獣人学園
「み、皆に話したい事があるんだ」
帰りの会で聞太が切り出した。彼の神妙な面持ちにクラスメイトや担任の半田先生も、深刻な話かと息を飲んだ。
「わかったわ。皆、聞太君から話したい事があるそうよ。静かに聞きましょう」
パンダ獣人の半田先生をはじめ、ホッキョクオオカミ獣人の神谷くんや猫獣人の鳥居さんなど、このクラスには獣人の生徒も多かった。聞太も毛深く全身は筋肉で覆われており、どこからどう見てもゴリラ獣人だ。
「じ、実は……」
聞太はそれ以上言葉に出来ない。唇をわなわなと震わせ、今にも泣き出しそうだった。
「聞太君、言いにくいなら今度にしましょうか?」
獣人の子供達は繊細だ。偶蹄目である事を隠したりする子もいる。最近になって彼らの獣人権も当たり前に認知される様になってきたが、それでも人間と獣人が本当の意味で共存出来る社会はまだまだ遠い。
「い、いえ。話します。その、僕はゴリラの獣人ではないんです」
「ええ?」
「嘘だろ?」
「つまんねえ冗談言うなよ」
生徒達は驚き口々に否定するが、聞太は言葉を続ける。
「僕は……日本語が話せるただのゴリラなんです!」
「マジで?」
「ただのゴリラだって?」
確かにパンダ獣人の半田先生は黒くて丸い耳と丸い尻尾が生えているが、それ以外は人間っぽい姿をしている。猫獣人の鳥居さんも猫耳やヒゲは生えていても見た目は人間だ。
それに比べ、聞太はゴリラそのものだった。
いや、ゴリラはそのままでも獣人っぽいと言った方が正解だろう。ゴリラが日本語を話していたら獣人だと思うに決まっている。
「で、でもさ、聞太は背筋力300キロ超えてるじゃん。ただのゴリラだったらそんな特殊能力……」
「ゴリラはデフォで背筋力300キロなんだ」
「な、なんだって……?」
神谷の指摘を聞太は即座に否定した。ゴリラの背筋力は300キロ。普通に強いのだ。
「ごめん、皆ごめん。騙そうと思ってた訳じゃないんだ。でも中々言い出せなくって……」
聞太はうつむき、声も段々としぼんでいった。しかし、そんなゴリラを馬鹿にする様な声が黒板の下からあがった。
「なんだ、そんな事かよ」
黒板消し獣人の清田君だ。彼は毎休み時間、黒板を綺麗にしてくれる。
「そ、そんな事ってなんだよ! 僕は真剣に悩んで……」
「俺も獣人じゃないんだ。ただの黒板消しなんだよ」
そう、清田君も日本語が話せる黒板消しだった。聞太と同じ。だから聞太の悩む気持ちもよくわかる。
「私も、私も獣人じゃないの! ただの1メートル定規なのよ!」
「七曲さんも?」
1メートル定規獣人と思われていた七曲さんも名乗り出る。体育が得意な彼女も獣人では無かった。日本語が話せるただの1メートル定規だったのだ。
黙っていれば誰にもわからないのに、聞太の為に二人はカミングアウトしてくれた。
そうだ、一人じゃない。聞太が傷付く事はない。だって、聞太が自分を否定してしまったら、清田君や七曲さんの事も否定する事になる。
「聞太君。先生も、クラスの皆もね、貴方がゴリラでも気にしないわ。勿論、清田君がただの黒板消しでも、七曲さんがただの1メートル定規だとしても。勇気を出して告白してくれてありがとう」
――本当に優しい生徒ばかりの素晴らしいクラスで良かった――
半田先生は生徒に気付かれないように涙を拭い、声を張る。
「さあ皆、いつも通り掃除にしましょう!」
「はい!」
聞太や清田くん達が獣人じゃなくても、クラスは何も変わらない。昨日と同じように皆で掃除をして、終わったら帰るのだ。
「よーし! 張り切って掃除するぞー!」
聞太は黒板消しの清田君と1メートル定規の七曲さんを掴み、窓際へ向かった。丸一日チョークの粉を吸い上げ、清田君の体内はパンパンだ。
手を伸ばし窓の外へ清田君を出すと、彼の体へ1メートル定規の七曲さんを力いっぱい打ち付ける。
パァンッ! パァンッ!
「ぎぃぃやああぁぁぁぁぁ!!!」
清田君は絶叫する。お構いなしに聞太は七曲さんを何度も何度も打ち付けた。
何も変わらない、いつも通りの日常。
パァンッ! パァンッ!
「ぎえぇぇああぁぁぁぁぁ!!!」
いつの間にか空は溶け出したチョークの色に染まっていて、清田君の悲鳴は夕焼けにどこまでも吸い込まれた。