「第八話」ヴァルハラ教
早朝、俺はティルと共に街を出た。
どうやら初任務とやらが舞い込んできたらしい。やけに切羽詰まったティルの横顔が気になって、俺は初めて見る馬車にも喜べなかった。
「……見えてきた」
ティルの視線の先には、中々の広さの村があった。しかしなんだか様子がおかしい……煙が上がり、感覚的に活気が無いように思える。──直感。嫌な予感が、全身を包む。
村の一歩手前で馬車が止まると、すかさずティルが飛び降りる。駆けていく彼女の背中を、俺も慌てて追った。
「……こりゃあ、ひでぇ」
村の中に入ると、そこには地獄が広がっていた。
あちこちに血飛沫や血溜まり、その中に沈む人間の死体。原型を留めているものもあれば、無惨に食い散らかされてひき肉になっているモノもある。そこに生きている人間は一人もいなくて、まるで死体に出迎えられるような気持ちにさせられた。
「一体何が、こんな……獣か? それとも、魔物か?」
「──これを見て」
振り返ると、そこには死体の前にしゃがみ込むティルがいた。彼女は眉間に皺を寄せながら、死体の左目の部分を指差す……見るとそこには刃物で付けたような一本傷がある。明らかに獣や魔物によるものではなく、人為的なものだった。
「ヴァルハラ教の仕業だよ」
「ヴァルハラ……?」
ティルは立ち上がって、死体を見ながら言う。
「あいつらは魔物を引き連れて、こうやって町や村を襲うの。左目の傷はそれの証拠……殺した人たちの左目を、あいつらはわざわざ傷つけるの」
「なんだよ、それ……なんのためにそんなことするんだよ」
「魔物を強くするためだよ。魔物は、人を食えば食うほど強くなるの」
「……なんでわざわざ、目に傷なんか付けるんだ?」
「そんなの、決まってるよ」
ティルは死体を、正確にはそれに付けられた傷を睨みつけながら……静かに手を合わせた。
「見せしめだよ」
その横顔には、いつものティルはいない。怒りに顔を歪ませ、明確な負の感情を誰かに向けている……俺はそれを見るのが嫌で、どうにかしたくて、それでもその気持が痛いほど分かってしまって、だから。
(成仏してください)
黙って、彼女と同じように手を合わせる。理不尽に命を奪われ、恐怖のままに貪られた誰かの……来世の幸せを祈るために。──悲鳴。耳を突き刺すような、断末魔。
「……今、何か聞こえなかったか?」
「えっ? いや、私は何も……って、エルマ!?」
俺は走っていた。断末魔の聞こえる方に、村の近くにある森の方へ。
(待ってろよ)
「ぜっっっ、たい……助けてやるからなァ!!!」
まだ助けられる、助けてみせる。
あの地獄の中に、名前も知らない誰かの死体を加えないために。
走って、走って、森の中を走り続けて……俺は声の聞こえた方へと走っていく。──そして見つける。追い詰められて腰を抜かした少女と、それに涎を垂らす巨大なオーガを。
「──ぁぁあああっぁああああああああああああ!!!」
熱を収束、食欲を爆発的に引き出す。皮膚を突き破った結晶の刃を構えながら、オーガの背後から斬りかかる。
『──!!!!』
振り返ると同時に、薙ぎ払うような一撃。跳んで避け、上から刃を突き刺す。苦しむような呻き声、俺はそのままオーガの顔面を蹴り飛ばした。
「早く逃げろ!」
幸い、怪我は無いらしい。俺の叫びを聞くと同時に、少女は泣きながら逃げ去っていく。さて……後はあのオーガをぶち殺すだけだ。なぁに簡単だ、一度倒した──いや、待てよ? 何故、一度倒したはずの魔物がここにいる?
「……誰かと思ったら、あなたでしたか」
答えは、森の奥からやってきた。髭面、白装束……忘れるわけもない、奴の顔。
「アードン……!」
髭面は名前を呼ばれ、満面の笑みを浮かべてみせた。
それはそれは、グシャグシャに丸めた紙のような笑みを。