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別れの時  (1)

 もうすぐ夜が明ける静かな住宅地は、ここ何か月かの間にすっかり見慣れた風景になっている。

 でも、先輩の家を訪れるのもこれで最後だ。


「俺は呼び出されているから、ひとりで行ってきてくれ」

「私のせい?」

「他に何があるんだよ」


 今はフードを被っていないので顔が見えるし、瞳の色も青いし、もうすっかりいつものアッシュだ。

 死神は、生きている人間には干渉しちゃいけないはずだから、桐生達に姿を見せたのも脅したのも問題になるんじゃないの?


「怒られたり、罰を与えられたり、降格したりするの?」

「さあ、どうだろう。だが、あれだけの人数を成仏出来たんだ。プラマイで考えたら問題ないかもしれない」

「姿を見られたのに?」

「見られるのはたまにはあることだし、俺達の姿は見る人間によって変わる。人間は同じ物を見ても、全員が同じように認識しているわけじゃない。脳みそが見なかったことにしている物はけっこうあるんだぞ」


 たとえば幽霊とかね。


「余計なことはするなよ。幸奈の家族に事情を説明して、洋子のいる病院に様子を見に行くだけだぞ」

「余計なことって?」

「もうこれ以上幽霊を成仏させるな」

「しないわよ。あそこで大量成仏が発生したのは私のせいじゃないでしょ」

「いや、おまえのせいだ」


 成仏させるのが死神の仕事なんだから感謝されてもいいはずなのに、問題児みたいな扱いになっているのが納得いかないわ。

 表彰状と金一封の授与くらいあってもいいはずよ。


「梨沙? 本当に絶対、余計なことはするなよ」

「しつこいなあ。わかっているわよ。朝になっちゃうからもう行くわよ」

「……ああ」

「まだ心配してるの? 何もしないわよ」

「早く行け」


 迷惑そうな顔で手をひらひらと揺らして急かされて、ふんっと横を向いてから紗理奈さんの部屋に移動した。

 寝ている女子大生の部屋を襲撃するって大変申し訳ない気がするんだけど、緊急時なので許してほしい。


「どうやって起こそう」


 少しだけ迷ったけど、健やかな寝息を立ててぐっすり眠っている紗理奈さんのすぐ近くに、目覚まし時計を見つけたので答えはすぐ出た。

 今は朝の四時少し前だった。

 六時に起きればいいのにごめんね。


「う~~」


 目覚ましを鳴らしたら、紗理奈さんは目をきつく閉じて口をへの字にして、明らかに不快だって顔で時計を止めるために手を伸ばした。

 残念でした。

 絶対に起こすために、時計は手の届かない場所まで移動済みだ。


「あれ? どこ? うるさ……きゃあ!」

「あ、おはよう」


 幽霊扱いされたの初めてかもしれない。

 横になったまま手探りで時計を探していた紗理奈さんは、私の姿を見て叫びながらがばっと起き上がった。


「梨沙さん……びっくりした」


 起きたら枕元に人が立って見下ろしていたら、相手が幽霊じゃなくても驚くか。


「あれ? まだ四時?」

「ごめんね。どうしても急いで話がしたくて起こしちゃった」

「まさか、ゆきねえに何かあったんですか」

「いろいろあったんで、簡単に報告するよ。まず、犯人が捕まった」

「え?」

「先輩のご遺体が見つかった」

「ええ?!」

「先輩が無事成仏した」

「ええええ?!」


 そういう反応になるよねえ。


「え? 何がどうして……え?」

「寝起きにごめんね。警察から説明があるだろうから、詳しく知らない方がいいと思うよ」

「はあ」


 被害者の家族だから平気だとは思うけど、説明される前に事情を知っていたことを知られたら、変な疑いをかけられるかもしれないじゃない?

 幽霊に聞きましたって言って、信じてくれる人はいないからね。


「あと、現地にマスコミが来ていたの。拉致されて保護された子がいるから、最初はそっちが注目されると思うけど、いずれは先輩のご遺体が発見されたって騒ぎになるはず」

「ちょっと待ってください」


 たぶん先輩が拉致されて行方不明になった時に、マスコミには追いかけられたんだろうな。

 紗理奈さんは急いでベッドから下りて深呼吸して、両手で頬をパシッと叩いた。


「起きました。大丈夫です」

「もうすぐ警察から電話が来ると思う。テレビのニュースを見れば、三人の男が女子高生を拉致して捕まったって、もう報道されているかも」

「それがゆきねえを殺した犯人達なんですね」

「うん」

「それでゆきねえは成仏した? なんで? せめてお別れくらいしたかったのに?」

「守護霊になってすぐに戻って来るって」

「は?」


 寝起きに、驚いたり慌てたり忙しそうだな。

 今日一日のエネルギーをここで使い果たしてしまいそうだね。


「あの、どういうことでしょうか。これから私、親に説明しないといけないんで」

「早めに説明してあげてね。テレビのニュースで知るなんて気の毒だし、警察の電話でパニックになっても気の毒。そして小さい子がいるお姉さん夫婦は、騒ぎが落ち着くまで、しばらくこの家から離れた方がいいかも」

「そうですね。相談しないと……って、それも大事なんですけど、ゆきねえが成仏して、でも戻ってくる?」

「一回成仏してから、守護霊になって戻ってくるだけよ。そうすれば悪霊にもならないし消えたりもしないんだって。これから裁判もあるしたいへんでしょ? 先輩はあなたや家族を守りたいんだって」

「守護霊って、成仏した幽霊なんだ」


 これで説明しないといけないことは話したよね。

 私に出来ることは全部終わったな。


「じゃあ、私は行くね。さすがにそろそろ成仏しないと」

「ええ?! 展開早すぎて、ついていけてないんですけど」

「急に事態が動いたから実感がわかないのもしょうがないよ。寝起きだしね」

「成仏するなら……もう会えなくなるんですよね。梨沙さん、いろいろとありがとうございました」


 紗理奈さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ゆきねえが成仏出来たのも、犯人が捕まったのも梨沙さんのおかげです」

「違うよ。みんなが頑張ったの」

「それも梨沙さんがゆきねえの傍にいてくれたからです」


 すごく感謝されてしまって、嬉しいんだけどちょっと心配。

 成仏させたわけじゃないから平気かな。

 それともこれもポイントになっちゃう?


「私も先輩と一緒にいられて楽しかったんだから、お互い様よ。ほら、両親に話しに行って。そろそろ夜が明けるわよ」

「はい。お世話になりました」

「ばいばい」


 もう一度頭を下げて部屋を出て行く紗理奈さんを見送って、私も外に出た。

 あとは洋子さんの様子を見に行くだけだ。

 何度か行ったことのある病院だから、たぶん間違えないで行けるはず。


「話は済んだのか?」

「シロ?」


 家の前の道路に出たところで、塀の上にいたシロに声をかけられた。

 先輩が成仏したから、シロとももう会えないと思っていたのに、こんなすぐにあっさりと会えてしまった。


「おまえを見張れとさ。さっそくまたポイントを増やしているじゃないか」

「先輩の妹さんに報告したら感謝されたのよ」

「あー、両親も感謝しているんだな」

「またポイント増えてるの?」

「感謝されまくる幽霊ってなんなんだよもう。病院に行くんだろう。変なところに行かれると困るから連れていくよ」

「ありがとう。助かるわ」

「……アッシュと話は済んだのか?」

 

 なんで私に聞くのよ。

 アッシュに聞きなさいよ。


「シロってアッシュと親しいの?」

「いや? 道の駅で顔を合わせる前は、たまに見かける程度だった」

「その割にはずいぶんと肩を持つじゃない」

「アッシュのためもあるけどさ、死神界隈も少しは変わらないといけないと思ってさ」


 器用に塀の上を歩きながら話す様子は、どこからどう見ても猫だ。

 もう人間の姿に戻っても、動作が猫のままになっちゃうんじゃないかな。


「人間が急激に増えすぎて死神は人手不足なんだ。それに人間の変化についていくのは大変なんだよ。宗教が根付いている国はいいんだけどさ、日本はひどいぞ。成仏した後に生前の行動を確認して、行く階層を決める建物が、今の日本人にはオフィスビルや役所に見えるらしい」

「人によって見え方が違うの?」

「あの世は国別や宗教別に分かれていないんだよ。同じ場所でも、生前に身に付いた価値観や常識によって違って見えるんだ」


 アッシュもそんなことを話してたっけ。

 同じ物でも人によって見ている物が違うって。


「もしかしておまえが何か変えてくれるんじゃないかなって」

「自分達で変えなさいよ。他人に頼るな」

「そうなんだけどさ、死神界隈でおまえはもう有名人だし、注目されているんだよ」


 なんだそれ。

 私はアッシュの傍にいたいって望んでいるだけであって、あの世の変革なんてしないわよ。


「死神の傍にいたがるやつが現れただけで大きな変化だろ。いや、おまえが変人なだけか?」


 本当に失礼だな、この死神。


「何かしてくれってわけじゃないんだ。今まで通りで充分だよ。むしろお手柔らかに……」

「私が何をやらかすと思っているのよ」


 あの家にいた幽霊達は勝手に成仏しただけで、私は何もしていないのに。

 あの世でどんな噂になっているのさ。



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