村の歓迎会
最近改稿した時期は、2021年11月24日です。
「日本の柔らかいパンが食べたい・・・・・・」
ヤマネは、今ホームシック・・・・・・もといワールドシックにかかっていた。
夕日に照らされている野原一面に咲くススキ畑を坂から見下ろしながら、彼女は、座ってクルミパンを食べている。
そのパンは、日本と比べて固くパサパサしているものだ。
革製の水筒で口に水を含むヤマネ。
「この世界の苦味のある水は、少し慣れたが・・・・・・まさか故郷のカルキ臭い水道水が恋しくなる日が来るなんて・・・・・・」
事の経緯として、まず前話で狼男と大鷲を倒したヤマネは、狼男の配下である狼達から身体強化魔術を駆使して迎撃アンド逃亡で対処。
それから少しも時間が経たない内に、緑肌で尖った鼻が特徴的な小鬼であるゴブリン達が森の奥から現れ、ヤマネに欲情し、犯そうとするも、彼女は、鞭の乱れ打ちと踵落としで蹴散らす。
次にヤマネは、鼻は悪いが目が鋭い人食い鳥の群れを遠方から発見し、魔術をとりあえず解除し、そいつらに見つからないよう岩陰や茂みに隠れながら移動。
他にも通常よりも背丈が二倍ほどもある熊や、毒ムカデの大群やイノシシを擬人化したような魔物であるオークの軍団などにも絶え間が無いよう遭遇した。
異様ともいえるヤマネの会敵頻度も、もちろんタロットの祟りの影響のせいだ。
できるだけ魔力を消費しない方法で数々の困難を乗り越えたヤマネは、疲れた体を少しでも癒すため休憩して今に至る。
彼女は、大半の魔物が嫌う匂いを放つハーブの袋をリュックから取り出し、開く。
村から出発した時点では、大量にあった中身がたった数時間程で満タンからの三分の一まで激減していた。鼻が利く狼達やオーク共相手に浪費したからである。
次に地図を開いたヤマネは、安心したように呟く。
「現在地がここススキ通りだから・・・・・・もう少し歩けば村だな! 今日はあそこで一晩程宿を取ろう」
地図とハーブ袋と水筒をリュックにしまい、パンを内頬に詰め込み、勢いよく立ち上がった。
「あ~あ、こんな祟りさえなければ、今頃とっくに目的地である村にたどり着いたはずだったのにな~・・・・・・」
愚痴をぼやきながらも、歩み出したヤマネであった。
地図の情報通り、ヤマネは休憩予定地である村【もちろんカスドース村とは別】の正門前までたどり着く。
実は彼女は、あの村を見かけるやいなや、事前に例のハーブを焚いて自分の体に染みつかせておいてる。
そうでもしなければ、魔物が彼女の体臭を嗅ぎつけ、村内まで強引に侵入してくる恐れがあるからだ。
それは、ヤマネにとってあまりにも認められないことであった。
蜂蜜色の指輪を着けてる村の男性の門番が、おどおどしながらヤマネにぎこちなく挨拶する。
「た、こ、こっこんにちは、た、旅人さん・・・・・・この村には、滞在しますか? それとも移住ですか?」
自分の身分証を見せつけながら、門番の質問に返答するヤマネ。
「こんにちはっす。はい、一日ほどこの村で休ませて頂きますっす」
彼女は、門番の様子に怪しむ。
(なんだこのお兄さん・・・・・・門番のくせにコミュ障か?)
本来門番や関所の兵士は、戦闘能力だけでなく会話能力も必須なはずである。
なぜなら彼らの仕事は、門や関所を抜けたい人達に質問してその人達を通すか通さないかを決めることだからだ。
(まあ、人員不足か何かだろう。過疎地の村だし・・・・・・)
ヤマネの身分証を読み終えた門番は、門を開ける。
「は、はい本人確認できまし・・・・・・った。問題ないです。
ど、どうぞお入りください」
一回軽く頭を下げたヤマネは、村の門を潜った。
「や、宿屋は、この村の中心地にあります。大通りを道なりに進めばか、簡単にたどり着けますよ」
それと と付け足した門番は、今から発言する言葉だけは、流暢に、そして楽しそうに呟いた。
「・・・・・・・ここの村の方達は、旅人達を快く迎えてくれます。ヤマネさんも、派手に歓迎されるでしょう」
サンキューと感謝を述べたヤマネは、門が閉じる音を耳にしながら歩く。
訪れた村の建造物の大半が、レンガの壁と瓦が敷かれている屋根で構成されていた。
村の囲いである石垣の内周には、小麦・大麦そしてこの村の特産物である紫色のハーブの畑が敷き詰められるようあった。
上記ハーブは実は、ヤマネが前に摂取した液体薬品の原材料の一つであり、王都御用達の品である。もちろんそれらの葉っぱを食べれば、すぐに魔力が回復する。
「魔力回復のアイテムは、ぜひ欲しい所だぜ。宿屋にチェックインした後は、ポーション売り場に寄ってみるか・・・・・・それにしても・・・・・・」
辺りを見渡すヤマネ。
いくら探しても人影の一つも見当たらない。過疎地と噂されている村だからといって、まだ夕方で、人間一人も村内で会わないことなどありえるのだろうか。
(村人達は今、集会所にでも集まってんのか? おお、宿屋発見、一人くらいはいるだろう)
しばらくの間歩いたヤマネは、宿屋と書かれた看板がある二階建ての建物前までたどり着く。
勢いよく宿屋の入り口のドアを開けるヤマネ。
ドアに鎖で連結されたベルが微かに鳴る。
彼女は、やっとこの村の人間達と出会えた。
「・・・・・・これは、何のドッキリだ・・・・・・?」
正確には、人間だったモノであるが。
彼らの特徴は、例外なく体の所々に膿があり、着ている服がボロボロで、白目をむいて口から涎を垂らし、血色が尋常じゃない程悪いことだ。
そう、こいつらの正体は・・・・・・。
「アンデットっ!?」
宿屋店内の一階に、詰められるよう大量に集まった動く屍共は、ヤマネが叫ぶタイミングで、彼女めがけて津波の様に殺到する。
「ざっけんなっ!! こちとらどんだけ休みたいと思ってんだ!!」
宿屋から勢いよく飛び出したヤマネは、アンデット達の呻き声を耳にしながら、一目散に駆け抜ける。
幸いなことに、そいつらの移動速度は、生前の時と準拠しているのか、鍛えている彼女にすぐに追いつくほど俊敏ではなかった・・・・・・ただし、創作あるあるであるアンデット特有の鈍足さも奴らにはないのだが。
ヤマネと体格が酷似している長髪の少女アンデットが、一旦走るのをやめて地団太を一回踏む。
次の瞬間、ヤマネが立っている地面が泥状化して、近くに生えてある植木ごと彼女を地中まで呑み込もうとする。
「魔術も使えんのかよ!?」
怒鳴っているヤマネは、傍にある木にしがみ付いて足に纏わりつく泥から強引に引き抜き、次に軽く沈み始めてるこの木を登る。木の枝上まで着いたヤマネは、泥魔術範囲外である隣の一軒家の屋根めがけて飛びつく。
ぎりぎりその家の屋根までしがみ付けた彼女は、息を乱してなんとか上まで上がれた。
足場に利用された長い植木は、短時間で背丈の四分の三ほど地中へと呑まれていった。ヤマネもあの時逃げることに失敗してしまえば今頃生き埋めになってただろう。
呼吸を整えたヤマネは、地表で徘徊するアンデットを見下ろしながら身体強化魔術の詠唱を急いで唱える。
(ただでさえこの村にたどり着く前、魔術をばんばん使っている・・・・・・長時間身体強化するのもきつい・・・・・・)
宿屋にいた集団とは別に、他の建造物らの扉や地中からも次々と新手のアンデットらが現れ加勢する。
その様子は、まさしく屍の海。
ヤマネに向かって手の平を向ける子どものアンデットが一体いた。
「・・・・・・やべ!?」
その子の手の平先の虚空から、冷気を漂わせている氷塊が高速で射出された。
それも、ハクビが射た矢よりも速く。
「土の次は、氷か!?」
身体強化魔術の詠唱を終えたヤマネは、隣の家屋の屋根まで一つ跳び。
当たり前だが膝の筋肉の質も格段に一時的だが底上げしているので、今の彼女の跳躍力も人間の通常の域を超えている。
ヤマネが先程立っていた屋根に、子どもアンデットが放った氷塊が着弾した。人一人軽く包み込むほどの範囲まで結晶が瞬く間に広がる。
それが合図みたいに、ほとんどのアンデットが、冷や汗を流しているヤマネめがけて子どもに続くよう手の平を一斉に向けた。
そして各々発射系統の魔術を繰り出したのだ。
光の鎖・闇の縄・経皮麻痺毒液・瞬間接着の液状セメントなど、標的の動きを止めることに特化した属性の攻撃が、ヤマネめがけて雨あられのごとく降り注ぐ。
液体・気体・化学反応を切り裂ける効果を持つ黒曜石のナイフをポケットから取り出したヤマネは、こちらに迫りくる弾幕をそのナイフで対処しながら建物の屋根から屋根へと次々に飛び移る。
肩に液状セメントが微量に付着し、左腕に闇の縄が巻き付かれたヤマネは、宿屋の屋根まで着き、片膝をついた。
「ああ全く、ぶっ飛んだ歓迎会を催してくれるな、この村の方々は・・・・・・ん?」
軽口を一つ叩いているヤマネは、自分が宿屋の角錐の屋根に上った途端に敵達の攻撃の手が止んだことに気付く。
隙を捉えた彼女は、索敵魔術の詠唱を落ち着いて呟きながら考察する。
(弾の射程圏外まで標的が高所に上がったから、敵が無駄だと判断して攻撃を中断した?
ありえねぇな。あいつらの攻撃の魔術間合いは、デモクリの爺さん以上だった・・・・・・ここまででも余裕で攻撃が届くだろう)
ヤマネの長考は続く。
(てか村人全員が、爺さん以上の高レベルの魔術をホイホイ扱えるなんて不自然すぎるだろ。
大方アンデット共を操っている操屍術者が、奴ら自身の手の平を魔術の起点にしているに違いねぇ・・・・・そしてどう考えてもさっきの門番が犯人として怪しすぎだろっ!!)
『門番を見つけて捕まえる』という案を思いついたヤマネの背後から、何者かが武器を振り落とす。
気配を魔術で捉えていた彼女は、横転して回避。
後ろを向いた彼女は、刺客の姿を瞳に映らせる。
奴は、体格が良く、全身に金属の甲冑を身に着け、ベルトに鞘に納めてる短剣を提げ、自身の背丈を超えるメイスを構えていた。
「おおかたこの村に駐屯していた騎士だなっ!!」
もちろんその騎士もアンデットだ。
奴は、軽く膝を屈めた後ヤマネめがけて突進する。
「バカめっ! 突撃特化の騎士とは、もう散々闘って慣れてんだよっ!!」
ぎりぎり敵を自分まで引き付けたヤマネは、攻撃を受ける寸前で横に軽く跳ぶ。
アンデットの騎士は、下り坂を走っているせいか、ブレーキが効きずらく屋根の端まで行き、落ちそうになる。
奴は、片足しか屋根に着いておらず両腕を振り回してなんとかバランスを保とうとしていた。
そんな絶好の隙を、見逃すヤマネではない・・・・・・彼女は、革鎧の腹ポケットから鞭を取り出し、背後から敵の片足目掛けて横に払おうとする。
「・・・・・・え、ちょっ・・・・・・」
しかしせっかくのチャンスを無駄にするよう、ヤマネは今踏みしめている瓦に足を滑らせ、アンデット騎士の横を転がり、ついには、アンデット達が囲っている地面まで複数の瓦と共に落下してしまったのだ。
「いちちちち・・・・・・」
身体強化魔術のおかげで全身掠り傷で済んだヤマネに、アンデット達は彼女めがけて容赦なく手の平を向ける。
瞬時に立ち上がったヤマネは、鞭を思いっきり横に振り、敵達がひるんだ隙にそいつらを強引に押しのけてこの場を離れた。
たった今ヤマネがいた場所に、アンデット騎士が飛び降りてその勢いを利用する形でメイスを振り落とす。
土煙が舞いあがり、メイスに激突した地面に浅いクレーターが出来て、軽い地響きが発生し、近くにいるアンデット達が奴が起こした衝撃波を受けて少し吹き飛ばされた。
「うげぇ・・・・・・狼男のパンチの何倍の威力なんだ、あれ・・・・・・恐っろしい」
アンデット騎士が繰り出した攻撃を走りながら振り向いて確認したヤマネは、前方を向きなおして突き進む。
もちろんアンデット達が、ヤマネの進行を指を咥えて傍観を決め込む訳が無い。個体の一体が地団太を何回も踏む。
すぐに彼女の走っている場所を中心とするよう広範囲に大地を沼地へと変貌させた。
しかし瞬時に異変に察知していたヤマネは、足元の土が柔らかくなる寸前にジャンプして難を逃れていたのだ。ぬかるみ出した地面に苦戦しているアンデット達の頭や肩を彼女は踏みつけにして足場代わりにする。
高い跳躍力さえあれば、容易い事だ。
「すいませんすいません。踏みつけて本当にすみませんっ!!」
沼地地帯を脱し、冷気のガトリングを潜り抜け、迸る雷の槍を黒曜石の乱れ裂きで対処するヤマネに、新たな脅威が迫る。
一本の矢が、大木一本・アンデット八人を経由するよう貫通し、彼女の腋めがけて飛来してきたのだ。
「速っ!?」
ヤマネは、しゃがんでぎりぎりで避ける。
視覚が鋭くなった彼女は、こちらを遠方から狙った相手を目で捉えることができた。
新たな刺客は、金属甲冑を身に着けクロスボウを携えた騎士のアンデットだ。(もちろんメイス使いとは別の個体)
奴の一歩手前には、大楯役のアンデットが一人がいる。
(射撃の威力・・・・・・その一点においては、恐らくケンタウロスのおっさんが射る矢よりも上だな? この騎士。
確かクレティマン師匠によればクロスボウは、装填に時間がかかる・・・・・・一旦無視して門番の元へと行こう)
夕日も完全に沈んだ時間に、正門までヤマネは、戻ってきた。
ご丁寧に、正門の扉を内側から魔術で凍てつかせてそのままでは開閉させないよう細工されていた。
「炎魔術使うまでもねぇな・・・・・・!」
垂直に跳んだヤマネは、石垣上に上る。
すぐに彼女は見下ろした。暗闇で見えづらいのだが、索敵魔術のおかげで門番らしき痩せ型の人影一つをすぐに捉えることができた。
攻撃魔術の呪文を唱えながら標的の後めがけて飛び降りるヤマネは、自分の目を疑うこととなる。
「炎の象徴であるサラマンダーよ 我は命ずる・・・・・・は?」
なぜならヤマネが門番と思っていた相手が、実は腹部に魔方陣が描かれているアンデットの別人だからだ。
ヤマネの方を向いた奴から冷気が発せられていた。
「やべ・・・・・・」
敵の体に描かれている魔方陣を見てとっさに両手で口元を塞ぐヤマネ。
次の瞬間、そのアンデットを中心とするよう家一軒を呑み込めるほど広範囲な巨大な氷の結晶が発生してヤマネを包み込んだ。
※村の畑は、門番のふりをしたネクロマンサーが、アンデット達を操り、手入れしてました。
自分の食料や魔力回復のハーブを獲得するためにです。