【実録】マッチングアプリで会ってみた【筆者体験記】 あだ名禁止政策が与えるマッチングアプリへの影響について
どうも、アラサー手前の婚活中女子、京野うん子です。いつもお読み頂きありがとうございます。
今回は少し趣向を変えまして、マッチングアプリで出会った男性とのデート日記的な物を公開しようかなと思います。恥ずかしさの極みではありますが、世の婚活女子の参考になれば幸いです。
なお、少し誇張した小説的表現が多くなっておりますがご容赦ください。
お決まりの待ち合わせスポットになっているケンタウロス像の前で京野うん子こと私、谷山かすみ(本名を少し変えてあります)はソワソワと落ち着かない。
それもそのはず、マッチングアプリでアポを取った男性と初めて会うからだ。
(あと12時間で約束の時間だ……あ~ドキドキしてきた! 私、変じゃないよね?)
手鏡を取り出し身だしなみを確認する。先ほどから3秒に1回の頻度でチェックしている。余程緊張しているようだ。昨晩なんて食べ物も喉を通らず、レモンの入れもんしか食べられなかった。なんちゃって。誰に言うでもない冗談で緊張を紛らわしておく。
14400回鏡を見た所でスマホが震えた。確認すると彼からメール。「着きました。黒い牛革のジャケットに牛丼を食べながら歩いてるのが私です」なんて、やっぱり真面目な人だ。前世は牛に親でも殺されたのだろう。
(私も今着いた所です。ゴーストの頃のデミ・ムーアみたいな女性が私です)
返事を打って顔を上げると、彼は既に目の前にいた。牛丼の甘辛い匂いが艶っぽくて、素敵。
「あの、京野うん子さんでしょうか?」
我ながら酷い名前だ。と言っても、もう何年も使っているペンネームだから感覚はとっくに麻痺しているが、初めて会う男性の口からそれを聞くと改めてその酷さを感じる。でも、大丈夫。
「はい、京野うん子です。巨乳神官対ベビー触手さんですか?」
彼の名前もそれはそれは酷かったからだ。
「はじめまして、巨乳神官対ベビー触手です。会えて嬉しいです。今日の服装もアプリで話した通りの京野うん子さんの印象そのままの清楚な、ふと路上に咲く一輪の花のようでとてもお似合いです」
精一杯おめかしして、今日の服は緑を基調に赤や黄色の色とりどりな花をあしらったタイトなワンピースを選んだ。初手で服装を褒めるなんてなかなか出来る事じゃない、悩んだ時間が報われて思わず心の中でガッツポーズ。これだけで私はもう舞い上がってしまう。
それに、彼はとんでもないイケメンだった。涼しげながら温かみのあるパッチリ2重の目。鼻は少し低いけど、却ってそれが日本人らしい美しさを誇っていて、見惚れる。牛丼のツユも滴るいい男とは彼の為にある様な言葉だと思った。
「あ、ありがとうございます。その、服だけキレイで申し訳ないんですけど」
伊達にアラサー婚活女子をやっていない。自分に自信がないのだ。褒められたのだから素直に喜べばいいのに、卑屈になってしまう。そんなだから可愛くないのに。
「いえ、お顔もお綺麗ですよ。正直こうやってお会いしてラッキーって思っちゃいました。さあ、お店に行きましょうか。カジュアルな雰囲気のフレンチを予約してあるんです」
昨晩からほとんど食べていない。フレンチという言葉に反応して私のお腹がグウと鳴った。恥ずかしさで私は死にたくなる。そして復活して新世界の神となる。
「ごごご、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にする私を、彼は快活に笑い飛ばした。
「ハハハハ! いえ、お腹が空いてらっしゃるなら是非もない。今から行く店は私のお気に入りなんです。期待してください」
わざとらしく庇うでもなく、お腹が鳴るのもただの生理現象として笑ってくれる。懐の深い人だと感心した。これなら一緒に住んでも肩を張らずに自然体で暮らせるかもしれない。グッと結婚を意識してしまう。
「さ、行きましょう」
さりげなく車道側を歩き出す彼についていく。その長い足はきっと歩くのも速いはずなのに、背の小さい私に合わせてゆっくりと歩調を合わせてくれる。本当に素敵な男性だ。
「うん子さん」
「え?」
突然名前で呼ぶものだから、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「下の名前で呼んでもいいですか?」
「は、は、はい。巨乳神官対ベビー触手さんが呼びたいのなら、うん子と下の名前で呼んでください」
「うん子さん」
男性に名前を呼ばれるなんて初めての経験だ。ウッドベースの様な低く、芯のある声が私の名を呼ぶと心が震えるのを感じた。
「僕も下の名前で呼んでもらえますか?」
「あ、う、その、それは……」
「すみません、会っていきなり名前で呼び合うなんて不躾にも程がありますよね。忘れてください」
私が言葉に詰まるのを拒否と受け取ったのか、彼は慌てて撤回しようとした。
「ち、違うんです。その、どこからが下の名前かわからなくて」
――巨乳神官対 ベビー触手―― なのか、――巨 乳神官対ベビー触手―― なのか、見当もつかなかった。
「アハハハ! これは失礼しました! そうですよね、いや、わかりにくいハンドルネームで申し訳ない。実はアプリでは文字数制限の関係でフルネームではないんです。本当は ――巨乳神官対ベビー触手対囚われの姫騎士三つ巴の恥態―― がフルネームなんです。だから囚われの姫騎士三つ巴の恥態と呼んでください」
巨乳神官対ベビー触手対囚われの姫騎士三つ巴の恥態。
「囚われの姫騎士三つ巴の恥態さん。素敵な名前ですね」
「ありがとうございます。ハンドルネームは自分でつけられるからいいですよね。実は僕、小さい頃酷いあだ名をつけられていじめられてまして」
子供というのは残酷だ。ごく自然に一番酷いあだ名をつける。そしてそこに相手が傷つくかもという想像力だけは機能しないのだ。
「私も、そうでした。いつもボーっとしてるからボケ子ってあだ名で呼ばれて、他のクラスの子たちもボケ子って呼んで、気が小さい私は拒絶出来なくて」
「わかります。今は小学校ではあだ名禁止になってる学校もあるとか。親しみやすいあだ名もあるのはわかるんですが、実際に傷ついてる人がいる限り全面規制するのも仕方ないと思います」
今ではSNSでも名乗りたい名前を自分で考えて名乗れる時代だ。人が考えた名前で呼ばれる事はない。いい時代になったと思う。そう、私はボケ子じゃない、うん子なのだ。
「そうなんですね、私たち、似てますね」
かたや京野うん子、かたや巨乳神官対ベビー触手対囚われの姫騎士三つ巴の恥態。似ているし、お似合いだと思う。順調に交際していけば、きっと私はこの人と結婚するだろう、そんな予感がした。
「うん子さん」
「囚われの姫騎士三つ巴の恥態さん」
お互いの名前を呼び合って笑いあう。自然に、ごく自然に笑えるなんていつ振りだろうか。運命の人、そんな言葉がよぎった。
「さて、このお店です」
高層マンションの一階、壁はガラス張りになっていて優しい陽の光が店内を明るくしていた。なるほど、フレンチレストランと言ってもお堅い感じはなく、初めてのデートには丁度いい品格に思えた。
「どうぞ」
木目調の扉を開けて私を先に通す。レディファーストに慣れてない私はまた舞い上がりそうになる。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
パンツスーツ姿の女性店員が出迎えてくれた。彼は柔らかい物腰のまま名乗る。
「予約した巨乳神官対ベビー触手対囚われの姫騎士三つ巴の恥態です」
「なんだその名前」
巨乳神官対ベビー触手対囚われの女騎士三つ巴の恥態では予約を受け付けて貰えなかった。そりゃそうだ。仕方ないから牛丼食って帰った。
冷静になって考えたら、いくらハンドルネームでもちゃんとした名前にするべきだ。次回の約束は断った。
部屋に戻ってアプリを開くと、新しい男性からメッセージが届いていた。
「はじめましてうん子さん。僕は鎖骨背中毛性癖どストライク侍って言います。良かったら会いませんか?」
鎖骨背中毛性癖どストライク侍……なんて素敵なお名前、私はすぐにオーケーの返事を送った。
〜fin〜