日暮れ 夜明け
※今更ですが、聖属性魔術や聖水は、アンデットにとって弱点であります。
そして、基本的に聖属性魔術や聖水は、生物のアンデット化を阻害する効果も持ちます。
最近改稿した時期は、2021年8月31日。
闇の霧が晴れ、視界が開けた時に眼前に、クロスボウを得物にしている騎士のアンデットが、空中でもがきながらこちらまで勢いよく迫ってきた。
クルナートンの変身魔術は、少し発動に時間がかかる。そんな彼の無防備な状態を見逃すヤマネではなかった。
ちょっと前にヤマネは闇属性魔術の呪文を唱えながら、矢の装填に四苦八苦しているクロスボウ使いの騎士アンデットの左腕に鞭を巻き付け、ハンマー投げの要領でターンするよう少しの間振り回し、鞭の持ち手を放し、鞭ごと奴を投げ飛ばし、今に至る。
いくら身体に魔力を流して強化しようとも流石に重装備の騎士を、力任せに振り回すということは、彼女の体にとって極めて負荷がかかる事であった。
「重かった・・・・・・やべぇ、絶対明日筋肉痛になる奴だ・・・・・・」
至近距離まで迫り来る脅威に、クルナートンは片方の手の平を前に突き出し、そこから魔術を放った。
それは、突風・・・・・・横から噴き出す大気の激流をもろに受けたクロスボウ使いは、重装甲を身につけているはずなのに紙切れの様に水平線上に容易く飛ばされ、数々の家屋の上を通り過ぎ、村の囲いである石垣を越え、大量の木々の幹と枝を突き破り、遂にはヤマネが夕方時に眺めていたススキ畑の中心まで墜落した。
激突されたススキ畑の方に、深く広いクレーターが出来ていて、クレーター底にいるクロスボウ使いの様子はというと鎧がぐしゃぐしゃに潰れた鉄塊へと変貌し、中身の本体は腐った挽肉になっていた。
「やれやれ・・・・・・いくらボクの部下でも、必要時なら容赦はできませんよ?
まぁどっちにしても、今の姿では、魔術の力量調整なんてできませんから、ついやりすぎてしまいますがね」
風属性の魔術を解除し、剥き出しになってる左手の平の骨を軽く横に振るクルナートン。
ヤマネを見下ろしている彼の今の姿は、もう人間と呼べるようなものでは無かった。
「ずいぶん脆そうな姿になったな。てめぇ・・・・・・その姿が上級アンデット リッチって奴か」
リッチ・・・・・・アンデットの中でも魔術に詳しく、膨大な魔力を持ち、絶大な力を有する知的モンスターである。
変身したクルナートンの特徴は、全身の肌と臓器と筋肉がほぼ溶解し、一滴も残らず血液が蒸発しており、骨を露出させている。
両方の目玉が消失し、ぽっかり空いた眼窩が外を覗いている。魔力で生み出された焦げ茶色のマントを羽織って自分の体を包んでいた。
「その通りですよ。ちなみに姿だけではなく行使する魔術のレベルもリッチと同格と考えた方が良い・・・・・・ん? 煙幕魔術の呪文かい、それは?」
村の鎮火が術の豪雨により完了されたことによって、消火活動で手が離せなかったアンデット達の最優先事項がヤマネ討伐へと戻る。奴らがヤマネめがけて群がろうとするタイミングで、彼女は早口に詠唱し終えた。
白い煙が、ヤマネの足元から大量に噴出し、短時間で数多のアンデットや近隣の家屋を術者含めて呑み込んだのだ。
「先程の風属性魔術をご覧になってないのですか? あんなもの、簡単に吹き飛ばせま・・・・・・」
「いいのか? 暴風じみた突風でも起こせばてめぇの子分達も巻き添えを喰らうことになるぜ・・・・・・今の状態じゃ、魔術の力量調節なんか出来ねぇって、お前が言ったことだが・・・・・・?
これから来るだろう騎士隊にでも備えるため、一人でも自分の兵を残しておきたいんじゃねぇのか。ん?」
煙の奥から発されたヤマネの声に、クルナートンは歯ぎしりした。
「小賢しい・・・・・・」
(確かに発射系の魔術を使えば、手加減できずに彼女だけでなく配下にも巻き添えを受けてしまいますね・・・・・・。
無能の騎士を吹き飛ばしたのは『自分の部下すら場合によっては攻撃する』という情報を敵の意識に植え付けるためのアピールだったのですが、当の彼女は、かまわずボクの部下を人質にするつもりか・・・・・・。
あからさまにボクを誘ってますが、絶対彼女に近づくつもりはボクにはな・・・・・・は?)
自分の手元に違和感を受けたクルナートンは、見下ろした。
視線先には、いつの間にか質量を持った闇のロープが蛇みたいにひとりでに動き、勝手に指輪を彼の指から外しては絡みつき、そのままちょこまかと高く跳ねてヤマネの元へと向かおうとする。
「あっちょっこら・・・・・・あっ!」
クルナートンは、掠め取られた指輪を取り戻すべく焦って闇のロープを掴もうとするも全て避けられてしまう。遂には、それが、広範囲に拡散した白い煙の奥へと向かってダイブし、消えていった。
実はヤマネは、先程クロスボウ使いの騎士アンデットを鞭で振り回す際、あらかじめ魔力で生成した闇のロープを奴の鎧の隙間に忍ばせていた。クルナートンが突風を起こす寸前で、それは、投げられたクロスボウ使いから離脱し、屋根の裏側に張り付いて忍んでいた。
闇属性の魔術は、夜中に溶け込み敵に発見しずらくなる上、クルナートン自体が索敵魔術が不得手なので直接それに触られるまで彼は気づけなかったのだ。
唖然としているクルナートンに、今は姿がろくに見えないヤマネの声が彼の視線先の煙の方から微かに聞こえてくる。
「なんだこの指輪? 試しにはめて見たけどサイズが合わなくてきついな・・・・・・」
「何を異教徒の分際で、無断でオテン様のシンボルアイテムを手垢まみれの指で触れているのですか小娘がっ!!」
激高したクルナートンは、自分の手元まで一本の杖を空間の狭間から取り出した。
物を自分の元に取り寄せるアポート魔術は、テレポート魔術と違って比較的簡単である。
その杖は、杖頭に人の頭蓋骨をモチーフにしたものを付けているデザインをしていた。
実はそれは、アンデットしか扱えない特殊な武器である。
「魔杖『スカルセプター』で、直接この手で貴方をアンデットへと変えてやるっ!!」
クルナートンは重力に逆らうよう魔術で宙に舞い、ヤマネと部下のアンデット達がいる煙の中へと突撃した。
実際彼は、無作為に敵の元へと飛び込んだわけではない。
『日暮れ』の効果の一つに、それを一度はめた経験がある人は、それの位置が念じれば五感以外の感覚で捉えることができるというのがある・・・・・・その特性を利用すれば、指輪を持っているはずのヤマネの居場所も突き止めれるはずだ。その上クルナートンには隠密魔術を自分に発動しているから、俄然彼の有利性は揺るがない。
自分の肉眼含めてヤマネ付近にいるアンデット達の視界には、白いもやで満たされていたが、今のクルナートンの脳裏には、指輪の場所がもろばれだ。
途端に状況変化した。ヤマネが繰り出した煙が徐々に晴れ出す。人影が次々姿を現しだしたのだ。
クルナートンは、指輪を持つポニーテールの少女の人影を発見し、彼女の背後を狙って一気に距離を詰め、容赦なく杖を彼女の後頭部目掛けて叩き込む。
『スカルセプター』の効果は、それの杖頭に直接触れた者を、例えアンデット化の耐性を具えていても問答無用でアンデットへと変貌させるものである。
「ふふふはははっ!! どのような聖属性の魔術や聖水で対策しようともこの杖に触れてしまえばもう助かりませんよっ!! これで貴方もボクの部下になれま・・・・・・」
『スカルセプター』で殴られたはずの彼女が、一向に姿が変わることは無かった。
「・・・・・・ボクの配下の中に、ポニーテールの方なんていないはずだぞ・・・・・・??」
だって、最初から彼女はクルナートンの配下で、とっくにアンデットだからだ・・・・・・。
目前に自分の部下がいることに混乱しているクルナートンの足元の地面がいきなり隆起した。
そこから現れたのは、ロングヘアーのヤマネ。とっさにクルナートンは、ポニーテールアンデットから指輪を奪取し、自分の指に取り付ける。
土埃まみれのヤマネが呪文を唱えながらクルナートンに抱き着いた。
白煙拡散時、実はヤマネは奪った指輪を自分と体形が酷似した長髪の少女の指にはめ、次に自分の髪留めである紐を彼女の後ろ髪に急いで縛り、そして忍者の如く地中に潜ったのだ。
夕方時にアンデットの一体が、ここら一帯を魔術で沼へと変えたので、現在は底ら辺が少し固まっているものの、地表自体はまだかなり柔らかいので人力でなんとか掘ることができたのである。
「その詠唱・・・・・・何を貴方自爆する気なのですか!! 正気なのですか!?」
『・・・・・・爆ぜろ 火薬ではない奔流してる魔力で・・・・・・』
(ふふふ・・・・・・間抜けですね? ボクのはめている指輪のもう一つの効果も知らずに・・・・・・魔術発動後に、貴方は詰みますよ・・・・・・?)
「魔力放射魔術『自爆』っ!!」
『スカルセプター』を振り回すクルナートンに対し、それの持ち手を狙って足蹴で防御しながら、彼にしがみついているヤマネの詠唱は完了した。
彼女から強烈な衝撃波と轟音と閃光が広範囲に轟いた。
体力がほとんど残ってなかったのでハクビ戦のものと比べたら、かなり自爆魔術の規模と威力が低かったのだが、それでも辺りのアンデット達を軒並み吹き飛ばし、近隣の家屋を半壊させ、浅いクレータを生み出すくらいの効力は発揮していた。
もちろん術者本人のヤマネは、気絶こそしてないものの衣服と身体がボロボロになっていた。
クルナートンの方はというと・・・・・・。
「は? え? なんでダメージ受けてるのボク? この小娘自爆魔術に聖属性の魔術を付与してるのではなかったのか!? 指輪の能力が発揮されてない。ボクは今、アンデットになっていて聖属性魔術が弱点になっているんですよっ!! 貴方がもし聖属性魔術を使えなかったり聖水を持ち得なかったら今頃とっくにアンデットになっているはずだっ!! どうなってる!! 答えろ小娘っ!!」
錯乱して言葉をまくし立てていた。彼の骨の体に至る所にヒビができ、マントや服が破れてしまっている。
彼の慌てる様子を隙と捉えたヤマネは、ズボンのポケットに突っ込んでおいた焦げている紫ハーブを取り出し、一気に頬張る。
実は、『日暮れ』の効果には、上記に書かれたもの以外に、『指輪をはめている者は、聖水に対し、完全耐性を得るようになる。
さらに、聖属性魔術及び聖属性魔術を付与している攻撃を受けた場合、その者のダメージをゼロにし、代わりに受けた攻撃のエネルギーを魔力に変換してその者が吸収する』というものもあった。
もし、ヤマネが自爆時に、聖属性魔術を付与してれば、その指輪を身に着けているクルナートンはノーダメージで済んだはずである。
そして、あえてヤマネの自爆を受けてその衝撃を自分の魔力に変換して、高威力の術でカウンターを取り、弱り切った彼女にとどめを刺すのが、彼の立てた作戦であった。
「この指輪の知識を実は前から知っているからあえて、聖魔術を付与してなかったのか!?
それとも、そもそも初めて小娘と出会った時、彼女が提示したものは、本物ではなく偽りの身分証だったとでも言うのかっ!?」
クルナートンの使う術の一つに、フルネームと生年月日を知っている人間をアンデットへと変えて操るものがある。
夕方時に、聖水を所持しておらず聖魔術も会得していないはずのヤマネが、クルナートンに本物の自分の身分証を見せつけたにもかかわらず、アンデット化魔術の餌食になってない。
なぜなら・・・・・・。
彼女は生前に神聖な力を有する女神からアンデット化を中和する効果も持つ聖なる祟りを流し込まれたからだ。
ヤマネを危険に晒すだけのタロットの祟りが、今回に限り、彼女を護った。
まあ、憎いヤマネを図らずも助けてしまったことによって、今までこの世界を冥界から魔術で眺めていたタロットが地団太を踏んで悔しがっていたが。
「もう許しませんよ小娘っ!! 後先なんか知りません! この村全体を一気に氷結させてや・・・・・・いかれてんのか貴様っ!?」
戦々恐々とするクルナートン。
なぜならヤマネが、二回目の自爆魔術を発動しようと詠唱しているからだ。
「我は次元に囚われぬ 思念は足 記憶は地図 あらゆる障壁を越え 距離を省き 示した位置まで歩まず辿れ・・・・・・」
高威力の爆撃を連続で受けたら危ないと判断したクルナートンも、逃げるためのテレポート魔術の呪文を唱える・・・・・・が、近くに転がるレンガを震えてる手で握ったヤマネが、残りの力を振り絞って彼の顎めがけて容赦なく叩きつける。
「グゴッ!? グゴガゴゴ・・・・・・っ!!」
自分の歯が折れて零れるクルナートンは、呪文を言い切る直前に、あまりの痛みに声を出せなくなってしまったのだ。彼のテレポート魔術は失敗に終わる。
ヤマネの詠唱が完了する。
二回目・・・・・・いや今日三回目の彼女の身体から、破壊力抜群の自爆魔術が炸裂した。
土砂が巻き上げられ、彼女達が立つクレーターがますます深くなった。
両膝を地に着けたヤマネから血涙と血反吐と鼻血が微かに流れている。五体満足で済んではいるが、完膚が残っていなかった。口から白い煙を吐き出していた。もう今の彼女は、魔術を発動させるどころか立ち上がる事すら怪我と魔力不足と疲労によってできないでいた。
クルナートンは・・・・・・。
「ざけんじゃねぇぇえぇえええええええええええええっ!! もう許さねぇえぞっ!!」
二回連続爆撃をもろに受けたにもかかわらず、再起不能どころか倒れてなかった。今の彼には、冷静に考える余裕も『スカルセプター』を掴む力も残っていない。
お互い瀕死も瀕死。どちらも微かなダメージでも受けてしまえば気を失うだろう。
力なく俯いているヤマネの背後から、何者かが歩み寄ってきた。
ヤマネは、クルナートンと何者かによって前後に挟まれてしまったのだ。
「騎士アンデット! この異教徒を潰せ!!」
メイス使いの騎士だ。
クルナートンは、残っている自分の魔力を全てメイス使いに注ぎ込み、奴の筋力を限界まで底上げする。
メイス使いは、脇を引き締め腰を低くし武器を構え直し・・・・・・そして主人であるクルナートンの命令通り、渾身の力で容赦なく標的の頭部を狙って長尺高重量の凶器を突き出す。
その一撃は、強固な大岩も粉々に砕ける程の威力を有していた。
ただ、この破壊の餌食になったのは、ヤマネではなく・・・・・・
「ははははははははっ・・・・・・は?」
ヤマネの奥にいるクルナートンの方だった。音速を超えて突き出されたメイスの杖頭が、メイス使いの間合い内の端いたクルナートンの顔面にクリーンヒットしたのだ。
衝突寸前で眼前に迫り来るメイスの脅威に、クルナートンは、呆然としてしまったことにより部下であるメイス使いを制止することすらできなかった。
なぜヤマネは無事だったかというと、彼女が背後からの攻撃に当たる寸前に、危機を察知して回避した・・・・・・のではなく、ただ単に力尽いて横に倒れたからだ。偶然に助かっただけである。
気絶したヤマネの近くで、顔が歪みに歪んだクルナートンが、仰向けでひっくり返った。
次の瞬間、奴の変身魔術が解除され、元の人間の姿へと戻る。
クルナートンの配下であるアンデット達全員は、奴が倒れた後に、体が崩れて塵になった。
魔力で生成された村上空の雨雲が自然消滅。
少し経った後、暗闇を駆逐する朝日が昇り、ヤマネ達がいる村を照らした。
※クロスボウ使いのアンデット騎士が矢の装填する時間がかかった原因は、そもそもクロスボウを使い慣れてないクルナートンが、奴を遠隔操作しているからです。