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死神の素顔と新しい出会い (1)

 一度に遠くに転移すると迷子になるのなら、見える範囲に移動して少しずつ進めばいいのよね。

 両親はまだ病院かホテルだろうし、急ぐ旅ではないんだ。

 出来るだけ遠くに目標を定めて転移を繰り返して、ズンズンズンとかバッバッバッとか、自分で効果音を言いながら転移を繰り返す。移動だけだと暇だから。

 今なら「だるまさんが転んだ」のプロになれるわよ。

 でもこれ、幽霊が見える人が前から歩いてきた場合、ホラー映画のように私が移動しているのを見ちゃうから、だいぶこわいはず。昼間の通行人が多い時間帯はやめた方がいいかもね。

 丑三つ時を過ぎたくらいのこの時間帯は、自動車は走っていても歩道を歩いている人は滅多にいないから、たぶん誰にも見つかっていないと思う。


 車を運転して実家に帰ったことは何度もあるので、どの道を通ればいいかはわかっている。高速は使わず、景色を見ながら国道を進んで、空が白みかける頃に道の駅を見つけた。

 前にもここにあったっけ?

 最後に車で実家に帰ったのは五年以上前だもんな。変わっているはずよね。


「あれ? こんな時間に人がいる」


 駐車場に車を誘導する看板のすぐ近くに、ぽつんと女性が立っていた。

 黒いタイトなロングスカートに白いブラウスを合わせて、グレーのボアブルゾンを着ている。黒いソックスに黒い靴。まっすぐな髪を肩のあたりでそろえたおしゃれな雰囲気の女性だ。

 私より年下だよなあ。二十前後か、もっと年下かな。


 まだ薄暗い時間帯で当然道の駅は閉まっていて、駐車場には一台も車は停まっていない。店も明かりがついていなくて、辺りは静まり返っている。

 時折、エンジン音が近付いて来るとそちらに目を向けて、車が通りすぎるのに合わせて顔を動かしているけど、感情の抜け落ちた眼差しなので、ちゃんと車を認識しているのかどうか……。

 うん。間違いなく幽霊だわ。


「あのー」


 急に近付くと驚かせてしまいそうだから、少し離れた位置から声をかけた。


「おはようございます」


 声は聞こえているらしい。

 無表情のままでゆっくりと振り返った顔は、ちょっと驚くくらい可愛かった

 目が大きくて黒目も大きい。

 生前はおしゃれに気を遣っていたんだろうな。眉が綺麗に整えられていて、睫だってくるんとあげられている。髪だってつやつやのサラサラよ。

 女優をやっていると可愛い顔は周囲にいっぱいいるんだけど、化粧を落とすと誰? って人もいるから、薄化粧でこの可愛さなら、東京に行けばスカウトされそう。

 ただし目は死んでいる。幽霊だから。


「お話出来ます?」

「……」

「私も幽霊なんですよ」

「……」

「あー、ひとりでいたいタイプですかね? 話せない幽霊もいるみたいだから、そうでしたらお邪魔しないようにします」

「……誰?」


 お、反応があった。

 ぼんやりと車を目で追っていた時とは違って、ちゃんと私を見ている気がする。


「田所梨沙です。生きている時は女優でした」

「た……ころ……」

「梨沙でいいですよ?」

「り……さ……りさ」

 

 おおおお。話せる話せる。

 幽霊の知り合いがいないから、幽霊界隈ではこんなことはしちゃ駄目とか、お約束があったら困るなと思っていたのよ。

 郷に入っては郷に従えって言うじゃない?

 霊力の強いやつはえらいとか、目を合わせたら喧嘩を売っていることになるとか、地域のボスがいるとか、情報が欲しいのよ。


「あなたは?」

「わ……たし」

「名前は?」

「………………」


 情報は無理かもしれない。

 しょうがない。ここに来る間にもたまに幽霊を見かけたけど、ほとんど反応が返って来なかったもん。返ってきても、同じことを呟いているだけで会話が成立しなかった。

 幽霊の多いところにいれば幽霊同士で会話するから言葉を忘れなくても、ひとりでずっといると言葉を忘れちゃうのかもしれない。


「じゃあ、先輩って呼んでいいですか?」

「せんぱい?」

「私まだ、幽霊なりたてだから、あなたの方が先輩なんですよ」

「せんぱい……先輩……うん」


 素直に頷く様子も可愛い。性格もよさそうな雰囲気がある。まだ学生かもしれないな。


「先輩はどうしてここにいるんですか?」

「……さがす……から」

「何を? 落とし物?」

「わたし……ころし……犯人……」


 う……急にヘビーな話になってしまった。

 そうか。そうよね。そういう人もいておかしくないわよ。

 むしろ死神が迎えに来ているのに残りたいと思う人達は、そういう心残りがある人が多いはず。


「殺された?」

「うん」

「こんな可愛い子を? どこの馬鹿がそんな……って、探しているってことは、犯人は知らない人ですか?」

「うん……三人……男……」


 なんちゅーことなのよ。

 まだ二十前後の女の子が、知らない三人の男に殺されて幽霊になって、たったひとりでずっと犯人を捜しているの?

 

「死神は?」

「シロ?」

「あなたの死神はシロっていうの? 会ってるの?」

「……たまに」


 よかった。

 まだ死神に放置されていない。


「ちょっと向こうでゆっくり話しません? 明るくなってきたし、ここだと車が入って来る場所だから」

「大丈夫……幽霊……」

「中には見える人もいるみたいだから、驚かせちゃうかなって」

「そう?」


 話しかけた当初よりは、話せるようになってない?

 死神と話していたおかげで、まだ言葉を覚えていたのかな?


「あっちの椅子に……」

「あんた、何?」


 先輩を連れて移動しようとした私達の前に、不意にどこからか真っ白い猫が現れた。


「シロ」

「ほー、猫型の死神もいるのね」


 その他って、動物の姿をして現れる死神のことか。なるほど。

 猫にしては少しでかくて、ヤマネコくらいの大きさはありそう。白に薄い茶色の縞模様がはいっている。尻尾が長くて耳が大きくて、綺麗なブルーの目をしていた。


「質問に答えて」

「私? 田所理梨沙。昨日幽霊になった新人よ。よろしく」

「……本当に幽霊なの?」

「私担当の死神は、幽霊だって言っていたわよ」


 少し首を右に傾げて、行儀よく前足を揃えてちまっと座って、猫型死神はじーっと私を見上げた。


「で?」

「あっちで話をしようと思っただけよ」

「まあ、いいか」


 お尻をあげてうーーんと伸びをして、今度はお尻を下げて頭をあげてうーんと伸びをして、もろに猫らしい動作のあと、シロはすたすたと歩き出した。私が示した椅子の方に一緒に行く気らしい。


「ねえ、先輩の名前を教えて」

「先輩?」

「幽霊の先輩」

「うん……先輩」


 先輩はちゃんと私の後ろをついて歩きながら、自分のことを先輩といいながら頷いている。

 もう名前じゃなくて先輩と呼ぶことにしよう。


「幸奈。宮川幸奈」

「宮川先輩ですね。改めてよろしく」

「うん」

「なんで僕はタメ口で、幸奈には敬語なの?」

「先輩だから」


 道の駅の外に並んでいるベンチ型の木の椅子に腰を降ろすと、シロはテーブルの上に乗って毛繕いを始めた。

先輩は猫が好きなんだろうね。飼っていた猫がシロなのかもしれない。じーっとシロを見ている。


「先輩、男達の顔は覚えてます?」

「…………たぶん」


 あやしいな。

 でも顔を見たら思い出すこともあるかもしれない。


「殺されたのはこの近く?」

「ううん」

「どこだかわかります?」

「山」

「……えーーーっと、どうしてその男達と山に?」

「車」

「乗っちゃったんですか?」

「無理矢理」

「うわ、拉致されたんですか」


 あれ? どこかでそういう事件の話を見たか聞いたかしたような……。

 実家の近くだから気になって、怖いなって思った事件がそんな内容だったような気がする。


「いつの話ですか?」

「……」

「幽霊に時間の概念なんてないよ」


 先輩の代わりにシロが答えた。


「時計見ればいいじゃない」

「きみはまだ死んだばかりだから違うんだろうけど、何か月も経てば正確な日時なんてわからなくなるよ。ひとりでじっとしていると、気付くと何時間も何日も経っているんだ。起きているのも寝ているのも変わらない状態だよ」

「そんなになる前に、あの世に連れて行くのが死神の仕事でしょう」

「そりゃ、そうなんだけどさあ。無理に連れて行くわけにはいかないんだよ」

「先輩が幽霊になったのは、どのくらい前なの?」

「二年は経っている」


 そんなに?!

 まさか、二年間ずっとここで、自分を拉致した車を探していたの?


「なんてこと……」

「たす……」

「はい?」

「ううん」


 首を横に振って、先輩は俯いてしまった。

 ひどい話だ。このままだと先輩は、これからもずっとひとりでここに立ち続けるのかな。

 何年も、何年も?


「そんな……」

「おい、また何か始める気か」


 死神って、こんなにまめに顔を出すの? 忙しいんじゃないの?

 背後から聞こえた声に私が振り返るより、テーブルに座っていたシロが目を丸くして話し始める方が早かった。


「何やってんの? 素のままで来ちゃ駄目でしょ!」

「素?」


 声はアッシュだったのに、振り返った先に立っていた彼は、まるっきり別人の姿をしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] >車を運転して実家に帰ったことは何度もあるので、どの道を通ればいいかはわかっている。 他人に乗せてもらうと全然なんですよね。 特に後部座席だと、もう…… 決まった日数で地縛霊になるとかの…
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