ホウズキ
※服装がボロボロになってるヤマネを見かねたコモドが、馬車に収められてあった予備の『火竜騎兵』の軍服を彼女に貸して着させました。
その軍服は、タイプはドレスジャケットで、黒と赤を基調にしていた。
ヤマネ「おぉ~、これが軍服か・・・・・・初めて着た!」
コモド「一番小さいのを選んだんだが、やっぱりサイズが合わねぇな・・・・・・ダボダボじゃねぇか。まあ、野郎が着ることを想定して造られてんだから、当たり前か・・・・・・」
ヤマネ「アザースっ!!」
他の隊員ら(美少女が軍服を・・・・・・彼女がそれを返却した際、こっそり自分が着て彼女の残り香やぬくもりを堪能しよう・・・・・・)
ヤマネ達が村を昼時に出発してから夕方時まで経った時には、彼女らは王都の門前までたどり着く。
もちろん、道中に頻繁に魔物の襲撃を受けていたのだが、その度に騎兵隊が蹴散らしていた。
「ふぁあああああああっ・・・・・・でっけぇえええええええええ。
生前に出会った高層ビル程じゃねぇけど。巨大な建造物を見るのは、久しぶりだな・・・・・・」
王都を囲んでいる城壁を見上げたヤマネは、驚きの言葉を発していた。
この城壁は、彼女【浅間の時は例外】が今まで見た建物より遥かに巨大であり、威圧感を放っていた。もちろん胸壁も備えている。
その城壁の外周には、水が張っている堀もある。
コモド一同の馬車と二頭の騎馬が城壁正門に架かっている跳ね橋に載った後、騎兵隊の若者が手綱を引っ張って馬車を牽引している二頭の馬を停止させた。それに並ぶよう騎馬らも立ち止まった。
馬車から降りたコモドが、王都城壁の旗持ち番兵に身分証と資料を提示し、少しの間番兵からの質疑応答を繰り返す。彼らが王都に入っていいのかという審査が行われているのだ。
(村の出入りより滅茶苦茶面倒そうだな・・・・・・・日本にいた頃の俺では、考えられなかった位厳しい世界・・・・・・まあ、あの首都にある城が潰されれば、この国は終わったも同然だから当たり前だがな。
それより・・・・・・)
ヤマネは、心内にて一喜一憂していた。
(初めての城壁! 初めての跳ね橋! 落とし格子! 生前ハイファンタジーものの創作物を漁った俺としては、生で拝めるなんて夢みたいだ・・・・・・王都はどんな風になっているかな? うわっ楽しみ・・・・・・!
ハァ、なんで初めての王都訪問が、冤罪による護送なんだろぅ・・・・・・一気に萎えてきたわ。無罪を証明できるのか? 俺)
コモドとの会話を終えた番兵は、後ろを振り向き、門塔の出窓に向かってアピールするよう持っていた旗を振る。
すると下ろされて門を塞いでいた落とし格子が上がり始めたのだ。
どうやらあの旗は、出窓で待機している人に合図を送るためのものなのだろう。
完全に開いた門を、コモド一同が再び進み出して潜る。
テンションが低くなったヤマネが、王都の町並みを見るやいなや再び興奮した。
城郭都市である王都『ラットボン』の概ねの特徴。まず建物同士が村よりも密集している。
高層広大敷地の建造物も少なくない。大通りも小道も路地裏も石畳できちんと整地されていた。
茅葺屋根の家が極端に少なく、ほとんどの屋根が木製やレンガの瓦でできている。
民家の建築物の比率として木骨造→石造→レンガ造→木造→石灰石造の順で多い。
井戸も多く点在していた。馬車や人の往来の流れも激しい。人口と人口密度が村よりも桁違いに高いことは、言うまでもない。商店街も発展していた。北と南端にはだだっ広い畑と林が広がっていた。
「やべぇ! 東京と比べたらしょぼく感じるけどやっぱりやべぇとしか言いようがないぜっ!」
ヤマネの言葉に、クルナートンが首を傾げる。
(『トウキョウ』・・・・・・? 耳にしたことが無い地名だ。ボクはこの国はもちろん近隣諸国の地名についても完全に熟知している。ましてや彼女が言った言葉の文脈を読む限りこの都『ラットボン』以上に繁栄しているらしいから、知名度がかなり高いはずだ・・・・・・ますますボクが知らないわけが無い・・・・・・まあ、フィクションとかに出てくる架空の町かもしれないが)
コモドに尋ねるヤマネ。
「なあ・・・・・・王都の奥にあるでっかくて立派な建物・・・・・・あれ、もしかして王城?」
彼女の様子に呆れるコモド。
「そうだよ。そこが目的地・・・・・・ってか、自分が護送されていること忘れてんじゃないよ。
初めての首都訪問で騒ぎたい気持ちも分からなくは無いがな」
ヤマネの視線先には、円錐の屋根がある主塔と胸壁を備えている外殻塔などの建造物が密集するようそびえ立っていた。この国の王城は、王都の奥寄りの中央に位置する。
かなりの時間、馬車と騎馬らが街中を通り越し、低い丘の坂道を登った後、彼女らは例の城までたどり着く。
王城を直接囲っている城壁の門は、町のそれより遥かに厳重に警備されていて、騎兵隊隊長であるはずのコモドですら入城の審査と持ち物検査は慎重に行われていた。
ちなみに護送のための入城なので、正門からでなく裏門から入っている。【王族や高位貴族と容疑者が鉢合わせしないためです】
王城の敷地内には、庭が広く、緑も多い。その庭には、小さめの泉もあった。
主塔とは離れた棟の前に、馬車と騎馬らが停まる。
「よし、お前ら降りろ。今から地下にいる接触感知術者班の元まで案内する。
王城の中を探検できるんだ。貴重な体験だぞ?」
コモドと騎兵隊一員がヤマネ達をあの塔の内部へと連行する。
他の隊員はというと、騎兵隊の若者は、馬車に残って馬車置き場まで運転し、残りは、二頭の騎馬を馬舎まで誘導した。
例の塔内部には、床には地下に通じる螺旋階段あり、コモド一同が降りる。
螺旋階段及び地下道一帯が、閉塞的な空間で、かび臭く、空気が冷たく、湿気も高く、全体的に暗い。
それと階段出入り口付近の天井には、青い水晶がはめ込まれてあり、進むヤマネ達の顔を映してあった。
階段・通路の光源は、等間隔に壁に掘られた窪みに置かれてる皿型燭台に立てられている蝋燭の火である。
「ふと思ったんだけどさ・・・・・・王城って、王様が住んでんだろ・・・・・・?
なんで危険人物であるはずの犯罪者や捕虜をその城の地下に、わざわざ収容するんだ・・・・・・危ないだろ。離れた場所にそいつらを収容した方が、良いんじゃねぇか?」
「確かにお前さんの言うとおりだな。だがな、この国の兵力が一番集中しているとこも王城だ。
有事の際に、地下牢の脱走者や侵入者を数の利に任せて潰し、お偉いさんらを効率的に堅守・避難誘導できるメリットがある・・・・・・だから、結果的に安全なのさ。個人的な意見としては、やっぱりお前さんの考えに賛同したいがね。
それと他にも理由がある。いやこれこそが一番の目的なのかもしれないがな」
「・・・・・・どんなのだ?」
コモドと何気ない会話を交わすヤマネの視界端に、彼女にとって目を背けたくなるような、しかし絶対無視できないものが、開けっ広げの部屋の内にたくさん収納されている。
「王族や貴族共が犯罪者や捕虜をいたぶったり殺したりするのを手軽に楽しむため、わざわざ自分の居館近くに牢屋を備えた」
ギロチン、鞭、三角木馬、錆びだらけのノコギリ、両側に二股の刃があるフォーク、針だらけの椅子、アイアンメイデンなどの死刑執行用の道具や拷問器具、ロープや鎖が、ヤマネの視線先にあった。
それらを目撃した彼女は、自分がもし国から犯罪者と認定されてしまえば、後でこれらの餌食になってしまうのではないかと、心の底から怯えて恐怖した。
彼らが少し地下通路を進んだ時に、向かい側から女性が歩み寄ってきた。
コモドが、被っていた軍帽を外して彼女に軽く挨拶する。
「ザクロさん。こんにちは」
「ええ、こんにちは。それとももうすぐ日暮れになるのでこんばんわになるかしら?
この前、うちのとこのコヨーテさんが、そちら様にご迷惑をおかけしましたわね・・・・・・」
「ハハハハ・・・・・・お互い様です。こちらもあの時は、大人げない対応をしたと思います。後日そちらに改めてしっかりお詫びしたいと考えております。
今、容疑者達を尋問室まで連行していますから、私達はこれで・・・・・・」
「あら、ご多忙な時に引き留めてしまいましたね。では私も失礼致します」
ザクロと呼ばれた女性の特徴。年齢は二十代後半。高身長で巨乳。髪型は青紫のロング。
彼女からは、おっとりとした雰囲気を醸し出しているが、その中に色気とクールさを隠れて滲み出していた。
服装は、黒を基調としたロングドレスを身に着けている。
その服の胸元に、白い糸で、梟の紋章の刺繍が施されてあった。
頭には黒いネット付きの黒帽子。
皮ブーツを履いている。両耳に、ホウズキをモチーフにしてる黒一色のイヤリングを着けている。
そして月のマークが刻まれた指輪をはめていた。
ザクロとコモド達がすれ違う。その際、ザクロとクルナートンが、同時にお互いの様子を一瞬だけ流し見した。彼女らは、初対面。
ザクロと別れて少し経った後、コモド達は、目的地である尋問室までたどり着いた。
尋問室は、この棟には最大三部屋あり、それぞれの室内に接触感知術者班が待機している。
「室内に接触感知術者がいる。クルナートンは隊員と、ヤマネは俺と共に各々入室するぞ。
決して、相手方に失礼の内容にな。相手の機嫌次第では、例えシロであったとしてもクロと判定するから」
(『サイコメトリー』って、触れた相手の過去を探る能力の事だろ。『接触感知術者』はつまりその能力を行使できる人って、わけか・・・・・・)
早速ヤマネは、コモドと共に尋問室に入った。
床や壁は石造だが、天井だけは木造で構成された部屋だ。
この部屋の中央に四角卓が置かれ、それの前後に一つずつ席が用意されている。
奥側の席に座っている老婆が、にこやかにヤマネが席に座るよう促す。
「あ・・・・・・失礼します・・・・・・」
(朗らかそうな人だな・・・・・・正直ちょっと安心する)
ヤマネは、生前の高校入試に行われた面接の事を思い出しながら、出入口側の席に着いた。
彼女の背後に、コモドが両腕を後ろに組んで立っている。
老婆がヤマネの服装を黙って眺めた後、口を開く。
「今回は、あんたんとこの兵隊さんの過去を知りたいのかい? コモドさん・・・・・・」
今、ヤマネが軍服を借りて着ているので、老婆は彼女の事を『火竜騎兵』の一員だと勘違いしている。
老婆の言葉に驚いたコモドが、慌てて否定し訂正する。
「いえいえ、ボタンさん違いますよ。彼女は件のテロリストと共謀している容疑で逮捕された容疑者で、今回貴方に彼女の過去を探ってもらいたくて参りました」
「なるほど、早とちりしてしまいましたね・・・・・・では、お嬢さん。腕をこちらの方まで伸ばしてくださいませんか?」
ボタンと呼ばれた老人の言葉通り、ヤマネは包帯と拘束用ロープに巻かれた両手を机上に置いた。
それにボタンが自分の手を重ねる。
とくに接触した際に、何かが輝いたり震えたりする特異な現象は、起きなかったが、老婆はヤマネの過去の情報【対象と対象の周囲の景色・音声】を数週間分きっちり感じ取ったのだ。
ヤマネが猛獣や魔物から必死に逃げていること、ハクビや狼男を撃破したこと、クルナートン戦にて村の財産であるハーブを大量に盗み食いをし、家宅や畑に火を放ったこと、旅立ちの際に家族や恩師や知人達と別れの挨拶をしていることなど・・・・・・。
少しの間、目を瞑って黙っているボタンが目を開き、重ねていたヤマネの両手から自分の手を離す。
真面目な顔になったボタンが、探ったヤマネの情報を口にした。
「分かりました。ヤマネさんは、確かに例の村で農作物を無断で食したり、家宅や畑に故意に炎魔術を放ちました・・・・・・」
彼女の言葉に、ヤマネは自分の背骨の奥や臓器が凍り付いたと錯覚した。
にっこりと笑うボタン。
「しかし、それらは全てクルナートンさんを倒すため、生き抜くためやったことです。
全部正当性のあることでした。
そのことで彼女を責めて罰を下すのは、ワタシは間違っていると思います。
むしろ、勲章を授けるべきです。もちろん、彼女はテロリストの仲間では、ありません」
「もぉおおおおっ! 紛らわしいんだよぉっ!! 本気であたし終わったと思ったじゃんかっ!!」
恐怖から解放されて安堵したヤマネの手の平に、ボタンがしわがれた両手で包む。
「恐ろしい魔王軍団員やカルトテロリスト、魔獣の群れなど、貴方は、ワタシでは到底乗り越えることができない程の過酷な道のりを歩んできたのですね・・・・・・貴方は良くがんばりました。誇って良いのですよ・・・・・・」
「ボタンばあちゃん・・・・・・」
目元に雫を溜めているヤマネの肩を、軽く叩くコモド。
「誤認逮捕して悪かったな。お前はこれで無実放免だ。
わざわざこんな辛気臭いとこに連れてってしまって頭が上がらないよ。
さあ、こんなとこに出ようか。なんならうちのとこの隊員に頼んで、お前さんを前いた村まで馬車で帰してやろうか?」
「いやいや、本来あたしは、王都に行くため旅していたので、結果的に目的地に楽にたどり着きました。いやぁ、馬車で移動すんの楽だな」
「護送を、辻馬車扱いすんじゃないよ」
「すみません、隊長」
ヤマネの頭を笑いながら軽く小突くコモド。
「いつから俺の隊長になったんだ。お前は・・・・・・まあ、その軍服似合ってんぞ、かなりダボダボだがな・・・・・・。
さて、俺達は、これで失礼しますよ。ボタンさん、ありがとうございます」
「ありがとうございますっ!! ばあちゃんのおかげで助かった・・・・・・!」
「はいはい。役に立ってうれしぃわ。次は尋問ではなく、パーティーの時でもお会いしましょう?」
頭を下げたヤマネ達は、尋問室を後にする。
その部屋に残されたボタンは、冷淡な口調で誰かに向かって呟いた。
「『梟』のお方、今までの話は聞いていましたね・・・・・・?」
今の彼女には、朗らかな雰囲気は消え失せていた。
「はい、一言一句聞き零していません・・・・・・ボタンさん、ご命令を・・・・・・」
天井裏から一人の女性が、くノ一みたいにボタンの背後まで降りてきた。
彼女は、胸元に梟の紋章が刺繍されているフード付きの服を身に着けていた。【コヨーテやザクロとは別の騎士】
「ヤマネさんを危険人物リストに加えといて下さい。あと、少しの間彼女を尾行して見張って下さい。
もちろんバレないよう気をつけて。
あと彼女がシロだと確定した場合、尾行は切り上げてください」
「彼女に何か問題でもありましたか?」
「前日ヤマネさんは、クルナートンさんの発言に対し共感していました。
今の彼女は、決して犯罪者ではありませんが、後々彼と同様の宗教関連のテロリストになる可能性を否定はできません。危険分子を見逃すことはできない・・・・・・」
首を傾げる『梟』の一員。
「ではなぜ、先程ヤマネさんの潔白を証明したのですか?
代わりに彼女を犯罪者に仕立て上げれば、確実に危険の芽は潰せます」
しばらく黙るボタン。その後彼女は答える。
「あえてヤマネさんを自由にすれば、後に彼女は自分と同じ危険思想を持っている同胞と接触するかもしれない。その時にまとめて検挙した方が、上策だと私は思います」
「成程、たしかにその通りですね・・・・・・それでは、ワタクシはこれで・・・・・・」
そう言った『梟』の一員は、煙のようにフッと消えて去っていった。ヤマネの後を追うのだろう。
今度こそ一人ぼっちになったボタンは、天井を仰ぎ見、自分の孫のことを思い出しながら呟く。
「会ったばかりの人に、情が移ってしまいましたね・・・・・・本来は、嘘を吐いてでも危険分子を確実に捕まえなければいけないのに・・・・・・役員失格かしら?
ヤマネさん・・・・・・どうか、道を踏み間違えないで・・・・・・」
最近改稿した時期は、2022年2月8日。