天上界へ (1)
完結まで長くなったので三話に分けました。
校正が済み次第、今夜中に投稿します。
でも、やっとアッシュが想いを口にしてくれたんだから、悶えている場合じゃない。
幽霊は、元は人間だ。
死神って神様でしょ。
人間の傍にいてくれるって、かなりの物好きだよ。
「私も今の関係を続けられたら嬉しい」
恋とか愛とか、人間が子孫を残すために必要な感情なのだとしたら、アッシュや今の私が持ち合わせない感情なのかもしれないけど、一緒にいたいと思うのは間違いないんだ。
もう時間にとらわれない存在なんだから、五百年くらい経ってから、やっぱり恋愛感情みたいだねって笑い合えたら最高じゃない。
「記憶を思い出して気が変わっても」
「変わらない」
「頑固だな。ともかくまずは成仏だ」
「おけ。成仏しようじゃないか」
他の人が成仏するのは見ていたので、自分の番になってもためらいはなかった。
ただアッシュが犯人を連行するみたいにがっしりと腕を掴んでいるせいで、第三者から見たら無理矢理連れていかれているように見えそうだ。
「そんな掴まなくても、ちゃんと成仏するわよ」
「またどこかの温泉旅館に行かれたら困る」
「今更温泉なんて行く気ない……眩し!」
光に包まれて消えていくのを、何回も見ていたのに油断していた。
この世との別れなのに情緒もへったくれもないわよ。
慌ててきつく目を閉じて俯いていたら、いつの間にか成仏していたっていう悲しい展開になってしまった。
「ついた」
「どこに?」
よく考えたら幽霊は目が眩むこともないんだった。
特に視界に問題がなかったので周囲に目を向けると、すぐ目の前に川が流れていた。
「これが三途の川?」
「そうとも言う」
イメージと違いすぎる。
もっと薄暗くて、川岸に石が積み上げられていて、死者が陰鬱な顔で歩いていくって風景を想像していたのに、実際の空は初夏を思わせる青く澄んだ色で、底が見えるほど水が澄んでいる川は、日差しを反射してきらきら輝いていた。
こちら側は岩がごつごつしているので少しは三途の川っぽいけど、川の向こう岸は白い花が一面に咲く草原よ。
左右に視線を向けてみると、場所によっていろんな色の花がまとまって咲いているようだ。
「のどかだ……」
「ここも人によって見え方が違う。つらい最期を迎えた人や別れたくない相手がいる人には暗い場所に見えるそうだ。おまえには長閑に見えるのか」
「ピクニックしたくなるくらい綺麗な場所に見える」
「そうか。よかった」
死神の笑顔が優しい。しかも心なしか甘い感じがする。
もしここが陰鬱な場所だったとしても、今のアッシュの笑顔だけで素敵な場所に変わりそうだ。
「渡るぞ。転ぶなよ」
「浮いているのにどう転ぶのよ」
文句を言いながらアッシュが差し伸べてくれた手を取った。
私ってば最高に幸せな最期を迎えられたと思わない?
大好きな死神と手を繋いで三途の川を渡れる幽霊なんて、いまだかって存在したことなんてないでしょ。
もうこれだけで、今までの善行がチャラになっても文句言えないわ。
「あそこの草原を抜けたら、死者がどの階層に行くか決定する場所がある。その敷地にはいると、過去の自分を思い出すんだ」
「ふーん」
「気のない返事だな」
「今回ほど面白い人生と死後を、今まで経験したことがあるとは思えない」
「確かにこれ以上に何かやらかしていたら、既に有名人になっていただろうな」
軽い口調で話しているのに、繋いだ手に力が込められた。
記憶が戻ったら私の態度が変わるって、まだ思っているんだろうな。
仕事とはいえ、友人や家族の姿で死者の元を訪れなくちゃいけなくて、記憶が戻った途端に冷たい態度を取られることの繰り返しで、だいぶ嫌な経験もしているのかもしれない。
「あ、あっちに行列が出来てる。あそこに並べばいいの?」
「おまえはこっちだ」
「特別扱い?」
「死んでから善行を積んだやつを、他の人間と一緒にするとややこしくなるんだよ。さっきもまた善行を積んだだろう。生霊を体に戻して、生きる気力を取り戻させた」
「友達なんだから当たり前でしょ」
それもポイントになるの?
だったら世の中の多くの人が、生きているうちにけっこう細かくポイント稼いでいるんじゃないの?
「生霊の友達がいるやつなんて見たことも聞いたこともない」
「ここに……」
「ほら、見えてきたぞ」
並んでいる幽霊達も私も、地面に足をつけずに浮いて移動しているので、みんなが草原を横断しても花は荒らされたりしないのよ。
歩く速度より早く空中を移動して、列に並んだ幽霊達はどんどん建物の中に入っていく。
私は道をそれて、みんながくぐる門より少し小さな門を抜けて建物に近付いた。
門の先は石畳の広場だ。
その向こうに枯山水の庭が広がっているあたり、日本要素も取り入れているのね。
「うわあ」
「どこを見ているんだ?」
「建物」
「……どんな建物に見えるんだ?」
「都庁」
「それで上のほうを眺めていたのか」
前にアッシュが言っていた通り、同じものを見ても見えている物は同じとは限らないってやつらしい。
私には建物が都庁に見えてしまった。
この先どこに行くか決めるお役所みたいなものだなって思ったのがいけなかったかな。
都庁に枯山水の庭に石畳の広場?
私の頭の中がおかしい。
もっとこう死後の世界らしいイメージっていうものがあるでしょう。
「都庁より国会議事堂がいいかな?」
「他の国のやつは宗教に関係する建物に見える人間が多いのに、日本人はオフィスビルやおまえみたいに役所の建物に見えるやつが多いようだ」
「八百万の神様がいるから、どの神社がいいか決められないのよ」
アッシュの言った通り、建物に近付くにつれて、走馬灯のように今までの人生のいろんな場面が思い浮かんでは消えていった。
それが前世の記憶だと理解するのに少し時間がかかるくらい、なんの負担もなくあっさりと自然に記憶を思い出していた。
最初は明治時代かな。私ってば割と若い魂なのね。
とっても平凡な人生だった。
平凡な家に生まれ、親の決めた許嫁と結婚して、子供を育てて五十代で人生を終える。
特に大きな事件もなく、それなりに幸せな一生だった。
二度目の人生は男として生まれ、徴兵されて二十一歳で戦死。
それだって戦時中はよくある話だ。
一度目の人生は姉が、二度目の人生は先に戦死した戦友の姿で、死神が迎えに来た。
決められた人生を歩むのが普通で、それ以外に生きる道がなかったから、死んだ時にも迎えに来てくれた人に言われるままに成仏したんだっけ。
それが今は、いろんなことが自分で決められる世界になって、選べることもとても多い。
成仏しろと言われても、はいそうですかと納得する人が少なくなっていても不思議じゃないんだな。
「梨沙?」
過去を思い出しているうちに足を止めて、俯いて考えこんでいたみたいだ。
名前を呼ばれてはっとして顔をあげたら、心配そうなアッシュと目が合った。
「私、幽霊生活するのは今回が初めてだったわ」
「そう……か」
「それに二回しか転生していないの。かなり若いわよね」
「そうだな」
「……それ以外に特に感想がないんだけど」
でも、迎えに来た人への態度が変わるのはわからなくはない。
家族でも生きてきた間にしてきた行いが違うから、同じ階層に行けることの方が少ないし、転生すればまた新しい出会いが待っている。
ただでさえ感情の希薄な幽霊状態で、過去の多くの出会いと別れを思い出したら、誰に対してでも執着心を持つのは難しくなるのかもしれない。
でも私の場合は、幽霊になってから出会っているからね。
生前の知り合いとはだいぶ違う。
「俺が傍にいても嫌ではないんだな」
「記憶を取り戻す前と後で、まったく考えに変化はないわね」
「いっそ見事だな」
口調は素っ気ないけど、口元が微かに緩んだのを見逃さないわよ。
「ほら、入り口はあそこだ」
都庁に見える建物の正面玄関には、被った帽子から、陰陽師のお札のような模様のついた布を垂らし、顔を隠している門番が立っていた。
祭りでああいう格好をして踊る人達がいたわよね。
よさこい祭りだっけ。
平安風というか、昔の中華風というか。
真面目に歴史の授業を聞いていなかったからよくわからないけど、私の頭の中では、アニメやゲームの中華系ファンタジーと安倍晴明辺りの服装が、ごちゃ混ぜになっているのはわかる。
「行くぞ」
「アッシュも行くの?」
「……ああ」
「なんで? 出口で待っていてくれればいいよ?」
死神は建物の外まで連れていくのが仕事のはずだ。
あの門番に声をかけて私を引き渡せば仕事が終わる。
「俺も事情を説明しないといけないんだ」
「事情? あ、人間に姿を見せてしまったから?」
「そうだ。何らかの処罰は受けることになる。だから、しばらくは会えなくなるかもしれない」
人間の前に姿を現すだけじゃなく脅しちゃったから、かなりまずいことになっていたらどうしよう。
「どんな罰になるの? それ、私のせいでしょ」
「俺が勝手にやったんだから、おまえのせいじゃない。そんな深刻な顔をするな。しばらく死神の仕事が出来なくなる程度だろう」
ただでさえ死神が足りないのに、仕事から外すの?
まったくなんの処罰がないというのはまずいのはわかるよ。
死神が人間に干渉するようになったら、大混乱になってしまうもんね。
「問題は、そのせいで梨沙と会えなくなる可能性があるってことだ」
「大問題じゃない」
「そうならないようにしないといけない」
会話しながらも足は止めていなかったので、建物の入り口に着いてしまった。
みんな壁を自由にすり抜けられる存在だから、ドアなんてない。
建物の一部の色が変わっていて、ここが出入りしていい場所だとわかるようになっているだけだ。
門番は私とアッシュが近付いても、微動だにしない。
壁をすり抜けても無視だ。
「フリーパスなんだ」
肩越しに壁のほうを見て話していたので、振り返った建物の中の様子を見て息を呑んだ。
過去の人生では、さっきの列に並んで、建物に入ってすぐの巨大な部屋でその後に行く階層を決められたから、他の場所に行ったことがなかった。
私が立っているのはホールのような空間で、左右と正面に続く廊下には、死神や妖が大勢行き来していた。
中には本や荷物を持っている者もいて、皆、制服らしきものを着ている。
足元を走り回る小人のような妖から、鬼、天狗まで、百鬼夜行に紛れ込んだようだ。
ただ壁も床もほんのりと光って明るく、ちっとも怖い感じがしない。
「普通は人間が入る場所じゃないんだ」
「でしょうね」
アッシュに手を引かれて、妖や死神の間を縫うように歩いていく。
人間が混じったら嫌がられるんじゃないかと思ったけど、意外なことに好意的な視線が多くて驚いた。
「あの子じゃないか?」
「あー、大勢成仏させた幽霊か」
「へえ。あの子が」
私ってば有名人だわ。
「アッシュ、こっちだ」
高い天井まで届く大きな両開きの扉の前に、数人の死神が集まっていた。
アッシュに声をかけてきたのは、十二歳くらいの男の子だ。
「シロ。みんなを集めてくれたのか」
「シロ?!」
この美少年があの猫? マジか。
「ああ、みんな、証言してくれるってさ」
「当たり前じゃない。おかげで助かったんですもの」
「きみに手伝ってほしい死神がたくさんいるらしいぞ」
社畜担当の死神に、成仏ツアーのインストラクターになっていた死神まで、全員が以前に会ったことのある死神達だ。
「この部屋の中で事情を説明して、その後に梨沙の今後の行き先が決められる」
裁判みたいなものかな。
アッシュのしたことが、どのくらいの罪になるのか決めるのよね。
大丈夫。伊達に女優だったわけじゃない。
弁護士役をやればいいんでしょ。
「まかせなさい。無罪を勝ち取ってみせるわ」
「いや、おまえの今後を決めるんだぞ」
「まかせなさい」
「記憶を取り戻しても、妙な性格のままなのか」
シロは美少年になっても失礼ね。




