──」
目の前、あと一歩。瞬きの間に殺せる距離で、奴は何かを飲み込んだ。
「メインディッシュといこうじゃないか」
刹那、目の前から獲物が消える。
直後、胸元を抉るような痛みが走る。
「──じん、ろう……!?」
振り返ると、そこには狩人がいた。
二足歩行の獣は、地面に伏す俺を見下ろしながら、笑った。
「──腹減った」
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