護衛付き送迎
※最近改稿した時期は、2021年9月8日です。
ヤマネは、昼時になるまで目を覚まさなかった。
魔力や体力が完全に枯渇し、体の感覚が鈍る程疲労が溜まっていたので無理もないのだが。
鋭い朝日の光が自分の瞳に差しかかったヤマネは、片目をこすった後目が覚める。
「んん・・・・・・ん?」
自分の両腕に圧がかかるような違和感を受けたヤマネが、手元に目を向ける。
記号が刻まれているロープでぐるぐる巻きにされた自分の手首が見えた。
それの記号の持つ効果として、接触した者の魔術行使を封じるものがある。
他には、誰かが手当てしてくれたのだろう、彼女の体中にいつの間にか包帯で巻かれて処置されていた。
「な・・・・・・何これ?」
「動くな・・・・・・」
ヤマネの額に、金属製の筒の先端を触れないようかざしている軍服姿の若者が立っていた。
彼の軍服の胸元には、火竜の紋章が刺繍されてある。
金属製の筒を寝転がったまま見上げたヤマネは、息を呑んだ後呟く。
「ラ・・・・・・ライフル?」
「ふむ。ただの一般人が、銃火器という存在を知っているとは珍しいですね?
これは、カービンと呼ばれる小銃で、他種と比べて軽く短い特徴を有します」
顔を赤らめてヤマネの体をじろじろ見下ろしている若者は、一回咳払いした。
「自分は、特殊騎士『火竜騎兵』の一人です。
貴方には、テロリストであるクルナートンと共謀している容疑がかけられています。村外に停めてある馬車までご同行お願いできますね・・・・・・?」
彼の言葉に、ヤマネは素っ頓狂な声を上げた。
「共謀!? え? 何、お前・・・・・・俺、あたしとあの偽門番が仲間だと勘違いしてないか!?
この周りの惨状を見ろ! 家や畑が焼け焦げ、クレーターができ、そしてあたしとあいつはボロボロ・・・・・・こんなのどう考えても悪事を働いたあいつを倒すため、あたしが昨日の夜奮闘したとしか、思えねぇだろ・・・・・・っ!!」
「そうですよっ! 器物破損したのも家宅や畑に放火したのも、彼女がやったことですっ!!
あ、それと紫ハーブを盗み食いしたのも・・・・・・!!
彼女も犯罪者だっ!! ボクがこの目で見てきたから間違い無しですっ!!」
ヤマネ達から少し距離が離れた場所から、彼女と同じく拘束されたクルナートンが、にやけながら喚き散らしている。
「一緒にすんじゃねぇっ! そもそも偽門番が村の乗っ取りなんかしなければ、あたしもこんな犯罪行為をする必要も無かった!! 兵隊さん。逮捕すんならこいつだけにしろっ!!」
「うははははははっ・・・・・・こうなれば、道連れです。同じタロットを憎む者同士仲良くしましょうよ・・・・・・」
「おま・・・・・・夜中で高尚なボクと幼稚な貴方と同列に語るなと言ったのは、どこのどいつd・・・・・・」
乾いた銃声が一発空高く響いた。
若者が、地面に向かって弾を発射したのだ。撃たれた場所と銃口から硝煙が噴出していた。
発砲音に驚いたヤマネ達が、口を閉じる。
「王都には、対象者に接触しただけでその者の過去の情報を取得できる能力を持つ接触感知術師が在籍しております。
自分の潔白を弁解する必要は、ありません。それで全てわかるのですから。
本当に自分に非がないとおっしゃるのであれば、大人しくご同行を・・・・・・。
特に、ヤマネさん。貴方は、金属アレルギーを有している情報を、『梟』のメンバーから伺っております。銃器を扱う我々とは、相性が悪いことは貴方自身が重々承知のはず。無駄な抵抗は、自身のためにはなりませんよ」
(コヨーテさんから俺の情報が漏れたってことか・・・・・・確かにいろいろこの村でやらかしたが・・・・・・全部やむを得ない行為のはずだ。接触感知術師もあたしの正当性を分かってくれるはずだ・・・・・・だよな?)
若者の説明を聞いたヤマネは、不安に苛まれながらも大人しく首肯する。
しかし彼女は、立ち上がろうにも片足の骨が折れているため上手く立てない。
「あ~・・・・・・どうしよう。夜中に偽門番の杖の打撃を蹴りで防いだからか、右足に怪我ができてしまってたんだな・・・・・・兵隊さん。ちょっとあんたの肩貸してくれよ」
ヤマネの言葉に、耳と顔が真っ赤になった若者が狼狽した。
「え・・・・・・そんな、衣服が乱れている女性との接触なんて・・・・・・ってか、何て破廉恥な恰好をしているんですか貴方っ!!」
確かに彼の言うとおり、今の彼女の様子は、自爆魔術を何回も行使したせいで、着ている衣服が所々破れてしまい、パンツとブラが露出されていた。
(何だこいつウブか・・・・・・? それじゃあ、俺を治療してくれたのは誰だ? この童貞っぽい奴に見知らぬ女の肌に触れる度胸も無さそうなのに・・・・・・)
「『火竜騎士』は、現在全員が野郎で構成されている騎士隊でな。
その上平の隊員には、恋愛禁止の規則もあるもんだから、こいつらは基本女慣れしてねぇんだ」
クルナートンの横にいる一人の壮年の男性が、ヤマネに話しかける。
もちろん彼も、着用している軍服の胸元に、火竜をモチーフにした刺繍が施されてあった。
「助かりますコモド隊長。貴方も隊長に感謝して下さい。その怪我の処置も、彼がしましたから」
コモド クロムウェル。
『火竜騎兵』の隊長を務めている男だ。
彼は、所々破けているヤマネのリュックを持ちながら、彼女達の元に歩み寄る。
「肩は俺が貸してやるよ」
歩み寄る途中、彼女のリュックから、少し破けている本が零れ落ちた。
それは、コヨーテが自作した『マイナー武器・魔術のススメ』であった。
若者が、その本の著作名を目にかけた途端、片手を自分の顔に覆った。
その本を見下ろしたコモドは、少しの間立ち止まり、次に拾うどころか、それを何度も激しく踏みつける。
「あの懐古厨がぁああああああああああああああっ!! 何がマイナー武器だっ!! ブーメラン? 太古の魔術? どれもこれもカビの臭いが漂ってんだよ古臭ぇぇええええええんだよチキショウっ!!
いっちょ前に本なんか偉そうに出しやがってっ!!
古いものより最新式のものの方が、洗練されてて優れているに決まってんだろぉおおがよぉおおおおおおお!!」
「あああああああっ!? あたしの恩人からもらった大切な宝物に、一体何してくれてんだてめぇえええええええっ!!」
「隊長止めて下さい! それ一応容疑者の持ち物ですから、手荒に扱わないで・・・・・・ああ、もうコモド隊長のコヨーテさん嫌いも困ったものですよ・・・・・・」
とりあえず若者が、コヨーテ著作の本とリュックを拾う。
それから紆余曲折あってコモドの肩を組み合って例の馬車の元までゆっくり歩くヤマネ。
もちろんクルナートンも、必死に抵抗されながらも他の隊員に連れられていた。
馬車の近くまで歩いたコモドが、不機嫌そうなヤマネに向かって呟く。
「なあ、女の子に密着しているはずなのに、胸の柔らかさの感触が俺に全く伝わってこねぇんだよ。
どんだけ控えめなんだ? 本当は、男なんじゃねぇのお前?」
「もぉおおおおおおおっ何なんだよあんたはっ!! 胸のサイズに悩む世間の女達の気持ちが段々分かって来たぞ。ってか、普通にセクハラ発言だろそれぇええええええええっ!!」
ヤマネとクルナートンとコモドが、馬車の荷台に乗る事なる。馬車の手綱を握るのは、『火竜騎兵』の若者。
他の騎兵隊のメンバーは、馬に騎乗した。
やっと彼らは、王都に向かって無人になった村を出発。
ちなみにヤマネは、逮捕されているにもかかわらず、初めて乗る馬車の荷台に軽く興奮していた。
馬車に揺れながら、ヤマネは心配する。
(今走っている道は、危ない魔物がうようよ徘徊している林道だ・・・・・・あたしが受けた祟りのせいで、馬や軍隊共も巻き添えになっちまうかも・・・・・・そもそもこいつら強いのか?
それより・・・・・・)
「馬車に乗ってたら、尻が痛ぇんだけど!? 何とかならねぇのか!?」
そう、彼女らが乗っている馬車には、サスペンションなんてものはないのだ。
おまけに今その場所が走っている林道には、コンクリートや石畳が敷かれていなく、小さい石と浅い窪みが点在している。この道が凸凹しているから馬車は頻繁に揺れていた。
馬車が揺れるたび、その時生じる衝撃が彼らの尻や足裏にもろに響くのは、当たり前である。
出発してから少し時間が経った後、騎乗している方の隊員の一人が、叫ぶ。
「隊長っ! 狼の群れが前方から現れました・・・・・・こちらに向かっておりますっ!!」
後頭部に両腕を組んで寝っ転がって欠伸しているコモドが、半ば呆れたように命じた。
「ワンちゃんごときにいちいちこっちに報告してきてんじゃねぇよめんどくせぇ。鉛玉で黙らせろ」
馬に騎乗してる方の騎兵隊二人が、装備しているカーボンを構える。
次に彼らは、林道にて立ち塞がる狼共の内、前方にいる二体の額めがけて銃口の狙いを定めて撃鉄を起こし、慣れた手つきで火皿に点火薬を入れ、そして引き金を引く。どうも弾込めは、事前にしていたらしい。
まさしく洗練された動きであった。
馬に乗って標準が狙いにくいにもかかわらず、彼らの銃から発射された弾は、前方にいる狼達に無事命中。撃たれた奴らは、力なく倒れる。
しかし・・・・・・。
「まだ十頭位いるぞ! どうすんだよ!?」
ヤマネの言うとおり、まだ狼達は、残っている。
ため息をついたコモドが、呟く。
「ただ鉛玉を喰らわせただけで終わる訳ねぇだろ・・・・・・」
次の瞬間、倒れた二頭の狼の弾痕から大電流高電圧の雷が放出されて辺りを駆け巡り、近くにいた別の個体全体を焼き殺したのだ。
馬車と騎馬二頭が、死んだ狼達の元にたどり着く頃には、その雷は完全に止んでいた。
「脅威となる狼の群れ・・・・・・完全に排除したことを確認しました・・・・・・っ!!」
驚いたヤマネが、声を出す。
「この銃・・・・・・弾に魔術でも付与してんのか? それともそれ自体が魔道具なのか?」
項垂れているクルナートンが彼女の独り言に、口出しする。
「その答えは、魔道具の方だと思いますよ?
そもそも魔術を付与する才能でも持っていたら、普通に高火力の発射系の魔術でも行使すればいいだけの話。
攻撃する度に複雑な手順が必要な鉄の筒よりは、そっちの方が効率的なはずですから。
・・・・・・剣技や弓矢、そして魔術の才に乏しい落ちこぼれ達で構成されている騎兵隊が、この国にあるという噂は、本当でしたね。
何が『火竜』ですか・・・・・・騎兵名にドラゴンの単語を拝借するのもおこがましい・・・・・・」
クルナートンの挑発的な言葉に、騎兵隊隊員は、明らかに不機嫌になり、隊長であるコモドは、静かに奴を睨む。
「隊長! 今度は、後方から巨躯なキマイラが接近しております!」
「何だ何だぁ? この短時間に二回も襲撃を受けてる・・・・・・不自然だな?」
背後を振り返った一人の騎兵隊の視線先には、上半身がライオン・下半身がヤギ【背中からヤギの頭部が生えてある】・尻尾が大蛇で構成されている合成獣・・・・・・キマイラが、口から火の粉をまき散らしながら、驚異的なスピードで彼らに迫り来る。
「Dクラス上位のモンスターねぇ・・・・・・部下共には、荷が重いか。そいじゃあそろそろこっちも重い腰を上げるとしますか・・・・・・」
寝転がったコモドは、起き上がり片膝を立てる。その時、彼はクルナートンを流し見ていた。
「『火竜』の咆哮って奴を再現して見せつけてやるよ・・・・・・」
そのキマイラが、自分の口からヤマネ達が乗っている馬車めがけて超高温の火炎を噴出。
火炎は容易くその馬車を丸呑みにするほどの体積を有していた。
まともにその攻撃を受けてしまえば彼女らは、炭しか残らないであろう。
フリントロック式のマスケットを構えたコモドは、騎馬に騎乗している隊員よりも桁違いに速く発砲準備を済ませ、標準を合わせるため銃身を上に傾け、津波のように迫り来る火炎に向かって躊躇いも無く弾丸を一発放った。
銃口から閃光が瞬間的に迸る。
その弾のスピードは音速を軽く超え、火炎を潜り、そしてライオンの方のキマイラの額に見事命中した。・・・・・・それだけで済むことは無く、奴の体内を減速することなく貫通し、そのまま空目掛けて飛来する。
ちなみにキマイラが放った火炎は、発射された弾から生じた衝撃波によってかき消されてる。
※その頃、ヤマネ達から地球単位で25キロメートル離れた地点の上空。
雲の上で、狼男を乗せた大鷲が飛来していた。
「さて、例の嬢ちゃんはどこにいるさかい・・・・・・? やっぱり大きな人間の町の方に向かっているんかいな。
べっぴんさんの女神からもらった絶大な力を早く試したいんやけどなぁ~。
大鷲君の場合は、タロット君から二回もパワーアップしてもろたはずやな」
狼男の言葉に、鳴いて返答しようとする大鷲に異常事態が起きる。
大鷲の首に銃創ができた・・・・・・そう、コモドが発射したものが、流れ弾になって大鷲を襲ったのだ。そのままその流れ弾は奴の体を貫き、そして。
「は・・・・・・? 一体どこから来たんや? 攻撃が・・・・・・誰、が・・・・・・」
遂には狼男の腹部を深く穿ったのであった。
死亡した大鷲と狼男が、落下する。
※ヤマネ達の方へと視点を戻します。
あっけなく倒れたキマイラを見たヤマネとクルナートンは、呆然として口を開けていた。
「先程の射撃は・・・・・・大方、飛来物に硬度と速力を与え、射程の限界を伸ばす魔術でも付与されているのでしょう。攻撃した際に起きる反動も恐ろしいはず・・・・・・」
ヤマネは、ハクビ戦のことを思い出す。
(こいつ・・・・・・コヨーテさんを想起させるような強さを持っているのか・・・・・・!?)
コモドの戦闘を眺めたクルナートンが、残念そうに自身の思いを冗談気味に口にする。
「なぜ、昨日あの村に訪問してきた方が、よりによってヤマネさんだったのでしょうか?
もし代わりに来たのが、コモドさんでしたのなら、今頃ボクは捕まってなどいない。
だって、そうでしょう?
彼の実力をアンデットの瞳を通して遠隔視したのであれば、ボクは一目散に逃げていたはずですから・・・・・・」
※ ※ ※
「陛下・・・・・・刺客のキマイラが敗れてしまいましたね?
如何致しましょう? この私めが、ヤマネ達を殲滅致しましょうか・・・・・・?」
「いや、必要無いニャン。ハクビさん」
ヤマネ達を護送する馬車が通過した林道をよく一望できる山の中腹の崖上にて、一人の男性のケンタウロスと一人の女性が立っていた。
陛下と呼ばれている彼女の特徴は、貴族の男性用の衣装を身に纏っていた。
灰色の毛並みを有する猫を擬人化したような姿をしている。
そう彼女の種族は、今の状態に限りケットシーと呼ばれる妖精である。
「では、なぜキマイラを襲わせたのですか・・・・・・エリファス陛下?」
ケンタウロスの男・・・・・・ハクビは、自分より小柄なエリファスを畏れながら尋ねる。
「証明したいからにゃ。キマイラがパワーアップした状態で自然に蘇生されるか。
まあ、忠誠心が高いハクビの言葉をワタシは疑いたくはないがにゃ。
しかし、『気が付いたら、冥界にいて、女神様から蘇生された』なんて荒唐無稽な出来事をそのまま鵜呑みにできないにゃ」
エリファスが、返答する。
「成程・・・・・・確かに直接確認できなければ、信じられませんね」
「ハクビさん・・・・・・済まにゃいね」
「はいっ!?」
いきなり自分のボスから謝罪を受けたハクビは、驚きを隠せない。
「本当は、今すぐにでも自分を追い詰めたヤマネさんに復讐したいはず・・・・・・しかしアタシの策略には、どうしても彼女が必要。悪いけど、君が彼女を倒すことを認めることは出来ない・・・・・・」
「陛下。このような雑兵に謝罪の言葉など不要です。
私は陛下に仕える身・・・・・・陛下のためならば、どのような命でも私は喜んで従います」
「それは良かった。彼女は、トガルポル国侵攻達成の鍵になるかもしれませんからね。
あのキマイラが蘇生された状態で確認できれば、ハクビさんが体験した『ヤマネの味方に殺害された相手が、冥界にて彼女を憎んでいるタロット様から力を授かり、安全に蘇生される』ことが本当の事だと証明できますね・・・・・・」
「ところで、エリファス様・・・・・・ヤマネの故郷であるカスドース村を今から再び襲撃してもよろしいのでしょうか・・・・・・」
「その必要はにゃいよ」
なぜです・・・・・・? と尋ねるハクビにエリファスが占い用のカードを取り出しては見せつけて答える。
「だいぶ前に『春の中期ごろにカスドース村を襲え』という占いの結果を読んだんだ。
もうその時期はとっくに過ぎている・・・・・・今襲っても意味はないと思うよ。
それどころか、ますますトガルポル国が警戒してしまう恐れがあるからね」
(まあハクビさんが冥界時に体験した話とこの占いの結果を照らし合わせてみれば・・・・・・『ヤマネさんが女神様にとって憎い存在だから、旅立つ前に彼女を仕留めろ』という仮説が立てれるんだよにゃ~・・・・・・)
エリファスは、占い用のカードを見下ろしながら独り言を呟いた。
「タロット様、悪いね・・・・・・貴方様が見守るヤマネさんを戦争に利用させてもらうよ」
※コモドがキマイラを討伐した後の話。
若者「そう言えば、魔物や獣からの襲撃は、今回頻繁に受けますけど、賊の姿は、影一つ見当たりませんね・・・・・・?」
コモド「ああ、『梟』の新入りが、ここら一帯の盗賊を殲滅したって情報が、この前こっちにも届いたぞ。それのせいじゃねぇ?」