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ラティス法第八条 困っている人を見かけたら、できるだけ助けること

 むかしむかし やさしいりゅうのおねえさんがいました

 そのおねえさんは つよいものたちから よわいものたちを まもっていました

 あるひ りゅうのむらの そんちょうが いいました

 ゆみるのやま から ねんねん かんぱが ひどくなっている つねにねつをあたえねば せかいはこおる

 やさしいおねえさんは なのりあげました

 おねえさんは じぶんのからだを くろいいしに ふうじこめました

 そのいわから ねつがながれました

 やさしいおねえさんは じぶんのみも いとわずに せかいを まもったのです

 ※三年前のカスドース村。


 (全く俺以外で呪文をしゃべる奴、デモクリ師匠しか見た事ねぇぞ・・・・・・おやじですら索敵する時は下準備無しでやってる。はあ、せめてみんなが魔法使う時、いちいち呪文唱えなきゃいけないルールを強制させりゃ、同じスタートラインに立てるんだけどな・・・・・・)

 デモクリの家の居間にて、ヤマネが空気椅子のまま魔導書を読んでいた。

 内容は、旧式形態の魔術が記された本。その中で彼女にとって、気になる項目を見つけた。

 『『呪文スペルサークル』・・・・・・?

 デモクリのじいさん、これ使えるのか・・・・・・?』


 ロッキングチェアにてくつろいでいるデモクリが、紅茶を一口含んだ後返答する。

 『ん~? 残念だが未修得じゃ。というより、おそらく現代の魔術師は、誰も修得できておらんと思うぞ』


 『え~・・・・・・軽く読んでみたけど、術の演算式も複雑じゃないし、発動時の体内の魔力操作のコツもこれに詳しく載っているし、じーさんができない理由が見当たらねえんだけど』


 『確かに一読してみた所簡単そうに思えるだろう。しかし何度この本のまま試してみても不発に終わった。

 他の魔術師の知人にできるかどうか頼んでみたが全員失敗。ついに諦めたんじゃ』


 『へえ。この本にある術の演算式自体に誤字脱字とかあって間違いになってるとか?

 それとも翻訳する際に解釈の齟齬とか生じたとか? そもそも古代から伝承されている魔術だから改変されてあってもおかしくねえし。それともこの文章が暗号になっていて解かないとちゃんとした答えにならないとか・・・・・・?』


 『そのくらいワシも考察したさ。<ルーンイス>を<ルーンラース>に入れ替えたりとかアナグラムと仮定して文字をパズルのように入れ替えたりな。

 だが例え無事この術が修得したとして何になる? 長い時間にこれを修練するより便利な術を学んだほうが有意義だとわしは、思った。

 相手方の魔術師に詠唱を強制させたいとお主は、思うかもしれぬがその前に自身が詠唱せずとも術を無事発動できるよう努めた方が簡単だと思うぞ』


 (ちえ、タロットの祟りの事も知らないから俺のこと好き勝手言いやがって・・・・・・)




 ※次からは、時間が戻り、クレバスの底へと視点を戻します。


 「あたしと手を組みたいって・・・・・・そもそも信用できるのか? あんた俗にいう堕天使ってやつだろ。

 それに霊体みたいなあんたに、どうやってあたしの役に立てるってんだ・・・・・・?」


 宙に浮く大型の獣は、黙ってヤマネの顔めがけてゲップを吐いた。何とも汚らしい音で。

 「うわっ、てめぇいきなり何しやがんだ。聖属性の魔術でもぶつけてやろうかっ!!」


 『はったりは、よしてよして。聖属性魔術の行使権限をしきるタロットに嫌われている君が、それを使えるわけないでしょ。まあ君を蝕む祟り自体そのものが聖なる力そのものだけど。

 それより、自分の体に変異は、感じないかい・・・・・・?』


 「はあ? 特に変わってな・・・・・・え」

 驚愕するヤマネ。彼女は今、自分の魔力が、瞬時に回復しているのを感じ、昨日から残っていた疲労が明確に消えていることを味わった。



 『魔力と体力を回復しておいた。これくらい朝飯前の軽食前さ』


 「すっ・・・・・・すげえ。朝飯前の軽食? これならラティスを助けることも難しくない。

 え、もしかしてもしかすると、お前とタッグを組んだら、いつでもこんなサポートを受けれるってことか!?」


 『いつでも・・・・・・それは無理だよ』

 (ちょろすぎだろこの人間)

 奴の言葉に、ヤマネは唖然とする。

『ボクがなぜこのタイミングで君の前にしっかり顕現し、話しかけたと思う?

 タロッターピルァから憑いてきてるからコンタクトなんていつでもできたはずなのに・・・・・・。現に君が前にピンチになろうとしてもボクは傍観に徹してきただろ。

 理由は、簡単。今この時だけタロットは、君を・・・・・・ボク達を監視していない。かも』

 どういうことだ・・・・・・? と彼女は眉をひそめて質問する。

『君は、今深い深いクレバスの底に落下していて、今も脱出していない。

 早とちりな糞アバズレの性格上、今の彼女は、君が死んだと勘違いしてうきうきしながら君の魂が冥界に来るのを今か今かと待ち構えている・・・・・・かも。

 君に力を貸すのは、今だけだとボクは判断した』


 「はあ? 別にあんな奴気にせずあたしに力を貸せばいいだけだろ。それよりラティスを早く助けに行かねえと。なんか道あるけどそこいけばクレバスの底から抜け出せれるかも」

 ヤマネは、両側が氷の崖になっている通路を歩きだす。

 氷の壁がクレバスの割れ目から零れる月の光を反射したり透過したりすることによって、淡くも煌めくような幻想的な光景が広がっていた。

 

 『急がない急がない。あんな奴・・・・・・?

 君は、まだあのヒステリックバアアの怖さを一端しか知らないみたいだね。胸だけでなく頭もぺちゃパイなのかい。

 ボクは、タロットの元部下の中でも博識で強力な実力者だ。そんな優秀な堕天使が君の味方になれば、本来魔王討伐なんていう天地がひっくり返っても無理で無謀極まる悲願も現実味を帯びてしまう。

 それを彼女が気付いてしまえば、どうなると思う・・・・・・?

 タロットが傍観するのをやめ、本格的に刺客を送るだろう。

 それもボンバーバンボーに匹敵する程の精鋭たちを降ろして・・・・・・』


 自分の事をバカにされ、ブちぎれたヤマネは忌々しそうな顔で首を傾げる。

 「ボンバーバンボー? そいつそんなに強ぇえのか?」


 『ハアッ。そういえば彼が活躍している時君は気絶してたんだっけ。

 話を戻すよ。もしそうなれば今度こそゲームオーバーだ。元同僚らの実力を詳しく知っているボクだから断言できる。君は、君達では奴らの前では成すすべなく散るだけだろう。このことをくれぐれも肝に銘じておくれよ?』


 「わーったよ。それより疲れ取れたから、本格的にラティス助けに行くぞ」

 身体強化魔術の詠唱をしながら全速力で駆け抜けるヤマネ。


 『いやいやだから急がないでって』


 「『・・・・・・我は膂力と機動力と防御力と索敵力を得る』なんで引き留めんだよおめえ」


 いらいらを隠さないヤマネにため息をつくアンドリュー。

 そして彼は問う。


 



 『ピターヤの頬から流れている血が、何時まで経っても止まらない事について不審に思ったかい・・・・・・?』


 

 「思ってたよ。そういやあいつ医者を名乗ってたのに治す気配なかったぞ? 医者のふせ・・・・・・なんだっけ?」


 『医者の不摂生。実はピターヤの受けた弾痕には、特殊な毒が仕込まれてるんだ。血液の凝固作用を阻害させるものさ。

 そして彼女が自分を封印した時代には、その毒を解する魔術がまだ発展途上で未熟だったんだ』


 「・・・・・・つまりほっとくだけでピターヤは、血が足らなくなって死ぬだけだからちんたら歩いて時間を稼げと・・・・・・ふざくんなよ。

 今こうしている間にもラティスが追い詰められているかもしれねえんだぞっ!!

 ・・・・・・ってうおっ!?」


 アンドリューがため息をついたタイミングでヤマネは、自分の足元を見下ろして飛び上がる程驚愕した。


 透き通るような氷の大地の奥のさらに深部・・・・・・そこには。


 「でっかい・・・・・・鼻!? 巨人のにしてもでかすぎんだろっ!!」


 にやりと笑い説明を始めるアンドリュー。

 『君が今まで散々その『存在』を聞いてきただろ』


 「まさかラティスや受付嬢やピターヤが言ってたのがコイツ・・・・・・ユミル!?」


 『そう。霜の巨人。彼の体から際限なく冷気が放たれているからこの地一帯では、季節関係なく寒波が発生しているのさ』

 あまりの衝撃的な事実につい足を止めてしまうヤマネ。

 「すげえ・・・・・・あれ?

 それにしちゃああのでかぶつの近くを通ってるのにあんまり凍えねえな。それどころかむしろ・・・・・・」


 『・・・・・・そうさ。君の察した通りさ。彼女がこの巨人から放たれる冷気を抑えていた・・・・・・』



 《あたしの名はピターヤ。竜人族の戦士兼医者で、霜の巨人の力を抑えるためにここに眠っていたの》


 《大方、貴方達霜の巨人の復活を目論む悪の組織なのでしょう・・・・・・!?

 それで邪魔になる火竜のあたくしを始末しに来たのねっ!!》


 少しの間思いつめたような顔をしたヤマネは、再び全速力で走り出した。

 そう時間が経たないうちに、クレバスの底から谷底まで脱出する彼女。


 そこには。


 「う~ん・・・・・・火の手は少し治まったかねえ?」

 軍服が敷かれた大地の溝からシャツ着のコモドが這い出てきた。


 実は彼は、ピターヤの火炎に呑まれる前にこちらまで召喚した地雷で地面を爆破して即席の塹壕を掘りだし、そこに身を潜め、火の手を塞ぐために自分の軍服を武器強化魔術の転用で防火性能を与えてその壕に蓋代わりしたのだった。


 「あん? ヤマネ。なぜここに? なんだそのみょうちきりんな着ぐるみ・・・・・・って、てめえよくも何の脈絡も無くギルドで殴ってくれたなこの恩知らず!!」

 そんなブちぎれ状態の彼に、ヤマネは。


 「やっぱりさっきの銃声。てめえのせいだったんかいっ!!」

 魔力でパワーアップした拳をおもいっきり標的の顔面にお見舞いしたのだった。


 哀れ、鼻血と吐血をまき散らしながら殴り飛ばされたコモドは力なく倒れる。

 

 「ふ~すっきりした。・・・・・・ん? ここに流れ着いてたのか。珍しく運がいいぜ」

 その後彼女は、自分とラティスのリュックを発見。それらは、大量の雪とともに半ば埋まっていたため、ピターヤの火の餌食になることはなかったのである。

 自分のリュックをまさぐり紙幣とインクと羽根ペンをを取り出すヤマネ。

 「あ~土鍋とか壊れちまったな。なあアンドリュー。

 お前ピターヤの傷とかユミルとか詳しいんだろ? 博識だと自賛してたな」


 『情報通でね。魔術をはじめとしていろんな情報を君にアドバイスするくらいなら、タロットにはばれないはずだよ。

 あとおおやけにボクの名前を呼ばないで!!』


 「そうか・・・・・・それなら・・・・・・」

 これから口にしたヤマネの言葉に、アンドリューは呆れかえりながらも笑っていた。


 『まあ君ならこう言うだろうと勘付いていたよ。やれやれとんでもない奴と手を組んでしまったよ・・・・・・』


 

 

 ※次からは、1年前の危険区域へと視点を戻します。

 『ありえない・・・・・・ラティスが・・・・・・ラティスが・・・・・・何も役に立てないなんて!!』

 ラティスは、荒れた大地を力強く駆けていた。

 丘よりも背が高い巨人達が、甲冑を纏って得物を構え、列をなした光景を目の当たりにしたことにより、彼女は、足が竦んでしまった。

 普通騎士団サーベルタイガー騎士長ランスロットが『安全な所まで退避して身を隠せ!!』という命を受けてすぐに尻尾撒いて逃げたのだ。


 『滅茶苦茶です。危険区域・・・・・・ラティスは強いのに、強いはずなのに、みんなの足手まといにならないことで精一杯だなんて・・・・・・』

 騎士見習いの時の彼女は、極めて傲慢知己で、周囲を見下していた。

 その性根は、騎士隊入隊試験で主席で合格することに始まり、常に好成績で試練を次々にこなしていたから、周囲から天才だともてはやされたことによって歪んでしまったのだ。

 しかしそれも今日で終わる。十で神童、十五で才、二十歳過ぎればただの人。まだ彼女は十五より前だが。


 鍛え抜かれた鋼鉄製の大ハンマーを竹刀みたいに軽やかに担いでいる彼女が、途中で足を止める。


 『・・・・・・そんな・・・・・・』


 彼女の目前に空間が割かれる。そこから巨大な蟷螂カマキリがぞろぞろと這い出てきたのだ。

 もちろんそいつらは、シュートが葬ったものと同種。ヒドゥンマンティスである。


 『次元切断できる怪物がこんなに・・・・・・!?』

 いつの間にかラティスの周囲には、その怪物のお仲間が群がっている。

 もはや逃げ場はない。他の頼れるメンバーは、巨人の軍勢を相手にすることで精いっぱい。


 (そんな・・・・・・ラティスはまだ若いのに。こんな辺鄙な所で・・・・・・)

 あまりの絶望的な状況に、彼女は現実逃避するよう俯き、耳を塞いで目を瞑った。


 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 後はそのカマキリらの薄く鋭い刃の餌食になってしまう・・・・・・。



 ・・・・・・かに思えた。


 (・・・・・・・・・・・・殺るなら早くするです!!

 ・・・・・・・・・・・・何も来ない? もしかしてラティスは、もう死んでるの?)

 おそるおそるまぶたを上げるラティス。

 彼女は驚愕した。


 目前に巨大な鎌がこちらに降りかかってきたからではない。



 『怪我は、ないかい・・・・・・?』

 視線先には、並んで横たわって眠っている巨大カマキリら、そして。


 『・・・・・・誰?』


 『名乗る程の大した者じゃないよ』

 艶やかな緑の長髪の青年が隣に立っていたからだ。彼は胸元に宝玉アミュレットがついている抹茶色のローブに身を包んでいる。



 『・・・・・・誰だかわからないけど、ありがとう』

 礼を受ける程のものじゃないよ とほほ笑んだ彼は、踵を返しこの場から去ろうとする。


 『待って! なんでどこの馬の骨も知らないラティスを助けたの!?』


 彼女の言葉に振り返ってウィンクする青年。

 『人を助けるのに、何か理由でも・・・・・・?』

 

 

 ※次から、ユミル山脈麓の谷底へと視点を変えます。


 ピターヤは、三階建ての塔に匹敵する程の質量を誇るユミルの黒い墓の下敷きになっていた。


 (・・・・・・・・・・・・)

 

 ・・・・・・いや、ただしくはその重さは、普段の十倍程膨れ上がっている。ラティスの魔術の影響がまだ止んでいなかったのだ。

 もちろん倒れているそのモニュメントの接地箇所から深く広い亀裂が走っている。

 こんな常軌を逸した圧力の前では、生半可な戦士や魔物ではペチャンコだろう。

 そう、生半可であれば・・・・・・。


 (・・・・・・フッ)


 いきなりそのモニュメントの中央部が黄色に輝いたかと思えば、そこから火炎の砲丸が貫いたのだ。

 燃え滾るそれは、一瞬にして凍える曇天まで轟き、そして一気に散らしたのだ。


 先程の吹雪が嘘のように、カラッと快く晴れる。

 一流の竜人の戦士は、天候を変える程のエネルギーを秘めている。

 

 <あたくしが、責任を放棄してくたばるとでも・・・・・・? 舐めないでもらえるかしら巨人狩りの事をっ!! ってか熱いっ!!>

 ドロドロに溶けた岩から満身創痍なピターヤが這い出てきたのだ。ただし五体満足な状態で。


 <熱い熱い!! そういえば、谷底を焼いたのは、あたくしでしたわねっ!!>

 指を鳴らす彼女。途端、辺りの火炎がピタリと鎮まった。


 <全く・・・・・・>

 ため息をついたピターヤは、自身の尻尾を荒く振る。

 その薙ぐような尻尾に奇襲を掛けようとしたラティスの腹に喰らわせたのだ。


 「一瞥もせずにラティスに気付くなんて・・・・・・」


 <相変わらず何をおっしゃってるかわからないわね>


 口から泡を吹いて俯くよう震えている彼女に、ピターヤは自身の拳に鋭利なルビーを纏わせるよう生成し、無慈悲に殴りかかる。

 ラティスも拳を握ってカウンターを狙う。


 <・・・・・・体術は素人ね>

 膨大な魔力で極限まで強化した打ちこみに、ピターヤは紙一重で体の軸をずらしてそのまま重い一撃を相手のみぞおちにお見舞いした。

 幼げなラティスの体は、藁の束みたいに軽やかに宙を舞うよう殴り飛ばされる。

 <拳の構えかたに腰の捻り方はだめだめね。踏み込みは良かったですわ。自分の得意な得物が無ければ、戦えないなんて、あたくし達の生まれた時代では、通用しなくってよ>


 吐血して悶えて倒れているラティスに、ピターヤの説教は届かない。


 (そんな・・・・・・ヤマネの仇もとれないなんて・・・・・・)


 ためらいなく自分の掌を、標的に向けるピターヤ。その顔はどこかしら悲しそう。

 <本当は・・・・・・仲間想いの方の命を奪うのは、嫌なのですが、霜の巨人の復活を許すことは、出来かねませんわよ。

 ・・・・・・どうか安らかに>

 そして彼女は、とどめを刺すために最大火力の火山弾を放とうとした。

 







 <・・・・・・え>

 しかし不発に終わった。

 (な・・・・・・んで? 封印から脱されたばっかりでまだあたくしが本調子じゃないから? さっきから起こる立ち眩みのせい?

 自分の魔術が失敗するなんてそれこそ習いたてぐらいしか・・・・・・・・・・・・まさかっ!!)

 勢いよく雲一つない夜空を仰ぐピターヤ。彼女は、息を呑んだ。

 なぜなら上空に、範囲は彼女の生み出したモノより遥かに狭いもののたしかに赤い光で描かれた魔方陣が展開されてあったからだっ!


 <まさかっ!!>

 呆気にとられるピターヤめがけて緑色のスライムが群がる。

 急いで彼女は口元を両手で塞ぎ、粘液攻撃を防ぎ切ったのだ。口をスライムで塞がれてしまえば、この場で魔術が使えなくなってしまう。

 

 <・・・・・・なあ、『詠唱スペルサークル』の修得方法が一言一句違うことなく今まで伝授されて魔導書に記録されたはずなのに、なぜか現代で使える者がいないか、わかるか・・・・・・?>


 薄れる意識の中、声の元を振り向いたラティスの瞳には、一人の影が映っていた。

 「・・・・・・・・・・・・ヤ、マネ・・・・・・?」


 <あんた、この術発動する時、同時に別の魔術を操っていた。つまりそれこそが発動条件だろ!?

 なるほど、この術を難しく考えすぎた先人達・・・・・・いやあたし達がどうりで習得できねぇわけだ。そんな条件、まさか練習している途中に思いつくわけもねえ。

 恐らくだが、この術を開発した奴は、いじわるでそんな条件にしたわけでなく、術者が敵に対して優位に立てるよう親切心で設定したんだろ。

 おかげで『詠唱スペルサークル』のタネがわれたぜ。ありがとよ>


 <我は強欲な竜である 賢竜は宝物を愛でる 火竜は紅玉を慈しむ

 財を奪い 宝に疵をつける賊よ代償をこの身に受けよ!!>


 『弾けろ 爆ぜろ 火薬ではない奔流している魔力で 我自身に再現せよ 威力は絶大 『セルフエクスプロージョン』!!』


 (何この活舌の良さ!? あたくしが何百年もの間生きた中でこれ程詠唱を早く読み終えるなんて自分含めて誰もいませんでしたわよ・・・・・・ッ!!

 しかしもう間に合わないわ)


 「ぐっ・・・・・・!」

 朱く煌めく結晶がヤマネの足元に隆起するよう生成され、ものの数秒で彼女の全身を包んだ。それも分厚く。

 だが、その結晶は粉々に破壊され、積もる雪ごと吹き飛ばした。

 まさしく絶大な威力。

 轟音が山脈に反響するよう響き渡り、結晶の欠片と雪の粉が空中に漂う。


 <まさかの自爆技!? 武器は持って無いようですが『弁償カンペンセイション』!!>


 魔力無し瀕死の状態のヤマネに容赦なく簒奪の呪詛を発動するピターヤ。

 彼女の手には、ルビーを壊された分の貨幣が・・・・・・。



  <・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かしら、この羊皮紙の束>


 アンドリューは、前もってヤマネに『『弁償カンペンセイション』の効果は、装備している得物や魔道具→所持しているそのままの貨幣→標的の臓器の順で取り立てられる』の情報を知らせている。

 

 困惑するピターヤ。

 <え・・・・・・? まさかこんなぺらぺらなものがお金なんておっしゃらないわよねっ!?>


 肩で息をして震えているヤマネが言う。

 <驚いただろう。それが現代のお金だぜ。それよりその裏面を見てみな?>


 敵の言葉に素直に従うピターヤ。彼女の顔の血の気がすぐさま引いた。


 なぜなら・・・・・・それらの裏面には、一枚残らず小さな魔法陣の落書きが描かれていたからだ。


 <しまっ・・・・・・>

 急いで炎で燃やそうとするピターヤだが、失敗に終わる。

 <あっ熱いっ!!>

 なぜならヤマネの刺した経穴の効果が未だ残っていて、火炎を放出し続けるのを彼女は躊躇ってしまったからだ。

 

 <後で発動するよう設定しておいた。今のあたしが魔力切れでも関係ないからな。もう時間切れだぜ!!>

 散らすよう投げ飛ばされたその紙幣らから、強く発光される。


 (そんな・・・・・・まさかあたくしの術が利用されるなんて・・・・・・)


 そして術が発動する。

 「くっ!!」



 





 <・・・・・・・・・・・・え?>

 呆然とするピターヤ。

 あまりの絶大な破壊力に飲み込まれた・・・・・・からではない。

 逆に。




 <回復の魔術・・・・・・?

 なぜ? 罠? でもわざわざこの土壇場で・・・・・・?>

 緑色の淡い光が、ピターヤと横たわるラティスを優しく包み込んだ。

 脳裏に疑問が際限なく湧き上がることにより、激昂した感情が治まり始めるピターヤ。彼女の体と心は癒される。

 もちろん頬に付けられた弾痕も完治。


 <気づいているか知らねえが、今のあんたの頬の傷は、血液が固まる作用を阻害する毒を受けていた。そのままじゃ、あんた失血死は免れなかったんだぞ!!>


 うろたえるピターヤ。

 <え・・・・・・どうりで立ち眩みが治らないわけでしたわ。

 まさか。もしかして先程の金属の矢は、貴方達のお仲間からの狙撃ではなくてただの他所から流れたもの・・・・・・?

 ・・・・・・もしかしたらわたくし、とんだ早とちりを・・・・・・>


 体力も魔力も尽き欠けてふらふらしているヤマネは、両腕を上に挙げる。

 自分は、無抵抗を貫くと相手に知らしめる姿勢だ。

 <頭が冷めたみたいだな。そして流れ弾撃った下手人バカはあたしがさっき殴り飛ばしておいた>

 膝が震える中で力強く大地を踏みしめてピターヤの傍まで歩み寄る彼女。

 <信じてくれ。本当にあたし達は、霜の巨人復活なんて目論見は持ってない! ただ単純に、遭難した恩人を助けたいだけなんだっ!!>


 <・・・・・・なぜあたくしにとどめを刺さないの。勝手に早とちりしてろくに弁明も聞かずに命を奪おうとしてたのよ。貴方も!! 貴方の相方も!! そのまま回復せず殺せばよかったじゃない!?>


 <バカヤロウが・・・・・・>

 ニヤリと笑うヤマネ。

 <冷気から人間達を護ろうとしたお前を、隕石落とせば片が付くはずなのに近くに村があるから落とさなかったお前を、出会ってばっかりのあたし達に暖を取らせてくれたお前を! 殺せるわけねえだろ!?

 ピターヤっ!!>


 理由は、分からなかったけど二人は泣いていた。

 さっきまで殺し合ってたのが嘘のように、旧知の友人の再開みたいに抱き合ったのだ。





 ※それから日の出が出た頃。

 

 三人は、休んでいた。ピターヤは旧式魔術でヤマネの傷と魔力を回復しておいてある。

 全快したラティスは、眉をひそめていた。


 「何時の間に、ヤマネ達仲直りしてるの? ラティスは今すごい疎外感を受けているんだよ・・・・・・」


 <恩人を探すのでしょう? 吹雪が止んで太陽が昇っている今がチャンスよ。

 あたくしも手伝って上げる。竜人の嗅覚と聴力が優れていることを教えてあげるわ>


 <ああ、頼りにしてるぜ>


 冒険者組は、自分のリュックを各々拾いなおした後、再び険しい登山が再開。


 途中でヤマネの得物であるサーベルタイガーの牙の剣を発見した。

 「良かった・・・・・・失くしたらストゥム先輩に合わせる顔が無かったっす。

 あん・・・・・・?」

 ただ不思議な事にその剣が落ちてた場の傍には、大きな猫の足跡が雪の表面に残ってあった。

 その足跡の行き先も来た方向先も霞んでわからなくなっているのだが。


 「雪山に猫・・・・・・? ユキヒョウ型の魔物でもいるのです?」



 そして太陽が真上に登った頃。


 ヤマネ一同は、救助対象であるサツマを無事発見したのであった。

 これもピターヤが自由に空を飛んで探索した賜物である。




 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 「よう、ヤマネにラティス。お前達だったのか。俺様を探してたのは!」



 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 「心配かけて悪かったな! だが今の俺様は、この通りピンピンよ・・・・・・ヒック!」



 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」



 「おいおいさっきから黙ってどうしたんだよ。そうだすぐにあがるから。お前達も入れよ。その見知らぬ友達と一緒に・・・・・・」



 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 



 ボロボロ状態のヤマネとラティスは、力なく黙っていた。

 なぜならサツマは今、湯気が立ち込める温泉に入浴していてお酒入り枡で一杯やってのんびりくつろいでいたからだ。



 <良かったですわね。ヤマネさんにラティスさん。お仲間さんがご無事で・・・・・ヤマネさん?>


 「ねえヤマネ」


 「なぁにラティス」


 「ラティス達が命からがらで探索して何度も死地を乗り越えて苦労したのに、その間肝心の救助対象は温泉に入ってたんだよ・・・・・・?」


 「全くだよ。魔物の群れに竜人との戦闘。俺にいたっては、クレバスに落ちてしまっているし・・・・・・なんだろうこの感情・・・・・・」


 「おいおいどうしたんだよお前らそんな虚ろな目をして拳を振るわせて・・・・・・。

 悪かったって。この通りだ!!」

 温泉に浸かったまま両手を合わせてへらへら笑う彼に、彼女らは限界を迎えていた。

 「え? おいっ!!」


 自分のリュックから鞭を取り出したヤマネは、それをサツマの腕に括りつけてこちらに手繰り寄せる。そして。


 「ぐおっ!?」

 彼の股間を容赦なくおもいっきり蹴り上げたからだ。

 あまりの痛みに、サツマは声にならないような鶏の首を絞めたような叫びを発しては悶える。

 しかし怯んでいる暇はない。


 強烈な殺気をラティスから感じ取ったサツマは、術を発動させようとする。


 『西方易占女神の神器 三暗の剣!!』

 しかしそのとっておきとも思われる術が発動される前に、ラティスが魔力で極限まで強化された鉄拳を彼のみぞおちに炸裂した。



 「ぐわぁああぁああああああああぁあああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

 哀れ、サツマは遥か彼方までいっそ痛快に殴り飛ばされた。

 しかも腰に巻いたタオル以外は、何も身に着けてない状態で。



 <え? いや貴方達の仲間よね!! 何をやっているのかしら!?>

 これ以上ないくらい狼狽ろうばいしているピターヤに、ヤマネは話しかける。



 <ピターヤさん。せっかくだから温泉入りましょ・・・・・・?>





 




 ※その頃、フェンリル山の傍。



 「う、う~ん・・・・・・?」

 近衛騎士団団長ブレイゾンに殺害された巨人は、この場で蘇生された。

 もちろんタロットの仕業だ。


 「我はたしかユミル様の墓参り・・・・・・に」

 彼は、絶句した。

 なぜなら肝心の霜の巨人の為に建てられた墓が根元からぽっきり折れていたからだ。


 「なんとむごい・・・・・・一体誰の仕業だ!! この所業は全巨人に宣戦布告することと同義の愚行だというのに・・・・・・!!」


 「ワタクシは、ご存じですよ。下手人の正体が」

 巨人の顔の左に、純白で細身の竜が滞空している。


 「賢竜か・・・・・・。

 巨人が食材でしかない竜の戯言など聞くとでも」


 「まあ同じタロット様に蘇生された仲間なら、少しは信用できるでしょう?」

 女神の名を聞いてピクリッと反応する巨人。


 「知っているのか・・・・・・」


 「ええ。ヤマネという人間の少女です。茶髪でポニーテールの。

 タロット様から彼女について伺っているはずでは・・・・・・?」


 「ああ。巨人族は、受けた恩は必ず返す種族だ。もちろん受けたあだもな」


 「ワタクシの話を信用できましたか・・・・・・?」


 「・・・・・・信用しきれんが、あえて踊ろう。タロット様の怨敵には、違いないしな」


 「ああそうそう。今からすぐに攻撃を仕掛けないことをお勧めしますよ。まずは策張り巡らせないと・・・・・・うかつに人間の領域に手を出したら返り討ちに遭いますからね。

 旗をふるう彼に成す術も無く負けたのでしょう・・・・・・?」


 「ふぐうっ!! ・・・・・・嫌な事を思い出させるな!! 確かにその通りだな。

 頭脳プレイは苦手だ。作戦は、貴様らに任せよう。

 ヤマネめ・・・・・・巨人の全軍が貴様を肉片も残らずぐちゃぐちゃに踏み潰してやるから覚悟するのだな・・・・・・っ!!」


 

 ※本来火山ではないはずのユミル山脈に天然温泉が湧いているのは、ピターヤが無意識に放射した高熱と生成されたミネラルが山の水脈と混ざり合ったからです。

 ※ヤマネが、ピターヤが前に隕石を放たなかった理由は、山の麓に村があるから中断したからだと判断したのは、ただの根も葉もない推理です。勘です。当たってましたけど。

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