通訳
※最初は、ブレイゾン視点から始まります。
長袖長裾の麻製の騎士隊服を着用し、面に革製の兜をかぶり、大剣と同等程度の尺を持つ大旗を得物にしている男がいた。肌を一切露出していないスタイルだ。
それと彼の体型は、筋肉で引き締まっている長身で、兜内に隠れている顔つきは、間延びているコモドと対照的で厳つかった。
髪型は、後頭部に紋章や魔方陣のバリカンアートが施されている赤茶色のツーブロック。
彼の身に着けているもの全てに、『クマサカガイ(貝殻を収集する巻貝)』の紋章が刺繍なり染料なりで拵えている。おまけに傍からは確認できないが彼の左頬にもその紋章のタトゥーが彫られてあった。
ブレイゾン エイムホール
ベルディア町にて、ブレイゾンが被災者救援の為に来ており、今この町の冒険者ギルドの受付嬢に聞き込みを現在している。
「震災を受けてどうなるか不安でしたけど、まさか近衛騎士団団長が近くにいらっしゃいまして助かりました。正直とても心強いです」
「・・・・・・・・・・・・。
民を護る騎士として当たり前の義務です。しかし妙ですね。かなり震度は高い地響きが起きたはずなのに、概ね見て回った所、倒壊した建物が見当たらない」
彼の言うとおり、所々家具や小物が倒れ、レンガ瓦が少々落ち、動物達が錯乱してはいるものの、どの建物も半壊すらしておらずそれどころがヒビもない。地割れも起きてなかった。
「この町の建物は、どれも高品質な耐震設計を元に建てられているので・・・・・・?」
彼の言葉に、首を横に振る受付嬢。
「いえ。ここに滞在している冒険者のおかげです。軽い怪我を負った者は、いますけど犠牲者は出ませんでした。奇跡的と申してもいい位に」
説明した彼女の傍に一人の中肉高背の女性が歩み寄ってくる。
その人は、小麦色の肌に黒髪(髪型はワンレン)で、インドの民族衣装で有名なサリーを身に包んでいた。口元にはマスクみたいにシルクのベールが垂れており額には、粒ほどの宝石が装飾されている。両足には、ひも付き鈴が取り付けられてた。
「彼女が件の地震を相殺させなければ、この町は、ここに住んでいる私達は、無事では済まなかったでしょう」
「そうでしたか。国王陛下に代わりに感謝を申し上げます。年末には、表彰式が王城前広間で開催されますから是非ご参加を・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
もじもじしてボソボソ呟いているサリー着の少女は、ブレイゾンから声を掛けられた後、受付嬢の後ろに隠れて赤面していた。
「おや? 何か不躾な言動でもしましたかね」
困惑する彼に、受付嬢はサリー着の女性が話したいことを代わりに伝える。
「そんなことは、ありません。って、おっしゃっていますね。
あと初対面の殿方の前で会話することなんて自分の故郷では、あまりなかったことですのですみません。とも」
(シャイな方ですか)
「そうでしたか。緊張をさせるような配慮の欠ける行動を謝罪したいと存じます。
そうだ。差し支えなければお名前を伺いたいのですが」
ブレイゾンは、騎士隊服のポケットから文字が記された羊皮紙を取り出す。
「ナンディン。 と彼女は、名乗っていますね。あと、それは『手柄証明書』でございましょうか」
「左様。これを都の庁舎に提出すれば、自分が立てた手柄に見合う報酬を受け取ることができます。私の名義でサインをしておりますから、突っぱね返されることは、まずないでしょう」
手柄証明書をブレイゾンから受け取ったナンディンは、汗を飛ばしながら何度も慌ててお辞儀をする。
「しかし先程の振動は、凄まじいものでした。よく緩和できましたね。よほどの手練れとお見受けします。無理にとは申しませんが後学のためにどのように対処なされたのですか」
そう頼まれたナンディンは僅かの間俯いていたのだが、一呼吸入れた後、鮮やかで艶やかで神秘的なダンスを披露した。
瞬間だけだが、辺りで起こっている騒音が不自然にピタリと止む。
すぐにその静寂が喧騒へと戻るのだが。
「成程、周囲の・・・・・・それも広範囲に轟いている音波を含む振動エネルギーを消失させる魔術を発動させたのですか。そして詠唱や魔方陣の代わりに舞踊という方法で発動させる魔術を安定・効果底上げをしている・・・・・・と言ったところでしょうね」
ダンスを止めた彼女は、急いで受付嬢の背後に隠れ、顔を真っ赤にしながら何度も頷いた。
「近々北西の町パーキングにて武闘大会が開かれるから、ユミル山脈の麓辺りで武者修行をするため訪れました。その時たまたま地響きが起きたから鎮めただけ・・・・・・って、おっしゃっているわね」
「そういえばもうそんな時期でしたか。毎年初夏辺りに開催される戦士達のお祭り」
受付嬢が質問する。今度は、ナンディンの通訳ではなく本人の疑問で。
「近衛騎士団団長も参加なされるので・・・・・・?」
「いえ、近衛騎士である私が大多数の前で自分の戦闘を披露するということは、この国の防衛情報を他国に晒すことと同義ですから控えさせてもらいます。何より長く城から離れると国王陛下が不安がりますので。
長話に付き合わせてしまって恐縮です。私はこれで。
ああそうそう、都に帰った後、建築家のプロをこちらに派遣させておきます。ナンディンさんの魔術を軽んじているつもりはありませんが、後々家が何かの拍子で倒壊されてしまえば目覚めが悪いですからね。念のため」
受付嬢とナンディンに一礼したブレイゾンは、踵を返し、この町を速足で逃げるように去っていく。
まあ逃げているのだが。
(ああ良かった。犠牲者が出ないで。そして事故とはいえ地震の元凶が私だとばれなくて・・・・・・)
「ブレイゾンさ~ん・・・・・・」
安堵の息を漏らしている彼に、遠方から呼びかける声が。
「コモド君。ユミル山脈で雪崩の被災者救援は終えましたか?
・・・・・・どうされたその怪我」
「賊に殴られたっす。まったくあいつめ、今度あったらただじゃおかねえ。
あと雪崩は、ブレイゾンさんのせいっすよね。探すなら団長も手伝って下さっすよ。
いくら中腹だけとはいえ、ここは広大なんだから」
「了解した。その前に少し休んでいきましょう。約束を果たさせて頂く」
ジャンプして喜びをオーバーに表現するコモド。
「ひゃっほう。おごりだ。肉肉肉。温かいのはもちろんとして高級な肉が食べたいっす」
「全く子供みたいに・・・・・・わかりました」
再びベルディア町に戻ろうとするブレイゾンとコモド。
戻る途中の出来事。
「ところでブレイゾンさんが貴重な非番を潰してまでこんな辺境の地に来た理由は、巨人のユミルの墓参りの周期が今年だと知ってたからっすか。ベルディア町をその巨人から護るためにとも」
「それも理由の一つですが、主なのは、今朝申し上げたはずでは?」
「フェンリル山の洞窟に描かれた壁画を調べるためについてっすか。
どんなことが描かれてるか大まかに教えてくれても良いのでは・・・・・・?」
「ええいいでしょう。それは・・・・・・」
語ろうとした瞬間、彼は、あることに思い出して今までの落ち着きが嘘のように大きく叫んだ。
「いやナンディンさん。シャイなら、武闘大会参加しない方がいいのではっ・・・・・・!?」
※その頃、フェンリル山の中腹に開けられた横穴型の洞窟。
その内には、いつもの人狼オルトケルベロと大鷲が休んでいた。
「やれやれあの銀髪のべっぴんさんすさまじく恐ろしかったな~。なんか地響きや山火事も起きるし。ほとぼりが冷めるまでしばらく休んだろうかいな。なあフレースエルグ」
啼いている大鷲に適当に相槌をうつ人狼。
陽の光が、洞窟内を少し照らす。
周囲を見渡したオルトケルベロは、近くにて凹凸の差が小さい岩の壁に赤いインクの絵が描かれているのに気づく。
「わいみたいな人狼と、他の魔物の壁画かいな? 他の魔物も多数いるな。
なんかしゃべっているみたいな・・・・・・」
奴が眺めている壁画の内容・・・・・・それは、人狼が鳥型の魔物と魚型の魔物同士の会話を通訳している内容だった。
(・・・・・・もしかしたら、あれは、わいの先祖? わいの親が別の魔物の言語を操る理由・・・・・・・・・・・・その起源がここにっ!?)
※その頃、ユミル山一合目辺り。
<もう行ってしまうんですの・・・・・・?>
<ええ、立ち止まっている暇は、ないっすからね>
ピターヤとヤマネ・ラティスは、別れの挨拶を交わしていた。
もちろん握手もしている。
ちなみにヤマネの方は、狼の着ぐるみが自爆魔術で破れているので現在は、温泉の淵でサツマが置き忘れている防寒着一式を『拝借』して着ていた。
<ピターヤさんは、どうするっすか・・・・・・?>
<まだ霜の巨人の冷気は収まっていないですからね。あたくしは、また例の依り代先で眠るとしますわ。それと・・・・・・>
一回咳払いするピターヤ。
「ら、らてぃす。ま、またね・・・・・・?」
拙い現代語が言い放たれた。
ラティスが目を丸くする。
もちろん先程しゃべったのは、彼女でもヤマネでもなく・・・・・・。
「ピターヤ・・・・・・。
ええこちらこそ。また会うときは、ラティスはスカンディナ語をマスターしているんだよ」
<・・・・・・ヤマネさん。ちゃんとあたくしの言葉は、届きましたでしょうか・・・・・・?>
不安そうに言い寄るピターヤに、ヤマネは苦笑して答える。
<ああ、完璧完璧。ちゃんと届いているぜ>
「ちょっと。旧式語で会話するなんてないです。一人だけ残された気分になるんだよっ!!」
そして竜人と冒険者コンビは、別れた。
別れる際、ピターヤは、
<何かしらあたくしの力を借りたいのなら、いつでもユミル山脈に来てくださいまし。
微力ながら尽力しますわよ。勘違いで殺しかけたもの。そのくらいは、当然ですわよ。
ヤマネさんならあたくしの封印も解けるのでしょう・・・・・・?>
と言っていた。
ベルディア町支部の冒険者ギルドに戻るヤマネ達。
途中、ラティスはあることを思い出していた。
前にボンバーバンボーが言っていたことだ。
『ランクが上だからって、何でもかんでもそいつの上位互換だと思うなよ。思いあがるなよ』
『みんな誰しも得意不得意があんだよ。だからこそみんなが力を合わせて不得意部分を補わなきゃいけねえ』
彼女の脳裏には、いろんな場面が次々浮かび上がる。
ヤマネがラティスを回復魔術で治療したこと。
地震が起きた時に、冷静にヤマネが対処したこと。
ピターヤと会話する際、ヤマネが通訳してくれたこと。
そして激昂した彼女と和解したのもヤマネだ。
純粋な武なら、ヤマネなんてラティスの足元にも及ばないだろう。
だけど、だからといって今のラティスには、彼女は自分の下位互換だなんて思えなくなってしまっている。
本来ならDランク如きが・・・・・・と彼女は、悔しがるだろうが、何故か今は妙に清々しい気分ですらいる。
「フフッ・・・・・・」と、つい微笑が口から零れるラティスに、ヤマネは首を傾げる。
その後彼女は・・・・・・。
「あああぁああああああぁあああああああぁぁぁあああああああっ!!」
と、唐突に大きく叫んだ。
突拍子も無い爆音に、ラティスの方は長考するのを止めて慌てて声の元を振り向く。
「ど・・・・・・どうしたんだよ!?」
「救助対象であるはずのサツマのおっさんが空の彼方へと殴り飛ばされてしまったぁあああっ!!
これじゃあ依頼失敗でただ働きどころかギルドに違約料払わねぇといけねぇえじゃねえぇえかあぁああああああッ!?」
金に汚い冒険者の醜い声が、こだまになってユミル山脈やフェンリル山に反響するよう響き渡る。
ちなみにヤマネの全財産である紙幣の束は、所有者が魔方陣の落書きをしたせいで使い物にならなくなっています。




