北東の渡し舟
最初は、王都の門番の一人称視点から始まります。
よう、俺はルドルワン・ハウンドドッグ。
王都ラットボンの正門の番を任されている兵士だ。
現在呆れるべき光景を見た。ラティスとそのパーティー仲間が帰還して来たんだ。
それのどこが呆れるって? ユミル山脈で遭難した冒険者を助けるためたった一昨日から旅立ったばかりなのにもう帰ってきやがったんだ。
諦めたんだろ? 見た所救助対象者の影が見当たらない。大方、高くそびえる重厚な峰に足が竦んだか、夏でもお構いなしに吹き荒れる吹雪に圧されたか・・・・・・せめて救助活動をするなら、三日以上保てよ・・・・・・仲間だろ?
まあか弱そうなちびっこ二人にこの事を突き詰めるのは、酷な事だ。本来、危険地帯の依頼ならもっと経験を積んでいるベテランに任せればいい。
おや、ポニーテールの子はともかく一年中仏頂面のラティスが、笑顔でこちらに元気よく片手を頭上に振るのは珍しいな。
命あっての物種。若造が無事に帰還したことを素直に喜びましょうか。こちらも手を振り返そう。
それとラティス、あのでっかい物騒な金槌はどうした・・・・・・?
「おーい! おーいっ!! 何事も無くてよかったなあああ!!」
「・・・・・・・・・・・・ぉ」
距離がかなり離れているせいか、ポニーテールの子・・・・・・タワラの奴はヤマネと呼んでたっけ? ヤマネの大声が拾いきれなかった。
まあこちらに駆け寄ってきてるんだ。近くに来た時に聞きなおせばいい。
「・・・・・・開けろぉっ!!」
ん? 何かラティスコンビの背後から土煙が巻き上がってないか? それも尋常じゃないほどの体積。
それに徐々にひどくなる形で自分の足元を通して地響きが伝わってきている。
地響きの原因であろう遠方に目を凝らす・・・・・・何が何事も無くて、だ。
「さっさと門を開けろぉっ!! 助かった!! 助けてくれぇっ!!」
魔物の群れが、逃げ惑う彼女達を狙うよう躍起になって追いかけてきているようだ。
どんなやつらだって? 一応俺は、都の門番務めているから、おおまかにはわかる。あいつらは、一匹残らずやべぇ・・・・・・どいつもこいつも見積もってランクBは超えてやがるなっ!?
巨大な蟷螂・ペストマスクを頭部にはめてあるカラス・揺らめいている炎をドレスのように纏い白い花飾りをつけた植物精霊・宙に浮いている怪人の石造・ムカデの尻尾を臀部から生やしてある巨躯なナメクジ・重厚な金属の鎧のような鱗で身を固めたサイ・石造塔も丸呑みできそうなワーム・禍々しい斧を二振り装備している筋骨隆々の牛人・甲羅表面に猛毒触覚を有するイソギンチャクをつけて共生しているリクガメ・アダマント製のゴーレム・・・・・・などなど。
「ヒドゥンマンティスにシッククロウにゴジアオイタイプのドライアド、スペルガーゴイル、ドラゴンジェノサイダー、武者豪鬼、ティタンワーム、アックスマスター、アネモネトータルズ、アダマントゴーレムねぇ・・・・・・単体だけで町に壊滅的な被害を出せれる奴らじゃねぇか。あいつら、危険区域からここまで引き連れてきたのか!?」
ああ、昨日までボンバーバンボーがいたのに。あいつにとってこんなの蹴散らすのに訳ないのに、バリア張るのを完遂した途端門番やめやがった!! 結局あいつなんで俺の横で番してたんだ?
もたつきながらも急いで旗を取り出し、出窓で待機している門番仲間に合図を送ろうと・・・・・・あれ? いつの間にか跳ね橋が降りて落とし格子が上がっている・・・・・・。
おそらく仲間が、俺より先に異常事態に気付き、門を開ける準備を整えたんだろう。ありがてぇことだ。
ラティス達の正体が変装した賊とか囮とかを調べるのは、後でいい。
慌てて俺は、正門の内側まで入り、二人にも早く来るようジェスチャーする。
この様子を捉えたらしきラティスが、ヤマネの体を軽々と持ち上げてこちらまでボールみたいに投げ飛ばし、次に彼女も一っ跳びで続いた!?
噂に聞いてたが流石の身体強化魔術の天才だな!!
「痛った~!? いきなり何すんだ!!」
「怒るなんてひどいです。ラティスがいなかったら今頃怪物達にリンチされてましたんだよ?」
ラティス達が安全圏まで避難できたタイミングで、跳ね橋が上り、落とし格子が降り、門が閉まる。
なんとか間に合ったな・・・・・・。
「一体何があったんだ・・・・・・?」
俺の尋ねに、ヤマネは息を切らすことも無く自分の背を門に寄りかかって返答する。
「ベルディア町を後にしたタイミングで、あいつらが北東の方角から押し寄せてきたんだよ。
最初は、戦い臨もうとしたんだが、ラティスの奴、魔物の顔を一目見ただけで逃げようって・・・・・・Bランクなんだろ? あんな奴ら蹴散らしてくれよ。ピターヤ戦と比べたら楽勝だろ?」
「竜人は一人だからよかったんだけど、今回は数が多すぎるんだってなんだよ!!
あいつらも、実は全員Bランク・・・・・・つまりラティスが群れを成して襲ってきたことと同義なんだ!!」
ベルディア町から逃げてきた? ・・・・・・いくら王都がその町と近い所に位置してあるからって、三十ワゴンロードくらいも離れているんだぞ!? ぶっ通しで走ってきたと言うのなら、こいつらどんだけスタミナお化けなんだ・・・・・・。
一息ついた彼女が、いきなり我に返って俺に頼み込む。
「そうだ。あいつらが都に侵入したら大変だ! 急いで騎士や冒険者を要請しないと。
それも最低Bランク以上のを」
それに対し、俺はニヤリと笑った。
「安心しな。お前らがユミル山脈に冒険に行っている間、タワラの奴とボンバーバンボーが王都の外周に結界を張ってある。ちょっとやそっとじゃ破られねえ。まあその上堀とか城壁もあるし大丈夫だろ!!」
緊張の糸が切れたせいか、俺とヤマネは高らかに笑う。
「ハハハッ、タワラさんの結界なら安心だ・・・・・・っ? あ」
鋭い大鎌の刃が振り下ろされた。彼女の身体の横すれすれに。
そうだ・・・・・・思い出した。ヒドゥンマンティスは、次元切断する能力を有していることを・・・・・・それの前では、どんな硬い素材で覆った城壁だろうとどれだけ質の高い結界だろうと何の意味も為さない・・・・・・。
「ヤマネ!! 早く逃げてなんだよ!!」
ラティスの呼びかけに応えるヤマネ。蟷螂を先頭に、すぐにぞろぞろと魔物達が裂かれた門の疵からぞろぞろと這い出る。
なんで!? 門や外壁はともかく堀もあったんだぞ!!
そんな俺の疑問に答えるのは、胡坐して宙に浮いている石像だ。奴の周囲に土砂が漂っている。
「そ、その能力で土の橋を造り出したっていうのか!?」
くそっ! やるしかねぇってのか・・・・・・まったくとんだじゃじゃ馬のせいでピンチになっちまったぜ。
得物である槍を構える。腕っぷしには自信があるほうだが・・・・・・流石に危険区域のやつらに通用するとは、思えねぇな・・・・・・まあ時間稼ぎになるだろ。
前脚でもある大鎌を振り上げる蟷螂ヤローの隙をつこうと、刺突を繰りだそうとする。
「勇敢なのは、良いんだけどね? とりあえず格上相手ならまず応援を呼ばないとだめなの」
なんだ・・・・・・? 『何か』が、正門の亀裂から高速で飛び出し、ヒドゥンマンティスの頭部を背後から切り落とした!?
その『何か』は、一旦旋回したかと思えば、妙な軌跡を描くよう鳥みたいに飛び回り、残りの魔物達を文字通り一筆書きで的確に一掃した。
血と肉片と礫が石畳に転がり落ちる。
「間に合ったみたいだね」
『その何か』は、正門の亀裂を潜ってきた少女の元へと返る。
「え? コヨーテさん!?」
そうだ。彼女の正体は、『梟』の副団長だ。
羽冠をかぶり、革製のポンチョを身に包んで、ブーメランを携えている。なんとまあ騎士に見えない様相。もちろん例の『何か』は、ブーメランのこと。
「城壁外も片付けておいたよ。死骸の後片づけのため、騎士見習いを呼んでくるの。
ああ忘れてたよ。『シッククロウ』は、死んだ後疫病をばらまくからちゃんと燃やして対処しないと・・・・・・それは、自分がやっとくよ」
「コヨーテさんのおかげで助かったすよ!!」
「ランクBのモンスターの群れから生還するなんて、成長したね」
彼女とヤマネはお互いがまるで旧知に出会ったみたいに、両手を繋いで喜んでいる。
それからコヨーテは、怪しげな魔術でシッククロウの死骸を燃やし、俺達に別れの挨拶を済ませて王城に戻りラティス達は、各々自分の身分証をこちらに提示する。
「よし、問題無し。通って良し。まあもうとっくに都内なんだが・・・・・・」
ラティス達は、感謝を述べて都の奥へと去っていった。
「やれやれ死んだかと思ったぜ。すぐに酒屋で一杯やりたいくらい疲れてしまった」
しかし、まだ勤務時間中・・・・・・王都と王城の安全を護るため、日々突っ立ている。
どこぞの極東金髪にゃあこの仕事のつらさは、わからないだろうなあ。
※次からは、ヤマネ達の方へと視点を戻します。
「ちょっと疲れたっすね~」
王都の南広場、木骨造の民家が立ち並ぶ区域にての事、フゥッと吐息したヤマネに、ラティスは不敵に頬を緩めて鼻を鳴らす。
「この程度で根を上げるんです?」
「ランクBと一緒にすんなって・・・・・・」
怒る様子も見せずに呆れたヤマネは、王都中央の道を選ぶ。
それに対し、僅かながら怪訝になる彼女。
「名前の代わりにランクで呼ぶなんて生意気なんだよ。
ギルドは、ここから西の方なんだよ。それとも喫茶店に行くんですか?」
「ちげーよ」
じゃあ、どこなんだよ? と問うラティスにヤマネは、冷めきったお湯を入れているガラス瓶(元は、魔力回復のポーションを入れたモノ)をリュックから取り出して見せつける。
「ノーストフェリー家の屋敷に行くんだよ」
そして地球基準の単位で約十分後。彼女らは、目的地にたどり着いた。
その屋敷は、二階建てで、もちろん館は一般民家と比べて広大で瀟洒。庭園も立派で噴水や花園も備えている。豪邸だ。
屋敷門の柵の前で、ラティスは、ヤマネに話しかける。
「なんで伯爵の屋敷に?」
「前にベルディア町の受付嬢が言ってただろ。サツマのおっさんがユミル山脈に来た理由は、そこに湧く温泉水を汲む依頼のためだって・・・・・・」
ちなみにその依頼の詳細の情報は、王都に帰宅する前、ヤマネが受付嬢に尋ねたからだ。
天然露天風呂の入浴時に、ちゃっかり、彼女は空のガラス瓶に温泉を入れている。
その屋敷の門番がヤマネに話しかける。
「立ち話を盗み聞きして申し訳ありませんが、『ユミル山脈の温泉』の依頼を受理された冒険者様ですね?
ご主人様からお話を伺っております。すぐに案内役を仰せつかせますので、その間に身分証提示、そして凶器の類の提出を。どうかご理解とご協力を。
もちろんご帰宅の際には、お返しします」
「いえ、依頼自体を受けたのは、サツマのおっさん・・・・・・じゃなくてサツマさんで、今回、代理として後輩のあたし、じゃなくて私が参りました。
現在彼は、急用で王都に来られないので。
これがユミル山脈の温泉です」
ヤマネは、冷めたお湯が満たされているガラス瓶を、ラティスの方は、二人分のギルドカードを見せつける。
「サツマさんのお使いを済ませましたので、これを渡してあたし達は失礼しますが」
「そういう訳にもいきません。依頼を達成されたお方をもてなさずに帰してしまえば、ご主人様に顔向けできません。こちらの顔を立てると思ってどうか是非ご招待をお受け下さい」
(はぁあ・・・・・・今俺貧乏くさいタンクトップにずんだれたズボンを履いているんだけど・・・・・・どう見ても貴族の屋敷に御呼ばれされる恰好じゃねーよ)
冒険者コンビの軽い所持品検査を終えたタイミングで、案内役であるメイドがこちらに到着した。ヤマネ達と会話したのとは、別の門番が呼んだのだ。
そのメイドは、二十代前半の女性で、ホワイトブレムを頭部にはめて黒いメイドドレスを着用し、白いエプロンをかけてある。
しかし彼女の一番印象に残る特徴は、そこではない。彼女の頭から黒い猫の耳が臀部あたりから尻尾が生えてあるのだ。
(獣人・・・・・・か)
冷めた瞳で案内役を見上げるラティス。
「ご主人様が応接間にてお待ちです。ご足労をかけますが是非ご同行を」
案内役について行く二人。
余談だが、ヤマネから預かっている武器(牙の剣やブーメランや黒曜石のナイフなど)を見た門番は、困惑していた。
カラフルな石畳を踏みしめながら、ヤマネは興味津々な表情で辺りを見渡す。
植林の垣根を剪定ばさみで整えている熊の耳の老人。
落ち葉を箒で掃いている狸耳のおばあさん。
屋根のレンガ瓦を修繕している壮年の男にも頭側部からヤギの耳が。
食材を沢山積んだ手押し車を引いている使用人は、さすがに普通の人間。買い出しは、敷地外に出て商店街に行く必要があるから獣人は担当できないのだ。
ちなみに誰も首に拘束具なんて無い上、絶望したり悲しんだりしている様子はない。それどころか生き生きしている。
うきうきしながら尋ねるヤマネ。
「全員使用人は、獣人なんですか?」
それに対し、無表情だった案内役が少し微笑んだ。
「ええ、ご主人様は、行き場のない獣人の我々を買い取ってくださり、仕事を与えて下さっているのです」
(美談みたいに語っているけど、もろ人身売買について言及しているんだよ。奴隷か・・・・・・最低)
テンションが上がっている彼女に反し、ラティスはどんどん不機嫌になる。
三人が玄関に入った時、案内役と同じ服装の獣人達が、左右に整列して礼儀正しく迎えてくれる。
「「「「いらっしゃいませ」」」」
(美少女の獣人メイドを侍らせているの? 絶対主は、ドスケベキモオタク野郎なんだよ!!)
歯ぎしりし、まだ出会ったことも無い相手を嫌悪している彼女。
回廊まで進んだ時、そんな彼女の険悪な雰囲気に、さすがのヤマネも気付き始めて耳打ちする。
(どうしたんだラティス? なんか機嫌悪いぞ。もしかしてノーストフェリー家に嫌な思い出とかあるんか? 嫌なら俺、じゃなくてあたしが適当な理由を猫耳メイドに言うけど)
彼女の気づかいに、ラティスは首を横に振る。
「着きました。少々お待ちを・・・・・・」
応接間の扉をノックする猫耳メイド。扉奥から『ど、どうぞ!!』というくぐもった声が微かに届く。
「失礼します」
ソファーの上座に席ついているのは、医者と思しき白衣の男と恰幅がとても良くて豪奢な服を着飾っている汗っかきの若者の男だ。もちろんこの館の主は、後者の方。
常に息を乱している彼と合った瞬間、吐しゃ物まみれの排せつ物を見るような目をするラティスであった。
それに対し・・・・・・。
「ぁあああああああああっ!! 狼の女の子と一緒にいた男じゃね~かっ!!」
「ぉおおおおおおおおおっ!! いきなりずけずけドサドたんに質問攻めした少女たんだっ!?」
お互い吃驚して指を指し合うヤマネら。そう、タワラと冒険ギルドに向かっている途中で出会った貴族なのだ(第19話参照)。
ラティスと猫耳メイドは、唐突に二人が大声を出したので、戸惑ってしまう。
「お知り合いなのですか・・・・・・?」
「知り合いって程じゃねーけど、ちょっと前に、コイツの連れに質問を・・・・・・」
そう荒く話すヤマネの脳裏に、原始的な四足獣の堕天使アンドリューが注意する。
(敬語!! 目上の者と話すときは、丁寧に話すことは、この世界でも地球でも常識だ!! 胸に栄養がいってないなら代わりに脳に送っとけよペチャパイ)
「失礼しました。少々興奮して礼儀を欠けていました。言い改めます。
お知り合いという訳ではないのですが、数日前に、伯爵様の彼女である狼耳のお嬢s・・・・・・」
「誰がオス豚の彼女だくらぁあああああぁあああああああああああっ!!」
何者かが、慇懃状態のヤマネの背中を狙って跳び蹴りをかましたのだ。
哀れ、彼女は赤いじゅうたんの上で転んで勢い余って壁に激突した。
下手人は、狼の耳と尻尾を生やした少女。もちろん第19話で登場した女の子だ。
ただし、ヤマネに最初に出会った頃のフード付きボロ着ではなく、今は煌びやかなドレスを着ている。
「ドサド!! 伯爵様のお客様になんてことを・・・・・・!!
お客様申し訳ございません!! 彼女は、躾がなっていない者でして・・・・・・どうかご容赦を」
「お客様・・・・・・? こんなずんだれた服着た貧乏人が貴族の客なわけねーだろ」
猫耳メイドに失跡されるも後頭部に両手を回して反省ゼロの狼少女改めドサド。
呻きながらもヤマネは、なんとか立ち上がり、例のガラス瓶をリュックから取り出す。
「ああ、良かった、割れてねぇ。これですよユミル山脈から湧き出た温泉。
もう冷めてしまったんですけど大丈夫ですか? 量も少ししかないんですが・・・・・・」
それを受け取るのは、白衣の男。おおかた貴族専門の医者だろう。
次に彼は、それに満たされている温泉に手をかざし、その手先に魔方陣を発生させる。どうやら検査系の魔術を行使しているようだ。
「どれ拝借。ふーむ成分的には、確かに魔力もポリフェノールが多分に含まれていますね。摂取しても中毒にならない程量も絶妙。本物のようだ、毒性も感じられません。
冒険者のお嬢さん。不安がっているようですが、温度も量も問題ありませんよ? 主人の所望した物そのものです」
その言葉に、胸を撫でおろすヤマネに喜ぶ伯爵。
「ありがとう。これで目的を果たせる・・・・・・ウィッチブラックたん、すぐに彼女らに報酬を・・・・・・!!」
伯爵の命令に かしこまりました と受ける黒猫メイド改めウィッチブラック。
しかしそれに待ったをかけるのは、ヤマネだ。
「待ってくれよ、じゃなくてお待ちください!! 依頼を受けたのは、サツマさんです。報酬をもらう資格を有しているのは、彼ですよ。あたし達は、代理で参っただけです」
「わかった。サツマ氏がここに参った時は、ちゃんと謝礼を払うと約束しよう。
しかし!! 先程ドサドたんが迷惑をかけたんだ。謝罪の形として・・・・・・迷惑料をもらってくれないだろうか」
その言葉に、 そんなの気にしてなくていいんですのに~ と口では、言うものの口角のほころびは隠しきれなかったヤマネ。
ソファーの下座に着く彼女ら。ドサドは不機嫌そうに応接間を後にし、ウィッチブラックは宝物庫へと向かう。
「ヤマネたんやラティスたんのおかげで助かったよ。大変な冒険だったろう。
ぜひゆっくりしていってくれ」
(ゆっくり・・・・・・ふざけんなです!!)
「そうですか? 豪華な屋敷でくつろぐなんて平民生まれのあたしでは、なかなかない機会です。
ありがとうございます!
ところでなんで使用人が全員獣人なんですか?」
「ぼくちんの憧れの人が、獣人達や東の国から亡命した人達を使用人にしていたから、ぼくちんもまねしたんだ。
とても優しい方だった・・・・・・」
(てめぇみたいなキモオタに憧れの的になってるなんて絶対碌な奴じゃないんだよ!! 奴も奴隷になった獣人を買い取ってこき使ったに違いない・・・・・・!!)
(東の国? 亡命・・・・・・なんか聞いたことあるような)
「へぇ、素敵ですね。是非あたしも会ってみたいな」
「ふふふ、ぼくちんの憧れの人が褒めてもらえて気分がいい。無理にとは言わないけどこの屋敷に泊まりたかったら何日か位泊っても良いよ。もちろん三食もここのコックが腕によりをかけて料理させて用意させるから」
「誰がてめぇみたいなオス豚箱に泊まりたいと思うかです!!」
先程から不機嫌状態を保っていたラティスの我慢が爆発した。
ヤマネと医者が、唐突な激昂に呆気に取られてしまう。
我を忘れている彼女は、ソファーから勢いよく立ち上がり、罵詈雑言をここの主に浴びせる。
「周りに獣人の美女のメイドを侍らすなんてキモイことこの上ないんだよ!! このケモナーオタクっ!! どうせ何も世間の役にも立ってないのに親の七光りのすねかじりで威張りくさりやがって!!
奴隷を買い漁っているとか、顔だけじゃなくて心の中もブサイクなんだねこの人徳ランク永年Eランク!! 一年中発情期野郎!! 同じ空気すら吸いたくないのですっ!! 単純に死ねっ!!
実力も無いくせにラティスより爵位が高いなんて認められないんだよ!!」
顔の血の気が引いたヤマネは、ラティスの暴言を制止しようとなだめる。
「なあやめなよラティス。奴隷を嫌悪する理由もわかるけど、一旦落ち着こうぜ。
確かあんた騎士爵なんだろ? で、あちらは伯爵・・・・・・好き勝手言ったらあんたやあんたの家族に迷惑がかかるかもだ。あたしは、貴族とか爵位とかよく分かんねーけどここは、ぐっとこらえよう、な?」
政治や称号順位について、うといヤマネですら、彼女の言葉には、越えてはいけない一線を過ぎてしまったと暗に感じてしまっている。
そんなヤマネのなだめも虚しく暴走しているラティスは、止められなかった。
「ランクDは、知らないかもだけどトガルポル国の方針は、戦闘実力主義・・・・・・たとえ爵位が一番低い騎士爵でも戦闘力のランクが高けれさえすれば、上の位の相手でも口出しすることが許される。
現に、近衛騎士団団長は、王族と同等の発言力を持っているのです!
誰でもできるような政務活動や交渉しか能の無い萌え豚と賊や魔物を蹴散らせるラティス・・・・・・どっちが国に重宝されるか比べるまでも無いよね!?」
さんざん好き勝手まくし立てた彼女は、少し涙目になっている。次に顔を青ざめて逃げる様にここの応接間から飛び出たのだ。
錯乱するよう頭も何度も下げるヤマネ。
「すいませんすいません申し訳ございません。どうかラティスを許してやってくれないでしょうか!!
あたしからは、後でガツンッと言ってやるんで・・・・・・!!」
冷や汗を滝のように流す医者の隣にいる伯爵の反応・・・・・・それは。
「いい・・・・・・」
えっ・・・・・・ と声を漏らす二人に反して、彼は顔を赤らめて悶えている。
「いい・・・・・・何というSッ気溢れる暴言。汚物を見下すような冷たい目線。クールなようでいて自分にとって許せない者と相対した時に見せる憎しみの表情・・・・・・全てが退屈な日々に嫌気が差しているぼくちんの求めていた刺激・・・・・・っ!!」
脱力してしまうヤマネ。
「あの~お医者さん・・・・・・もしかして彼って、ドM?」
頷く医者。
「左様・・・・・・」
彼女は、ソファーから立ち上がり、感激で震えている男におそるおそる話しかける。
「あの~ラティスのこと許してくれませんか、ね?」
「許さないなんてとんでもない!! ぼくちんは、ラティスたんに感謝すら述べたいのだふー!
上位の爵位に対しての無礼なぞ吾輩にとっては、心底どうでもいい。だからそう不安がることは、無いのだよ」
その発言に安堵するヤマネだが、同時に彼に対し少しドン引きする。
ヤマネが医者にユミル山脈の温泉のだいたいの居場所を地図を使って伝える。
それが済んだ後、ウィッチブラックがジャラジャラ音が鳴っている麻袋をトレイに載せてこちらに入室してくる。
「報酬をご用意させて頂きました。どうかお納めください・・・・・・。
ところでラティス様が先程屋敷から外出されてましたけど、何かお急ぎの御用事とかありましたでしょうか?」
(ジャラジャラ鳴ってるっ!! 金貨!?)
現金なヤマネは、テンション高めで彼女の元へと急接近する。
しかし失念していたことがある。
それは・・・・・・。
「ぐおぉおおおおおおしまったぁあああああああああっ!!
タロットの祟りのせいで金貨触れないんだったこんちくしょぉおめぇえええええええっ!!」
その事を思い出したヤマネは、崩れるようむぜひ泣き、絨毯上で四つん這いになる。
「ど、どうかされましたか・・・・・・?」
困惑しているウィッチブラックに、ヤマネは自分の金属アレルギーについて話した。
「成程・・・・・・ヤマネたんもか・・・・・・。
残念ながらぼくちんのとこでは、紙幣を始めとする非金賊貨幣は、扱っておらんのだよ。
今度、金属ではない魔道具を宝物庫にでも探させるから、後日面倒かもしれないがこちらに寄ってくれないかな。その時に渡させてもらうとする」
「宝物庫に、『探させる』か・・・・・・いつも他人に頼り切りで自分から動かねぇから、何時まで経ってもデブなんだよてめぇはよ・・・・・・」
「ドサド!! 伯爵様の前で何て暴言をっ・・・・・・!!」
いつの間にかこの応接間に戻って来た狼耳の少女にウィッチブラックが怒鳴る。
「はははっ・・・・・・ありがとうございます。
それでは、あたしもこれで失礼します・・・・・・」
「もう帰るのかい? ヤマネたんなら何日間かは、この屋敷に泊まっても良いのだよ」
伯爵の言葉に、ヤマネは豪華な料理とふかふかのベットを妄想して逡巡するも最終的には諦めて返答する。
「本当に惜しいお誘いですが・・・・・・ラティスが心配ですし、冒険者ギルドにも報告しないといけませんので・・・・・・いろいろご迷惑をおかけしました。サツマさんにもよろしくお願いします。
では、これで・・・・・・」
絨毯上に置いていたバッグを拾い上げ、一礼した後応接間を出る。
その時に、ドサドがヤマネに話しかける。
「あたいに蹴られたのに怒らねぇのか・・・・・・?
仮にも奴隷に一方的にやられたってのに、悔しくねぇのかよ・・・・・・?」
それに対して彼女は、ため息ついてぶっきらぼうに答えた。
「これ位の理不尽なんて俺にとっては、日常そのものさ。
ドサドたん」
「ドサドたんって呼ぶなっ!!」
ぶちぎれた狼耳の少女がヤマネの尻を狙って蹴り上げようとも彼女は、軽々と跳ねて避ける。
「くそっ! ムカつくヤローだぜ・・・・・・理不尽、ねえ」
怒りの表情から悲しみが滲み出すドサド。
「奴隷商に捕まったことのあるあたいの前でその言葉を使うのか? ハッピー野郎」
※上記から少し時間が経った頃。
例の屋敷の二階回廊側の一室の事。
「ご主人様。あたくしの部屋に入っちゃ駄目ですよ? 病気がうつっちゃいます・・・・・・」
ウサギの耳を頭部から生やしている少女が、ベットで寝込んでいる。
今の彼女の様子は痛々しく、首元や手首足首に酷い炎症が起きていた。体中に汗が浮き出てもいるし、呼吸も荒い。
傍から見ても衰弱していることが分かりきっている。
「アレルギーは、うつらないから大丈夫だ。ホワイトたん。
これを飲めば良くなるよ・・・・・・」
そのベット傍には、医者、そして伯爵が立って彼女を見守っている。
彼は、先程ヤマネからもらった冷めた温泉水が入ってるガラス瓶を、ウサ耳の彼女に渡した。
彼女は、その中身をゆっくり飲む。そして空になった瓶を伯爵に返した後、再び眠りにつく。
すると、彼女の荒い呼吸が、徐々にだが整ってきたのだ。
そのことに、医者が驚く。
「まさかこんなにすぐに症状が緩和されるとは・・・・・・やはりベルディア町の伝承は、本当だったか。
さすが火竜の医者の魔力を含んだ温泉。
「お医者氏。もっと量が必要か・・・・・・!?」
「何事も適量なのです。摂り過ぎは良くない。今のところホワイトさんの体調は芳しい・・・・・・まあもしものために例の温泉を大量に汲んで用意するといい。
幸い、ヤマネさんからおおまかな温泉の居場所を伺っています」
「そうか、そうか・・・・・・すぐにお抱えの騎士達に使いを出させよう。地図も渡さなければ・・・・・・」
涙が止まらないエムヒズム伯爵。
「・・・・・・ありがとうヤマネたん。ラティスたん。ぼくちんに何か出来ることがあれば、何でも言ってくれ・・・・・・そして許さんぞあの化け物蜂めっ!!」
ヤマネ、何か忘れていることがあるだろ?




