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誘拐されがちな令嬢達の物語

私が誘拐されるのは、いつだって殿下のせい

作者: 白澤 睡蓮

 目を覚ますと、そこは薄汚れた小屋の中だった。私は今両手両足を縄で縛られて、床に転がされている状態だ。小屋の外では小鳥が鳴いているようなので、森の中に建てられた小屋の中といったところだろうか。


 私は気を失うまでの記憶を辿った。ある公国から仕事を承った私と彼は、国境を越えた途端賊に襲われた。そして現在誘拐監禁されていると。


 身につけざるを得なかった縄ぬけの技術で両手を自由にし、私は彼こと隣で横たわる男性を叩き起こそうとした。


「起きてください! 殿下!」


 私が殿下と呼んだことから分かるように、彼は王家の人間だ。彼の名はレンドロ・アタラクサー、ちょっと困ったところもあるものの、私達の王国のスーパー王太子殿下だ。


 そして私はリエッタ・フルルッツァ、しがない伯爵家の娘だ。殿下の侍女である私は、殿下のついでに誘拐された。完全なる巻き添えだ。私も伯爵家の娘なので、一応人質としての価値は無くは無いが、巻き添えの方が的確だろう。


 揺すっても叩いても起きずに、鼻をつまんだところでようやく目を覚ました殿下は、一瞬で状況を把握した。殿下はむくりと起き上がると、自身を縛る縄を魔法も使わずに素手で引き千切り、キメ顔を決めた。


「では、さささささっと仕事を済ませてしまおうか」


 さがやたらに多すぎる。立ち上がった殿下が鍵のかかった小屋の扉を蹴破ると、小屋は一瞬で消滅した。小屋を小屋たらしめていた屋根と壁は木端微塵となり、小屋の中と外は完全に一体化していた。


 どんな蹴りの威力だ。見るたびに毎回いっつもそう思う。


 一瞬で小屋を消滅させた殿下を見て、小屋の外にいた賊は間抜け面をさらしている。我に返り慌て始めた賊を、殿下は殲滅にかかった。


 私達の祖国に犯罪組織は存在しない。過去には確かに存在したが、某侯爵家の活躍によりきれいさっぱりお掃除されてしまった。その代わりなのか、他国の犯罪組織の数は増加傾向にあった。だがそれだけなら、一国の王太子が骨を折ることにはならない。


 殿下が他国の犯罪組織を潰した最初の数回は、ただの偶然の産物だった。王太子となり初めて訪れた外国で、殿下は犯罪組織の襲撃を受けた。たしか人身売買組織だったと思う。


 襲われた殿下は自身で賊を追い払うことができたはずなのに、追い払うことなく誘拐された。もちろん一緒に居た私も、ついでに誘拐された。そして賊のアジトに連れて行かれた殿下は、賊を殲滅し私を連れて自力で脱出した。


 何故誘拐されたのか後で殿下を問い詰めてみると、誘拐されなければいけない気がしたからとのことだった。どんな気だ? 何だその義務感?


 殿下を危険にさらしてしまい、相手の国は平謝りだったが、殿下が好きでやったことだからということで、なんとか事なきを得た。こんなことが何度か起きて、殿下は完全にお調子にお乗られあそばした。


 陛下と話す機会があった時に、『殿下が誘拐されなければいけない気がしたと言っていたのですが、どういうことなのですか?』と訊いてみたことがある。陛下は『そうか、やはりか』と答え、まるで当たり前だと言わんばかりだった。何で? なぜ納得した? ねえ何で? 納得するのおかしくない?


 最近の殿下は近隣諸国からの依頼で、王立学園の長期休暇の度に国を離れて、犯罪組織を撲滅して回っている。交易で便宜を図ってもらったり、国同士の友好関係を他に示したり、犯罪の抑止につながったりと、案外有効な外交手段になっているそうだ。


 撲滅作戦の過程で必ず誘拐を挟むのは、殿下の謎のこだわりだったりする。この謎のこだわりは、王妃殿下の実家であるグレオン侯爵家由来らしい。変なところにこだわらないでほしいし、いやほんと何なん? 殿下は楽しんでいるようだが、付き合わされるこちらの身にもなってほしい。


 私がそんなことを考えている間に、殿下の仕事は全て終わっていた。すっかり叩きのめした賊が逃げ出さないように、殿下が拘束の魔法をかけていく。依頼主である公国に無力化完了の報告をして、連行してもらえば依頼はすべて完了だ。


 この国を訪れたのは初めてで、私達は国境を入った途端に襲われた。殿下は転移魔法も使えるが、転移魔法は一度訪れたところにしか転移できないらしい。ということで、殿下の飛行魔法で、私達はこの公国の都を目指す。


 うつ伏せになり両腕をまっすぐ前方に突き出し空を飛ぶ殿下と、殿下の背中に座る私。絵面としては最悪だ。泣きたい。


「とっとと別の方法でも飛べるようになってもらえませんかね」


 こんな苦情を口走ってはみたものの、飛行魔法が使えるだけでもかなりすごいことだ。飛行魔法が使えるのは、この世界でたった数人しかいない。その数人が私たちの祖国、しかもひとつの侯爵家の縁者に集中しているので、偏っているにも程がある。


「私の背では乗り心地が悪いということか?」

「違います。どちらかというと絵面の問題です。乗り心地が悪いのも確かにそうなんですけど、こんなの誰かに見られたら、私はお嫁にいけなくなっちゃうじゃないですか」

「ならば私が君を嫁にもらおう」


 殿下は何を言っているのかと、私は自分の耳を疑った。


「はっ、ご冗談を。ご冗談を!」

「二度言わなくても良くないか? 私に付き合ってくれるのはリエッタだけだと、私はこんなにも心を許しているというのに」

「はいはーい、嬉しくない言葉をありがとうございまーす」


 私が殿下の侍女になったのは、ただのクジ引きの結果だ。殿下と同い年の令息令嬢の中から、クジ引きで私が選ばれた。なぜこんなにてきとーだったのかというと、殿下は何でもできるので、誰がついたって一緒だから。


 慣習に従って侍従か侍女をつけることになったものの、殿下に誰かつける必要ある? という意見も出たらしい。私が殿下の侍女になって早数年、これには全く同意しかなかった。


「容赦なく突っ込んでくれるところも好きだぞ」

「はいはい、どうもどうも」


 右から左に受け流した。軽口をたたき合うぐらいには、私と殿下の仲は良好だ。


「そうだ。ものは相談なんですけど、私をクビにしませんか? 学園では非常識な殿下のお守りで毎日大変ですし、休日や休暇は殿下の仕事に同行し、はっきり言ってもう面倒くさいです。私がいなくたって、殿下の話し相手がいなくなるだけで大体一緒じゃないですか。私も人並みに青春を謳歌したいです。具体的に言うと恋愛したいです」


 殿下のお守りに忙しいせいで、私は未だに婚約者がいない。友人の令嬢達は、ほとんど婚約が決まっているにもかかわらずだ。せめて恋人でもいれば、人生にも潤いが出るのに。


「むっ、それは許さないぞ」

 

 何故か殿下はご機嫌斜めなようだ。殿下がご機嫌斜めになる理由となると……。


「自分に婚約者がいないからですか? 自分に婚約者ができるまで、抜け駆けは許さない的な? 殿下は器が小っちゃいですね」

「そこまで言うならクビにしてもいいが、それならば君に新たな役職が与えられることになる」


 無駄にもったいぶる殿下の耳が赤い。


「私の婚約者だ!」


 殿下は良いこと言ってやった感を醸し出してくるが、殿下がいるのは相変わらず私のお尻の下だった。


「だから絵面! 絵面が最悪なんですって!」


 陽は高く、お昼真っ只中の現在時刻。色々とぶち壊しだ。夜なら百歩譲って……いやこれは夜でも無しだ。


「私の一世一代の告白は? 告白の方はスルーなのか!?」


 殿下はやけに焦った声を上げている。でも私にとってはこの絵面の方が、問題であるわけで。


「この絵面の前には些事!」

「些事!? まあいいさ。皆そのうち絆されると言っていた」


 聞き捨てならないことを言い出した殿下に、私は思わず訊いていた。


「私が? 誰がそんなことを言ったんですか?」

「私の両親やグレオン侯爵家の方々だな」


 それってつまり、殿下の親族しかいない。優秀な人も多いけれど、それに比例するように変わり者も多い人達だ。


「人選! 人選の偏りがすっごい! というか私が殿下に絆されるとか、ないない。絶対に有り得ません」


 つい声が笑ってしまう。


「そう言ってられるのも今の内だぞ!」

「私は絶対に殿下に絆されたりしません!」


 私は自信満々に言い切った。殿下も自信満々で反論してくる。


「馬鹿め、それをフラグと言うのだ!」


 私は殿下と言い争いながら、私以外の誰かが殿下の隣にいるのを想像してみた。驚く程に何ともないな。むしろ清々するというか。


 その後、私は嫌な事実を知ることになる。私が殿下を尻に敷いていると、国内外で有名になっているらしいと。私だって好きで物理的に、殿下を尻に敷いているわけではない。両腕をまっすぐに突き出した、あのポーズでしか飛べない殿下が悪いのだ。


 私が最終的にどうなったかって?


 ヤケクソ気味にお教えしよう。私は見事にフラグ回収し、王太子妃になりましたとさ。

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