鉄火羊
最近改稿した時期は、2023年2月7日です。
※前話に出した魔術の詠唱内容の描写は、基本的には、省略する方針です。
「おい起きろ」
クレティマンの相棒である騎士が、気絶して倒れている彼の頭をつま先で小突く。
「う~ん・・・・・・相棒。なんだ? 見張りの交代か?」
「まだ寝ぼけてるな。全く手を抜いて闘ったとはいえ、半人前の一般人に負けるなよ。子供の相手ばっかして仕事をさぼるから軟弱になるんだ」
「ただ平和な村で歩き回るよりは、体が訛らないと思うがな。デモクリのご老人は?」
「他の村人達が、医者の元まで運んでいる。
それより、さっきお前を倒した少女が、化け物の鷲に攫われた。
俺は、村内を警備する。あいつの師匠であるお前が助けて来い。方向はシラカバ山の中腹あたりだな」
勢いよく立ち上がるクレティマン。
「ヤマネが!? わかった。すぐに向かう。宿屋の主人は?」
「キビタキさんは、慌てて大鷲を追っている。そして気を付けろ。何やら今日は空気が張り詰めてある。
勘だが、何か起きるだろう」
※次から、シラカバ山の上空へと視点を替えます。
「こら放せてめぇっ!! そんなに鳥刺しになりてぇかっ!?」
空にてぎゃぁぎゃぁ騒いで暴れるヤマネ。
現在進行で巨大鷲に攫われているのだ。
正確に言えば、そいつは彼女自身ではなく彼女の背負っているリュックを掴んで飛んでいる。
つまり・・・・・・。
(リュックを諦めて肩から外せば、俺は落ちて逃げれるが・・・・・このバカでかい鳥の為に、冒険に必要な道具一式差し出すのは納得がいかねぇ・・・・・ここは、可哀そうだが)
「雷属性魔術『雷獣の憤慨』」
向かい風を全身に受けているヤマネが、雷の魔術の呪文を詠唱する。
次の瞬間には、彼女と彼女が背負ってるリュック、そして大鷲が輝き、雷を纏うことになった。
電撃を受けた化け物は、先程力強く羽ばたいていたのが嘘のように、黒煙を吐きながら力なく落下する。
このままでは、ヤマネは大鷲と共に地面に激突して落下死してしまう。
しかし、彼女は、雷の魔術の呪文を唱え終わった後、すぐに別の魔術の呪文を詠唱していた。
「水属性派生魔術『スライム』」
ヤマネが地面に激突する寸前で、彼女の落下予測ポイントに人一人包めれるくらいの大質量の粘液が生成された。
柔らかく冷たく揺れているスライムにヤマネが着地する。
それが、衝突時の衝撃を吸収したおかげで、彼女は無傷で済んだ。
粘液まみれのヤマネは、一旦気絶するも本能的部分で悪寒が生じ、すぐに目が覚める。
「う~ん。ここは? そうか、あたし落ちたんだった。シラカバ山の麓に。
無事スライムをクッション代わりにすることに成功したな。
良かった良かった・・・・・・あ?」
起き上がったヤマネの眼前に羊がいた。
この羊は、ヤマネの知っているのとは違い、歯は臼歯は無く狼みたいに尖っており、一般的なのより毛量が多くもっさりしてある。そして何より一番の特徴としては、黒の粉末まみれであるこいつの毛には、所々鈍く輝いている黒色の鉄片が絡みつくよう存在してた。
「こんな奴、村の近くにいたか・・・・・・?」
実は、ヤマネは何年か前、母親のボアと一緒に村外を散歩していたことがあるのだが、その時には、こんな種類のモンスターは、見かけたことも無い。
呆然とこの羊と見つめ合っているヤマネの側から、何やら生々しい咀嚼音が聞こえてきた。
恐る恐る音の方へと向いた彼女は、顔を歪ませる。
ヤマネと見つめ合っているのと同種と思しき羊の大群が、落下死した大鷲の死肉を貪っていた。
つまりこいつは。
「に、肉食・・・・・・?
も・・・・・・もしかしてこいつら・・・・・・」
鉄片の羊が、白樺の林の陰からぞろぞろ現れ集まってくる。
こいつらは、今はほとんど骨だけ残された大鷲を無視し、彼女を眺めて涎を流していた。
「食人魔物かよっぉおぉおおおおおおおおおっ!?」
「「「「メェ~」」」」
ヤマネが背を向けて駆けだしたタイミングで、鉄片の羊達が群がるよう追いかける。
幸い、この羊達の走行速度は、ランニングトレーニングしていたヤマネより少し遅い位。
しかし脅威なのはその数。現段階では優に二十頭を超えている。
その上、ヤマネは先程のクレティマンとデモクリとの戦闘と大鷲の対処で、魔力が底を尽きかけている。体力も地味に減っていた。
走りながら彼女は、リュックを一旦肩から外し、中をまさぐり、紫色の葉っぱを何枚か取り出す。
余談だが、二回もヤマネの雷に晒されたにも関わらず、リュックの中身が焦げずに無事だったのは、彼女が繰り出したのが自然の物でなく魔術なので、痺れさせるものとさせないものに術者が分別できるからだ。
その生の葉っぱを一枚残らず一気に食むヤマネ。
それらは、魔力が多分に含まれており、食べた者はすぐに魔力を補給することができるのだ。
しかし数枚程度では、完全に彼女の魔力が満タンになることはない。
ヤマネが、鞭を杖のように軽く振る。
鞭に触れた大気から、乾いた音が発されている。
それが合図の様に、前に創生された大質量のスライムがひとりでに動き、彼女を狙っている羊達の後続を背後から襲い、足止めする。
粘液に絡めとられた羊達は、もがくもすぐには抜け出せない。
リュックを再び肩に掛けなおしたヤマネは、どこに向かっているかも分からず一目散に逃げる。
(まさかこいつら、他にも別の場所にいんのか?)
彼女の読みは当たり、ヤマネの真横にある茂みから、一匹の羊が大口を開けて飛び掛かってくる。
葉の擦れ音を聞き逃さなかったヤマネは、難なく軽く後ろに跳んで回避。
捕食攻撃を透かされた羊は、ブレーキが利かず彼女の前方を通り過ぎ、硬そうな大岩を誤って噛みついてしまった・・・・・・噛まれた岩はというと、いとも簡単に砕かれてしまったのだ。人が生身でこの牙の餌食になれば、どうなるかは、想像に難くない。
「こいつ、顎の力も化け物級かよっ!?」
(出し惜しみしている場合じゃねえ・・・・・・魔力はゴリゴリ減るが、ここは・・・・・・)
『この血は 激流 この筋は 強靭 この肌は 鉄壁 この臓は 優秀 この感は 鋭敏
程度は強 全身に魔力を流し 我は膂力と機動力と防御力と索敵能力を得る』
「付加魔術『身体強化』っ!!」
ヤマネが自分の身体・感覚能力を一時的に向上させる呪文を唱えた瞬間に、彼女と追ってくる羊の大群との距離がかなり離れた。彼女の移動スピードが、魔術によって格段に高まったからだ。スタミナも地味に上がっている。
クレティマン戦で、なぜヤマネがこの魔術を発動しなかったかというと、行使した際、術者が少しでも力加減を誤ってしまうと、攻撃した時に相手に大怪我、最悪死亡させるリスクがあったからだ。
次は、大人二人分の高さを持つ崖上から、五頭程の羊が躊躇いもなく勢い良くヤマネめがけて飛び降りる。
それに対し、彼女は一旦足を止め、先頭で落下してくる羊の前足を鞭で巻き付け、そのままハンマー投げの要領で、回転しながら振り回す。
身体強化の魔術を発動して筋力の性能を向上させることによって、可能となる芸当だ。
鈍器代わりにされた羊が、他の仲間の羊共と衝突し、弾き飛ばす。
近くにいる敵達が倒れた後すぐに、利用され全身打撲になった羊の足からヤマネが持ち手を軽く振ることによって鞭をほどいた。すぐに彼女は、遁走を再開する。
少し進めば、水流が緩やかな渓流の岸までヤマネは、たどり着いた。
渓流に転がる荒い岩や石に注意しながら、彼女は岩場を下って向かいの岸まで渡る。
(あいつらは、毛量が多くてもこもこしている。俺の予想が当たれば・・・・・・)
渡り切ったヤマネを追うよう、同じく羊が渓流を難なく泳いで通る。
向かいの岸までたどり着いた羊達の毛が、渓流の水を吸ったことにより、灰色に染まり、遥かに重くなってしまった。毛先から水が滴っている。
そのことにより、羊達が前よりも走るスピードがかなり遅くなってしまった。
(よし・・・・・・っ! あいつらはもう俺とだいぶ離れた・・・・・・次は、自然のトンネルか?)
次は、岩壁の洞窟だ。目視で入り口から向かい側の出口が見える位短い横穴。
入り口は少し狭いが、ヤマネは何とか潜る。
「そうだ、入り口を土の魔術で塞ごう。これなら、あいつらは洞窟に進めれなくなるかも」
独り言を呟いているヤマネの耳に、メェ~と羊の鳴き声が届く。
向かい側の出入り口から一頭の羊が、進入してくる。
「おいっ! 通り道を遮るなっ!! ジンギスカンになりたくなけりゃぁそこをどけっ!!」
ヤマネの脅しに対し、対峙しているその化け物は自分の毛を震わせる。
すぐに彼女の視界が、閃光に染まり、爆音が洞窟内に反響した。
「ぐあっぁあああああああぁああああっ!?」
羊の毛先から爆発し、大量の黒い鉄片が拡散するよう勢いよく発射されたのだ。
爆破の衝撃により、ヤマネは洞窟外まで勢いよく吹っ飛ばされ、洞窟の天井が崩落する。
運が悪ければ、彼女は洞窟内で生き埋めになってたであろう。
しかし洞窟入り口が、砕かれた岩と礫で塞がり、入れなくなってしまった。
その上。
「ああっかゆいかゆいかゆいっくそっ。あいつらの黒い破片、本物の金属だったんか!?」
ヤマネは、左手の甲に黒い鉄片が深々に刺さり、金属アレルギーを発症してしまった。
短時間で傷を負った部位に、炎症が起きている。
運が良いのか悪いのか、鉄片の刺さりどころが悪ければ、ヤマネは即死していたかもしれないが。
他にも前半身に火傷を、全身に掠り傷を負ってしまっている。
地味に、後ろ髪を縛っている紐が解け、今の彼女の髪型は、ロングヘアへと変化していた。
鉄片を刺さった部分から恐る恐る外して捨てたヤマネの頭上から、羊の鳴き声が発される。
塞がれた洞窟近くの絶壁上には、羊が一頭がいた。
そいつは、すぐに毛を震わせ、大爆発を起こした。
恐らく、民家一軒を軽々崩壊させるほどの威力で。
爆破の衝撃で、絶壁の上部は崩れて膨大な土砂と大量の荒い礫となり、ヤマネ目掛けて鉄片と共に降り注ぐ。
ヤマネは、強化した足を動かして何とか生き埋めにならずに済んだ。
洞窟へは進めないならと、彼女は引き返す・・・・・・が、すぐに渓流を渡った羊達と鉢合わせしてしまったのだ。
ずぶ濡れになった羊達が、自らの毛を震わせる。
「まずい・・・・・・っ! 早く防御の魔術を・・・・・・あれ、不発?」
しかし、爆発は起きなかった。どうも羊毛を水で吸わせた場合、そいつらの爆破の能力が乾くまで封じられるみたいだ。
好奇と捉えたヤマネは、鞭の横払いで水浸しの羊達を怯ませ、通り過ぎ、別のルートを探す。
我を忘れて駆けまくるヤマネは、いつの間にか木々や茂みが生えてない見晴らしのいい野原までたどり着いた。
走っている途中で、息を乱している彼女は、何年か前の魔術師デモクリの教えを思い出す。
『よいか娘さん。本来今いる土地に生息してないはずの種類のモンスターが、群れをなしているのを見かけたら、十中八九そいつらは召喚士か魔獣使いに操られていると考えて間違いない。
そしてそいつらを操っている奴を倒せば、モンスターの統率は乱れ、ひいては弱体化するじゃろう』
(もしかしたら、この羊共は、デモクリの言った通り、賊にでも操られているのか?
・・・・・・ん? 風切り音!?)
身体強化の魔術は、筋肉や臓器の性能だけでなく、感覚器官の鋭さも増しているのだ。
故に、ヤマネの背後から飛んでくる矢を、聴覚だけで彼女が察知することでさえも。
危険が迫っていると勘付いたヤマネは、勢いよく横に跳ぶ。
残念ながら回避しきれずに、ヤマネの脇腹に、鏃が掠ってしまった。
彼女は患部を手で押さえながら、木々が生えてある場所まで戻る。
射出されたその矢の特徴は、鏃には濃い紫色の液体が微かに塗っており、羽部分の色は、緑と白の縞模様である。
白樺の木の太い幹を遮蔽物にして身を潜めているヤマネが、額に青筋たてながら、重々しく呟く。
「かゆいかゆいっ! ふざけた真似し腐りやがって、絶対一回ぶん殴ってやる・・・・・・っ!!
・・・・・・なんか、ムカムカしてきた。手足も痺れてきて・・・・・・眩暈も?
もしや、さっきの野原に刺された矢には、毒が塗られていたのか!?」
※その頃、冥界では・・・・・・。
タロットが噴水の淵で足を組み頬杖をついて、ヤマネを遠隔視の魔法で監視しては、舌打ちする。
「だいぶ前の羊共・・・・・・奴ではなく、大鷲を優先的に食そうとしていたな・・・・・・雷で焼かれた大鷲の芳ばしい香りが、奴の体臭を上塗りしたと・・・・・・。
クソッ。祟りの設定が甘かったか。
どうにか、あ奴の祟りを改定したいな。
しかし、わざわざ直接あ奴と合わねば、祟りの設定の干渉ができぬ・・・・・・ふむ」
長考した彼女は、一回だけ指を鳴らした。
ヤマネが全力で走る速度は、地球基準で自転車を漕いでいる人より、はるかに速いです。【身体強化魔術の発動前】
→身体強化後は、自動車の法定速度よりはるかに速く走れるようになります。