夏の冬眠
今の時期は、初夏辺りです。
※月齢・・・新月から数える経過日数の単位
※ヤマネのいる世界には、黄色い月だけでなく、他の色のものも多数あります。
ヤマネは、冒険者ギルドの玄関に入るなり、昏睡するよう倒れた。
唐突な事でギルド内は、騒然となる。食事スペースで椅子に座って不貞腐れているラティスも煙管をふかしているタワラも魔物の臓器を裁縫しているストゥムも魔導書を読んでたマーロンも帰りを待っていたシャルルも驚愕し、ルイスも吹いているオカリナを中断し、すぐに彼女の元に駆け寄る。
ちなみにボンバーバンボーはトイレ内で気張っていて気づいていない。
「Dランク、どうしたんだよっ!!」
「ヤマネ!! しっかりしろっ!!」
「ヤマネ殿!!」
「ヤマネさん!! 大丈夫ですか!?」
「これは・・・・・・もしかして」
ヤマネの様子を見たマーロンが驚愕する。
「う~ん、もう食べれないよー・・・・・・スヤァ」
そう、寝ているのだ。それも熟睡レベルで。
「ヤマネ・・・・・・何か睡眠の病気か呪詛でも罹っているのか!?」
そんなタワラの心配を「いや~違います~♪」と否定し、挙手する者が一人。
ルイス ルービン
楽器を使って戦うエルフの冒険者。
どういうことだ? と問うストゥムに相変わらず歌にして語る彼。
「先程~♪ 新しく~修得した魔術を~試しに発動~しました~の。
『スリープオルゴール』と言う~魔術♬ でも今回のそれは~確かに微弱な効果しか持ちえないはず~♪ これは、ボクの予想だけど~恐らくヤマネ君の体質は~睡眠の状態~異常の耐性~が~無いんじゃないのかな~?」
曲調が乗っている口調に苛立つタワラは、床に倒れているヤマネをお姫様抱っこした。
「微弱な効果しかないからと言って建物内で不意に魔術を扱うな愚か者。いつ醒ますんだ?」
「本来なら~かかるはずもない~♬ 効いたとしても~せいぜい一時間後に起きるだろう~♬
だから~ご安心を~♪」
そしてヤマネは、三日後に目が覚めた。
「はっ!? 一体何が?」
ゆっくり起き上がり、辺りを見渡すヤマネ。確認した所自分は、布団の中で眠っており、畳が敷かれた和室にいることがわかった。
もちろんここは、彼女の見知らぬ場所。ドアの代わりにふすまや障子。座布団や火鉢や屏風もある。
彼女の正面側の壁には、掛け軸や違棚が取り付けられている。その棚には、札や巻物や習字道具一式が載せている。タンスの数が多いのが特徴。
「ここは、もしかして・・・・・・」
「その声は・・・・・・?」
襖を激しく引いて開けたのは、タワラだ。今は緑の着物と割烹着を身に着け、三角巾をかぶっている。
「ヤマネ、目が覚めたのか!? 一向に起きないから心配したぞ。
三日も寝てお腹が空いて喉も乾いただろう? 待ってろ、丁度おかゆを煮ている」
彼女の言葉に、驚いて起き上がろうとするヤマネだが、制止される。
「無理するな。三日もろくに食べ物を口にしてないだろう。まずは、腹ごしらえを済んでから起きればいい」
「え? もしかしてしばらくの間タワラ先輩のお世話になってたんすか!?」
一応この世界は、原始的な点滴も存在していますが希少という理由で、ただ眠っている相手に必要無いと三日前に彼女を診察した医者が判断しました。
水分摂取は、タワラがヤマネを起き上がらせて無理やり水を飲ませ、排せつの方は、麻布おむつで処理しています。
タワラは、台所に向かいおかゆ入りの鍋を火バチ上に敷く。木皿と漆を塗ったスプーンも用意している。
木皿に木製おたまでよそった彼女は、スプーンで掬って上半身が起きているヤマネの口元まで運ぶ。
ぶったまげて赤面するヤマネ。
「え? まさかいわゆる『はい、アーン』ってやつですか!? タワラ先輩から!?」
「いいから黙って食べろ!」
感激している彼女に呆れて怒るタワラ。ただ彼女の頬は、なぜか赤に染まっている。
ハフハフッ と熱がっているヤマネに、慌てるな と言うタワラ。
そう時間が経たずにおかゆは完食された。
(やっぱり米は、うめーな。なんでユミル山ん時に食べた水炊きは、あんな糞まずかったんだ?)
布団から出て頭を下げるヤマネ。
「本当に何から何まで面倒かけました。お世話になったっす。いつかこの御恩は、返させて頂くから」
「かしこまらなくていい。まだ睡眠の魔術から解除されたばかりだ。しばらく私の住処で休んどくといい」
魅力的な提案に、ヤマネは心が揺らぎそうになる。
「うっ! なんて素晴らしい・・・・・・けど、立ち止まっている暇は無いぞヤマネ・フルボルト。
大会の期日はただでさえ近い上に、爆睡でその貴重な鍛錬時間まで削ってしま・・・・・・睡眠の魔術・・・・・・?」
「そうか知らなかったな。いつも楽器を鳴らすエルフいるだろう?
そやつルイスが、あろうことか人の往来が激しい場所で睡魔にかからせる術を発動しやがった。
お主が唐突に寝たのがその原因。今度ルイスと出会ったらぶん殴ってやるといい。
「いやそこまでブちぎれている訳では・・・・・・寝た日からまる三日。紫月齢8として・・・・・・あと五日しかねえ!! その上、都からじゃたしかパーキング町から歩きで二日以上は確実にかかる!! 修業期間が少なすぎる!! ってか大会開催のチラシは、なんで期日ぎりぎりで配るんだよおかしいだろ!?」
「落ち着けヤマネ。噂に聞く武闘大会に参加するのか? 慌てたい気持ちも分かるが今のお主は、まだ駆け出しの冒険者。おまけに病み上がり。大会に無理に出場することは、無い。なんなら出場者の戦闘を観戦するだけでもいい勉強になる」
「そうかもしれねぇけどよ。こっちは金がねえんだ。少しでも稼がねえと・・・・・・」
(大量の紙幣をもう使い果たしたのか!? 豪遊・無駄遣いは感心せんな)
「そういうことで悪いけどタワラさん。急ぎだからあたし、行かねえと・・・・・・ん?」
立ち上がったヤマネは、自分の今着ている服装を見下ろした。半そで半すその白の作務衣だ。
「三日前お主が着ていた一張羅は、汚れていたので預かっている。迷彩柄のバッグと共に返そう。
そうだ! せっかくの機会だから・・・・・・」
一台のタンスに寄ったタワラは、上段の引き出しからとある衣服を取り出し、ヤマネに見せる。
「・・・・・・これは!? チャイナ、じゃなかったイーストドレス!?」
前に申し上げたじゃないか。私が着なくなったイーストドレスをやろう、とな。【第19話参照】」
そしてヤマネは、タワラからもらったチャイナドレスを身に着ける。穢れを知らないような純白の生地に輝く金色に縁どった逸品だ。肌触りも心地よい。彼女とサイズがピッタリだ。おそらくだいぶ前のものだろう。
「すごい・・・・・・もしかしてこんな上等なものもらっていいんすか!?」
「もちろんだ。今の妾、じゃなくて私が着てもサイズが合わなくてな。胸辺りがきつくて・・・・・・」
タワラの無意識の自慢に、ヤマネは彼女の着物越しでもわかる豊満な胸を眺めながら複雑そうな表情を浮かべた。
おまけにタワラは、ヤマネのポニーテールに白のシニヨンカバーをを取り付け、おふるのフェルト製黒い靴も用意する。もちろんこれもピッタリ。
溢れんばかりの感謝を述べたヤマネは、迷彩柄の自分のバックを返してもらってタワラと共に家から出る。
彼女の家は、二階建ての木造建築だ。もちろん日本スタイル(タイプは町家)。屋根は茅葺でなく青黒い瓦敷。
(居心地よかった・・・・・・和室なんて本当に久しぶりだ)
「王都は広い。ここからじゃ現在地が分からず途方に暮れるだろう・・・・・・冒険者ギルドまでは、同行しようか」
ちなみにタワラも先程着替えており、今彼女は、烏帽子をかぶり水干を着てあさ靴を履いている。
「なあタワラさん。無理にとは言わねえけど、またタワラさんの家に遊びに来ていいっすか・・・・・・?」
そのヤマネの問いに、笑顔で答えるタワラ。
「もちろん! 東洋の文化に詳しいヤマネならいつでも大歓迎だ」
西に向かってしばらく歩いたヤマネらは、冒険者ギルドまでたどり着く。
その門前に。
「あれ? ウィッチブラックさんじゃないっすか。なんでノーストフェリーのメイドさんがここにいるっすか?」
(あれ? トレードマークである黒猫耳と長い尻尾が見えねえ・・・・・・魔術で隠したのか?)
ノーストフェリーの単語を聞いて顔を若干強張らせるタワラ。
「ヤマネ様ですね・・・・・・ご主人様が謝礼の件について御呼びでございます。
差し支えなければご足労願えますか・・・・・・?」
※冒険者ギルドでの会話
マーロン「済まない。某がオルゴールの音楽が聴きたいばっかりに・・・・・・君に迷惑をかけてしまったな」
ルイス「気にしないでよ~♪ マーロンさ~ん♪ 魔術に関する~音楽しか~ろくに学ぼうとしなかった~私のせいだから~♪
それに~あの術は眠る以外は、ほんと無害♪ ヤマネさんは絶対大丈夫~♪」




