村内の門番
最近改稿した時期は、2021年6月29日です。
「さて、こっそり村を出ないと・・・・・・こんな旅立ちの日には、おやじやおふくろや師匠やじいさん達にありがとうって伝えたかったし、本当はみんなに見送られたかったな・・・・・・あ。」
早朝も早朝。大半の村人が、まだ心地よい夢の中にいる時に、ヤマネは、見通しの悪い林道を歩きながら、ある重大な事に気付いた。
(門番いるじゃん、知り合いの。あたしが村から出ること両親にばらされたら厄介だな・・・・・・まあ、隣村の友人に会いに行くって、嘘でっち上げればいいか)
少し経った後、彼女は石垣の囲いと村の裏門にたどり着く。門の内側と外側には、一人ずつ門番がいた。
「おや、フルボルトのお嬢さん・・・・・・ヤマネちゃんだったかな?
こんな早朝に外に出るとは・・・・・・一応聞くけど、どこにお出かけで?」
裏門の側に立っている槍を携えた男が、怪しむ様子もなく気さくに尋ねる。
「隣村の友人が病気にかかっちゃって、・・・・・・そのお見舞いに行くため、門を通してくださいな」
「それはそれは、友人思いな。
外には狼が生息してますから気を付けて。ではすぐに門を開け・・・・・・」
「開けなくていいですよ門番さん。ヤマネさんは、今日一日中親から説教される予定があるんでね・・・・・・」
ヤマネの背後から野太い声が発された。それは、彼女にとって一番聞き慣れた男の声だった。
彼女が声の元まで振り返る。
「ああ、もうばれてたか・・・・・・オヤジ」
ヤマネの視線の先には、彼女の置手紙を摘まんでいるキビタキがいた。
「探索魔術特化の元冒険者を舐めてもらっては、困るねヤマネ・・・・・・なんで相談もせずに黙って旅に出ようとするのだ?」
肩をすくめるヤマネ。
「旅・・・・・・何を言ってんだよおやじ。ただの友人のお見舞いさ・・・・・・」
「お見舞いのために村を出るのには、いささか持っていく荷物が多すぎるのではないか?」
自分の髪を掻きむしるヤマネ。
「はあ・・・・・・お見通しってわけか。あたしは王都に行く。冒険者になるんだ。はいバカ正直に答えた。
それで、オヤジは納得すんのか?」
「納得するわけないだろう・・・・・・元冒険者だから言える。『その仕事』だけはやめろ!
戦場に赴く騎士より生還率が、低いのだぞ!
戦う相手は、人だけではない。本物の化け物もいるのだ!
危険な道を選ぶ娘を見逃す親が存在するのかっ!?」
「ああ・・・・・・だから相談したくなかったんだよ。どうも、オヤジはあたしが鍛えてることについて良い顔してなかったからな・・・・・・やっぱり冒険者になることは、反対すると思ってた。
だが、もう遅い。
あたしは成長した。悪いがここから逃げさせてもらうぜっ!」
「それは、どうかな?」
キビタキは指を鳴らす。
近くの建物の陰から、たくさんの人が現れる。
「なっ・・・・・・師匠!?」
その中には、ヤマネに武具の扱いを教えた騎士と魔術師の老人もいた。
キビタキ達は、逃げ場を塞ぐようヤマネを囲う。
ヤマネと門番は、その様子に戸惑っている。
「なんだ・・・・・・けっこう早起きだな。みんな」
(そういや、おふくろは・・・・・・?)
「こっそりお前が、昨日荷造りをしているのを覗き見てな・・・・・・あらかじめうちの宿泊客や知り合いと打ち合わせをしておいたのさ。
逆にボアは、お前の旅に賛同する恐れがあるから、呼んでいない。
デモクリさん。頼みます」
デモクリと呼ばれた魔術師の老人が、一歩前に出て詠唱する。
「やれやれ、すまんな娘さん。実はお前さんの肩を持ちたいんじゃが、キビタキの奴にもお世話になっとるからのう・・・・・・『質量を持つ闇は存在する 術者の意思により 漆黒に輝く縄よ 顕現せよ 方位は赤霧の左元 対象を傷つけることなく捕縛せよ』拘束魔術『影紐』」
キビタキの詠唱を耳にしたヤマネは、一回ほど深呼吸をし、一気に横に跳ぶ。
「肩持ちてぇんなら、あたしじゃなくおやじを止めろよ!?」
彼が詠唱し終えたタイミングで、彼女がいた地面から、黒く太い紐が十本這い出て、標的目掛けて伸びる。
が、ヤマネは、デモクリの詠唱で、どんな魔術が飛んでくるのか知っておいたので難なく避けることができた。
「お前さん、勘違いしとらせんか? 誰もが詠唱しないと魔術を使えないとでも?」
「しまっ・・・・・・」
勘づいたヤマネは左右を見渡す。すぐに死角であるヤマネの背後から、彼女の腰目掛けて光で構成されている鎖がひとりでに飛び掛かり、遂には対象の捕縛に成功してしまう。
そのタイミングでヤマネは、ベルトに提げてある鞘から、柄に記号が記されてある小振りのナイフを抜き出す。
先程避けられた闇の紐も伸び続け、そして縛られているヤマネの手足まで届き拘束する。
「『輝鎖』か!?
全く二種類の術を同時発動できるって、羨ましすぎだろ!!」
「安心しろフルボルトのお二方。この魔術も『影縄』と同じく対象を傷つけな・・・・・・何やろうとしとんのじゃ貴様!? 皆、逃げろ! 大爆発するぞっ!!」
ヤマネが、デモクリより遥かに滑らかに呪文を詠唱する。
「弾けろ 爆ぜろ 火薬ではない奔流してる魔力で
我自身に再現せよ 威力は絶大 『自爆』!!」
大爆発の単語を聞いた村の人々は、錯乱するようヤマネから逃げ惑う。
キビタキは、取り乱しながらヤマネに向かおうとするも、騎士と門番に取り押さえられている。
詠唱を唱え終えおうとするヤマネは、縛られながらもナイフを器用に扱い、デモクリが繰り出した光と闇の塊を自分から切り離す。
このナイフは、本来斬れないものである光や炎を始めとする流動体・化学反応等を切払う効果を持つ。
ヤマネはあらかじめ、自前のナイフの柄に上記の術の効果を持つ特殊な記号を刻んでおいたのだ。
「なっ・・・・・・!? お主ら!! さっきの詠唱は、ブラフじゃ!! 戻ってこい!!」
「ふはははバーカ。この隙に逃げさせてもらうぜ! 『曇らせよ 地表の大雲よ 方位は』・・・・・・痛ぇ!?」
「魔術を発動する前に、武具の扱いもせっかくだから披露してくれないかな? 我が弟子よ」
全身甲冑姿の騎士クレティマンが、ヤマネが呆気にとられる程の速度で、彼女との距離を一気に詰め、何の変哲もない棒を、彼女の額をおもいっきり突く。
それだけで、ヤマネは軽く後ろに吹っ飛び、盛大に転んだ。
「ゲホッゲホッ! クレティマン師匠! もうちょっと、手加減してくれないっすかね!?」
「受け身をし損ねているぞヤマネ。危険な冒険に出掛けると意気込むのなら、自分の成長を師匠達と親御さんに見せつけて、認めさせてやれ!」
棒を槍のように構えるクレティマンと魔術の詠唱を唱えているデモクリが、ヤマネの元へとじりじり歩み寄る。
(魔術の天才と戦闘のプロが、同時に相手か・・・・・・あれ、無理ゲーじゃね?
・・・・・・いや、諦めてなるものか・・・・・・さて)
長考しているヤマネは、呪文を唱えながら、ナイフを仕舞い、代わりにベルトに提げてるポーチから革製の丈夫な鞭を取り出す。
この鞭の持ち手にも、ナイフの柄の方に似ている記号の羅列が、ペイントで記載されていた。
『纏え 滑れ 水と土の狭間に行き来する塊よ 包め 粘れ 柔軟性を獲得した液体よ
これは魔物 これは玩具 これは魔術 核なき生物よ 我に仇なす者を足止めし、無力化せよっ!
量は平 水属性派生魔術『スライム』』
まず先に攻撃を仕掛けてきたのは、デモクリだ。
ヤマネが繰り出そうとする魔術対策である魔力の冷気を空中に漂わせる。
ヤマネが装備する鞭の虚空先から、膨大な粘液が放出され、ほとんどがクレティマン目掛けて殺到する。
(恐らく娘さんは、粘着性の高いスライムをクレティマンの得物や足に纏わせ、無力化させる算段だな。いつものことながら詠唱でバレバレだぞ)
デモクリが操ってる冷気が、宙を舞う魔力の粘液のほとんどを容易く凍てつかせた。
即、クレティマンが腰を低くし脇を締めるよう構え、彼女めがけて棒を突き出し突進する。
まさしく洗練された鋭い突きだ。もし彼の扱う武器が棒ではなく槍ならば、雑兵位簡単に屠れるだろう。
この技は、無事ヤマネのみぞおちにもろに当たり、
「ぐふっ!!」
彼女の片膝を地に着かせることに成功した。
ただし、先程声を漏らしたのは、ヤマネではなく・・・・・・。
「デモクリさん!! 大丈夫ですか!?」
そう、冷気を浴びたことによって粘着性を失い硬度を得たスライムは、変化した状態でも彼女の術の主導権が失われず、進行先をクレティマンからデモクリに変え、彼の肩や顎目掛けて激突した。
凍ったそれが砕けて地に落ち、甲高い音を鳴らす。
棒術をもろに受けたはずのヤマネが立ち上がり、鞭を容赦なくデモクリに叩きつける。何度も何度も。
痛々しく乾いた音が、何回も響き渡る。
(最初っからわしが狙いか!?
凍らせるのは、悪手じゃったか・・・・・・それにしても・・・・・・)
「文字通り老体に鞭を打ちおって! 少しは労わらんかい!!」
全身殴打されたデモクリは、憤り叫び、掌を現在進行形で攻撃してくるヤマネに向ける。
「怒ったぞ! これでも喰ら・・・・・・え?」
それに対し、ヤマネは冷淡にデモクリの伸ばした腕に鞭を巻き付け、自分の元に引っ張り寄せ、お互いの距離を詰めたタイミングで彼の鼻目掛けて重い飛び蹴りを喰らわせた。
(攻撃力の低い棒を扱う師匠は後回しでいい・・・・・・! 今は厄介な魔術を扱えるじいさんをしばくっ!!)
鼻血を垂れ流している老人の顎を、黙って何回も殴るヤマネ。
クレティマンから繰り出される棒の連撃を背や脇腹に受けてダメージを受けようとも、今の彼女は、お構いなしにデモクリを潰すことに専念している。
「お、おいヤマネ。やり過ぎだぞ!!」
見かねたキビタキの声も虚しく、とうとうデモクリは白目を剥きダウンした。
「キビタキさん! デモクリさんを医者の所まで・・・・・・ちょっ!?」
よそ見をしたクレティマンの首を、鞭で括るヤマネ。
「おい我が弟子よ! 流石にやりすぎでは・・・・・・」
彼が敵の鞭をほどこうとするも、それに粘液が着いてくっついているせいか、全然鎧から取れる兆しが無い。
「格上相手に手段選べるか。『雷雲の中を駆ける獣よ 力を乞う
紫電を操る能力を我に貸せ 代償に魔力を捧げる 迸り伝達する力よ 今顕現せよ』
雷属性魔術『雷獣の憤慨』」
詠唱を終えたヤマネの体から強い電気を帯び、鞭を通してクレティマンに届く。
「アバババババババババババッ!?」
高電圧大電流の攻撃を受けたクレティマンは、泡を吹いて気絶する。
焦げた彼から、黒煙がもくもく立ち昇っていた。
戦いの達人である二人と自分の娘との戦闘を、一部始終眺めていたキビタキと戻ってきた他の村人は、自分達が今見てる光景が信じられないでいた。
「まさか・・・・・・そんな・・・・・・」
「よっしゃぁあああっ!! 勝ったぞおおおぉおぉおおおおおおおっ!!
と、勝鬨を始める前に、回復回復っと・・・・・・流石にやり過ぎた。
『祈りよ届け 慈しみよ広がれ 生命力よ浸透せよ
緑色の魔力よ 生き物の種に拘らず 対象に安らぎと癒しを分け与えよ』
治療魔術『回復』」
倒れている二人に寄ったヤマネは、片膝を地面に着き、淡い光を発し出す掌を彼らに向ける。
「やれやれ、今のあたしには、応急処置しかできねえよ」
治療魔術を終えたヤマネは、クレティマンに巻き付いてる鞭を金属の鎧部分に触れないよう気を付けてほどき、それをポーチに収め、立ち上がる。
「・・・・・・いくら棒とはいえ、クレティマンの突きをもろに喰らっても、気絶しないとは・・・・・・」
唖然とするキビタキを他所に、ヤマネは腹の上部に付着しているスライムをはたきおとす。
「それは・・・・・・」
「師匠は本気で勝ちに来ると、相手のみぞおち目掛けて突いてくる癖があるんだ。
だからあらかじめ、放ったスライムの残りをここに引っ付けておけば、師匠の突きの衝撃を吸収し、ダメージを軽減することができるかもしれないと思った。作戦は無事成功したけど、それでも結構やばかった・・・・・・。
何度も何度も師匠と模擬戦したあたしだから知っているのさ。」
頭を下げて拳を握り震えるキビタキ。
「成程・・・・・・確かに強くなったな、ヤマネ・・・・・・。
だが、今お前は、魔力とスタミナが、かなり減っているんじゃないか?」
彼は、得物は持っていないが、闘志を瞳に灯し始め、拳を鳴らす。
焦るヤマネ。
「おいおい、そこは、『強くなったな我が娘よ・・・・・・それに免じて冒険者になることを認めてやるぞっ!!』っていう所だろ!?」
「なんとでも言え・・・・・・俺は、絶対認めんぞ・・・・・・え?」
「え、おいオヤジ。どこ見てんだ・・・・・・は?」
キビタキや門番を始めとした村の人々が、ヤマネ・・・・・・の上空を見上げ始める。
彼らの視線に流されてか、それとも風切り音が聞こえ、自分のとこに深い影が差しているのに気づいたからか、彼女も真上に顔を向けた。
そこには・・・・・・こちらに向かって急降下する大鷲の姿が。
凄まじい速度で、その巨大な鷲は、ヤマネが背負っているリュックを鉤爪みたいな趾で掴み、彼女ごと軽々と持ち上げ、空高く上昇し、呆気なく村の囲いを越え、山の奥目掛けて飛び去る。
開いた口が塞がらないキビタキ達。
「ヤ・・・・・・ヤマネぇええぇええええええええええええっ!?」
※もし騎士クレティマンと魔術師デモクリのどちらかが、気絶せず起きている状態だったら、ヤマネが攫われることなく、容易に化け物鷲を追い払うことができました。
槍持ちの門番の方は、村の中で腕っぷしがいいだけで、大鷲レベルのモンスターが相手では、かなり厳しいです。