新米幽霊頑張る (3)
「お疲れ様」
「さよなら」
徐々に輪郭が薄れて、光の塊になって、それが中心に集まるようにして小さな球体になって、すーっと上空に上って、ふっと消えてしまった。
行っちゃったのか。
初めてお話しした幽霊は、真面目な頑張り屋さんだった。
あの世では、のんびりするんだよ。
「おいこら」
突然後頭部を押されて、前につんのめりそうになった。
感覚がないから顔から転びそうなんですけど。
「なによ」
存在を忘れていたわ。
私を昇天させなくちゃいけない死神がいたんだった。
「おまえは何をしてくれているんだ」
「なにって、話を……」
「幽霊になってから善行を積むな!」
えーー。死神の仕事を手伝ってあげたのよ?
お礼を言ってくれてもいい状況じゃないの?
「あああ、やっぱり」
死神は腕につけていた何か装置のようなものを弄りながら、私に背中を向けた。
放置された私は手持無沙汰で、先程の路地を覗き込んだ。
警察官や刑事らしき人はいるけど、もう野次馬はだいぶ減っている。
今何時なんだろう。その辺の店にはいれば時計があるよね。
「そこを動くなよ」
足を踏み出そうとした途端、がしっと腕を掴まれた。
「あー、ちくしょう。やっぱり、おまえを連れていく階層が変更されるじゃないか」
「階層?」
「聞いたことないか? あの世は生前の行いや生まれ変わる前に積み上げてきた経験によって、死者が行く場所が分かれているんだ。今夜だけでふたりも人を助けたから、おまえを連れて行く場所が変更になるんだよ」
「ほー」
「その準備が整うまで、あの世には行けないそうだ」
どっちにしろ、まだ当分あの世に行く気はなかったから、特に問題はないんじゃない?
最近旅行に行ってなかった分、観光でもしながら実家に帰ろうと思うのよ。
「そんなのんびりしていて、ああいう幽霊になったらどうするんだ?」
死神が指さしたのは、同じ場所にずっとぼんやりと佇んでいる女性の幽霊だ。
「幽霊には感情も時間の感覚もない。ずっとひとりでいると言葉を忘れて、話すのも難しくなってくる。そしてどんどん記憶があいまいになり、自分が誰かもどうしてここにいるのかも忘れてしまうんだ」
「担当の死神は何をやっているのよ」
「……」
「ちょっと、なんで目を逸らすのよ」
「死神だって人手不足なんだよ。人口が増えすぎて、毎日死ぬやつが多すぎるんだ」
ひとりで何人も担当してるのかしら。
出来れば流れ作業で、手続きだけしてさっさとあの世に送ってしまいたい感じなのね。
でも本人があの世に行くと決めなくては連れてはいけないくて、手が回らなくなって放置されるのか。
「反応がなくなると、意思が確認出来なくて連れて行けなくなる」
「そしたら、ずっとあのまま?」
「いや、いずれ自然に
消えていなくなる。あの世にも行けないままな」
それは魂も消えちゃうってこと?
転生も出来なくなるし、存在が全部消えてなくなる?
「それならまだいい。悪霊化した黒い影のようなものに取り込まれて、永遠に彷徨うこともある」
「なんとかならないの?」
「無茶言うな。今この時にも、幽霊が増えているかもしれないんだぞ。最近の人間は死神の言うことを聞かないしな。誰かみたいに」
昔なら、死んだらあの世に行かなくちゃいけないってことに疑問を持たないで、言われるままに連れていかれたんだろうな。
でも今の人間は、そうはいかないよね。
特に私みたいにまだ若かったり、突然の事故だったりした場合、そう簡単に心の折り合いをつけられないでしょう。
「どっちにしろ今はあの世に行けないんでしょう?」
「まあな」
どこに行こうかな。
綺麗なところでのんびりするとしたら……そういえば五色沼が綺麗だったな。
まずはあそこに……行こうと思った途端に景色が変わってた。
「待って。今じゃなかったんだ。真夜中じゃなくてさ」
外灯なんてない森の奥だよ?
どうやら遊歩道の上にいるみたいだけど右も左もわからないし、月と星の明かりだけじゃ沼の色だってわからないよ。
風が吹くたびに草木が音を立てて、それ以外にもあちらこちらからパキパキ音がする。
私が生きている人間だったら発狂ものよ?
幽霊でよかったと思う日が来るなんて。というか迷子なんですけど。
「だから! おまえはなにがしたいんだ!」
「うわーん、死神やさしい。ついてきてくれた」
思わず抱き着いたわよ。
死神が天使に見えたわ。
「そんなべったりとしがみつくな」
「だって感覚がないから、ちゃんと触っているかわからないじゃない? ここまでくっつけば触っている気分にはなれる」
それに偽物とはいえ、クロウの姿をしている男性に抱き着ける機会なんて二度とないよ。
暗いせいか違和感がいい感じに弱まっているし、何度も言葉を交わして少し親しみを感じ始めているから、イケメンっぷりがアップしたような気がする。
「移動する時に悩むの危険ね」
「その場の風景を思い浮かべて移動したいと思わないと、転移しないはずなんだが」
「ほら、私女優だから感受性がね……」
「トロいんだな」
ええ、ええ。滑ってこけたのが死因の女ですからね。
否定なんて出来ませんよ。
「死神ってさ」
「その呼び方はやめろ。おまえに対して、ずっと人間って呼び掛けているようなものだ」
「ヒューマンって呼びかけるキャラならいたわね」
「なんの話だ」
「じゃあ、名前教えてよ」
向き合って抱き着いたまま見上げるという、普段ならドラマの仕事でさえなかなかないシチュエーションのまま死神を見上げた。
衣装だってさ、その中の筋肉だって、もしかしたらクロウを忠実に再現しているかもしれないのに、何も感じないって残念過ぎるわ。
でも間近に見あげるCG顔はすごいよ。毛穴なんてないからね。
そういえば幽霊って暗くても視界がきくのね。
丑三つ時にうらめしやって出てきた幽霊が、暗くてコケていたら恥ずかしいもんな。
「クロウでいいだろう」
「あー、名前を人間に知られちゃ駄目ってやつ? 真名ってやつでしょ」
「なんでそんなことを知っているんだ」
「たいていのオタクは知っているわよ」
「クロウが駄目なら適当に呼べ」
めんどくさいな。
ほんの何日かしか一緒にいないのに。死神でいいじゃない。
それか担当さんとか。
「この髪の色、なんと言ったか?」
「アッシュブラウン」
「じゃあ、アッシュでいいだろう」
「べたな名前ね。まあいいけど」
日本の死神はデスサイスなんて持たないって言ってたのに、横文字の名前でいいのね。
本人がいいならいいけどね。
「そうだ。まだ答えてもらっていない質問があるのよ。死神に性別ってあるの?」
「そんなに死神に興味を持つ幽霊も珍しいな。おまえ、ちゃんと死んでいるよな?」
ちゃんと死ぬってなんですかね?
「実感はないわね。元気で、気付いたら死んでたって感じだから」
「そういう場合、自分が死んでいることに気付かなかったり、死を受け入れられないことが多いんだが」
「受け入れられないからあの世に行きたくないんでしょ。でも、病室で家族が悲しんでいるのを見たから、死んじゃったってことはわかってるわ」
「……そうか。性別の質問だったな。死神に性別はない……が、向き不向きはある。俺はたいてい男の姿をして迎えに行く仕事をやるし、女の姿ばかりをする死神や、それ以外が得意なやつもいる」
それ以外?
「で? どこに連れていけばいいんだ? ここでいいのか?」
「元の場所に戻りたいです」
「はあ? なにをやっているんだよ」
そんなこと言われたって幽霊になるの初めてなんだから、最初からうまくなんて出来ないわよ。
「ほら、戻ったぞ」
気付いたらもう、さっきまでいた歩道に戻っていた。
人通りはだいぶ少なくなっていて、店じまいしている店が増えている。
「知っている店に顔を出してから移動しよう」
「営業妨害するなよ」
「はーい」
手を振ってアッシュと別れて友人と何度か通った店に転移したら、コロナのせいで休みだった。
今日ってもしかして厄日じゃない?
幽霊になってまでツイてないわ。




