一番カッコいい所で絶頂してしまうシリーズ
早朝、大きな商談が破談になりそうだと連絡を受けて士郎は寝室を飛びだし、出張の準備を急いだ。
「あなた、お仕事なの? 連休に入ったばかりじゃない」
まだ日も昇りきっていないというのにゴソゴソと慌ただしい夫の様子に妻の幸子も目を覚ました。
「関西の方で案件が事故ったらしい。俺が行かないとダメっぽいな。一ヶ月ほど行ってくる。すまないが新しい下着を出してくれるか?」
「はいはい。下着と、歯ブラシも用意しておくわ。貴方は仕事の準備をして」
仕事人間の夫に呆れながらもきびきびと準備を手伝う。急な出張はいつもの事だった。新品の下着は常にストックしてあって、もう慣れたものだ。
「ありがとう。弘幸には謝っておいてくれ。鉄道博物館はまた今度……弘幸? 起きたのか」
4歳の弘幸がまだ眠いだろうに目をパッチリと開いて立っていた。誕生日に祖父から貰った電車の模型を壊れそうなくらいに握りしめている。
「今日は鉄道博物館に行くって約束したじゃないか!」
「ごめんな、パパ急なお仕事が入っちゃって、仲間が困ってるから行かなくちゃならない。博物館はまたいつか……」
「いつかっていつだ! 前だってそう言って無しになったじゃないか!」
「ヒロくん、仕方ないでしょ。パパお仕事なんだから。ほら、行ってらっしゃい頑張ってねって送ってあげなきゃ」
「イヤだ! パパの嘘つき! 大嫌いだ!」
電車の模型を投げつけ、寝室に籠もってしまった。士郎は流石に申し訳無さそうに顔を俯かせる。
「嫌われちゃったな」
「いつか弘幸もわかってくれるわ」
「……いつかっていつだ、か」
大人の言う「いつか」とはただの言い訳だ。そんな日は来ないって幼い頃に自分たちも思い知ったはずなのに、いざ親になったら忘れてしまうのだ。
「ねえあなた、弘幸が何で鉄道博物館に行きたかったかわかる?」
「何でって、電車が好きだからだろ。親父の影響でさ」
士郎があまり一緒にいてやれない分、不憫に思った祖父は弘幸の面倒をよく見てくれた。鉄道好きの祖父と接する内に弘幸も電車が大好きになった。士郎自身も電車が大好きだったが、社会人になって忙しさに追われ段々とその思いも薄れてしまった。
「違うのよ。ねえ、その電車のおもちゃ、見覚えない?」
「見覚え……? こんな古いタイプの車両……あ」
祖父が孫に買い与えた物。それは士郎にとっても思い出の車両だった。
「460系じゃないか」
シルバーの車体に鮮やかなオレンジのラインが引かれた古臭さを感じる角張った車体。士郎が生まれた年に廃車になった、今はもう走っていない電車。士郎と名付けられた由来。
「お義父さんがね、パパと同じ名前の460系があればもう寂しくないぞって弘幸にくれたのよ」
「まさか、鉄道博物館にはこれがあるって言うのか」
鉄道博物館にはたくさんの引退車両が展示されている。460系も現役の頃そのままの勇姿で子ども達の来館を待っている。
「あなたと460系を見るのを楽しみにしてたのよ。もう一度あなたに電車を好きになってもらいたくて。あなたと同じ物を好きになりたくて」
なんてことはない。ただ共通の話題が欲しかった。それだけの事。
「……バカだな俺は」
準備中のスーツケースをポンと投げ出し、上司に電話をかける。その表情に迷いはない。
「もしもし、部長ですか? すみません、出張には行けません。出来れば休日出勤の無い部署に異動をお願いしたいのですが。……叶わなければ退社する所存です。……はい、休み明けに会社で。失礼します」
「あなた?」
何より仕事が生き甲斐だったはず。その史郎が、まさか退社を考えるなんて幸子には信じられなかった。
「これからは家にいる時間を増やそうと思う。給料は減るけど、まあ株も仮想通貨もあるし大丈夫だろう。それとも家にいたら邪魔か?」
「ううん、そんなことない。私も、弘幸も嬉しいわ」
「今まですまなかった。結婚してばっかの頃、ほとんど帰らなかった俺に言ったよな。仕事と家庭どっちが大事なのって」
「私も若かったのよ。今はもうそんな事思ってないわ」
あの時は言葉を濁して、答えずに逃げてしまった。でも、もう逃げない。家族と向き合う、そう決めた。
「いや、ちゃんと答えるよ」
そっと幸子の肩を抱き寄せ、はっきりと告げた。
「俺にとって一番大事なのは家族んほぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
〜fin〜




