本物のお化け屋敷 (5)
「大丈夫。すぐに戻ってくるから」
「へ?」
「私も井上さんみたいに守護霊になって、家族や妹を守るの。これから裁判で大変でしょ? マスコミだって押しかけるはず。家族が私のために頑張ってくれるんだもん。私も家族を守りたい」
わかっていたけど、今までもそう思っていたけど、もう一度言わせて。
なんていい子なの!
こんな先輩だからこそ、私も放っておけなかったのよ。
「わかりました。紗理奈さんには私から話しておきます」
「ありがとう」
「あの……守護霊になるには成仏しないと駄目なんですか?」
私達の話を聞いていた親子が、遠慮がちに声をかけてきた。
「そうですよ。私も成仏してから娘の守護霊になって、この世に戻ってきたんです」
私達の代わりに井上さんが前に出て、いつもの優しい笑顔で返事をしてくれた。
それで母親もほっとしたみたいで、息子の肩に手を置きながら微笑んだ。
「まあ。そうなんですね。夫の守護霊になりたいのに方法がわからなくて、息子とふたりでさ迷ってしまっていたんです」
「ママ、パパのところに行けるの?」
「成仏してから守護霊になれば行けるんですって。一緒に行こう」
「うん!」
「といっても、どうすればいいのかしら」
おっとりと首を傾げている母親と、繋いだ母の手をぶんぶん揺らしている男の子を見て、幽霊だって思う人がいるのかな。
成仏するって心に決めると、こんなにすっきりと元気な幽霊になるものなのか。
「死んだばかりの頃、夫と娘を残して死んでしまったことに耐えられなくて、半狂乱になっていたから迎えに来た人の顔も覚えてないの。あまりにひどくて見放されたのかな」
「そんなことはありえないわよ。あなた達、建物の中にごちゃっと固まっていたから、誰が誰だか判別出来なくて、担当の死神が見つけられなかったのよ」
社畜くんの死神は明るく話しているけど、なにそれこわい。
固まっていると判別出来ないの?
この境界が曖昧になって、呪いや恨みの気持ちだけがどんどん蓄積されたら、とんでもない悪霊が生まれちゃいそう。そうなったら成仏出来ないんじゃない?
「これも何かの縁だから私が連れていくわ。あの世で担当の死神に会わせてあげる」
「ありがとうございます。お願いします。みなさんのおかげで守護霊になれそうです」
社畜くんの死神が請け負ってくれたので、親子は嬉しそうに井上さんや先輩に頭を下げた。
「お姉ちゃんも一緒に行こう」
「そうだね」
「猫も一緒?」
「一緒だよ」
お母さんと先輩に挟まれて、男の子は幽霊とは思えない明るい顔で笑っている。
嬉しそうで幸せそうで、ちょっとだけ切ない気持ちが込み上げた。生きている時だったら泣いていたかも。
お母さんは私達に何度も頭を下げて、先輩はひらひらと手を振って、ゆっくりと空に浮かび上がった。
「さよなら、先輩」
「また会える気もするけど、いちおうさよなら」
誰かが成仏する時って、空気が澄んで、周囲の音が聞こえなくなるのよ。
身体が空に浮かび上がりながら淡く光り出して、光が強まるにつれて輪郭が徐々に曖昧になって、やがて人の姿は見えなくなって、続いて光が中心に集まって光の球を形作っていく。
そして、三つの光の球は突然ふっと消えてしまった。
「あっけないな」
シロも一緒に姿を消したから、寂しさ倍増よ。
もう半年くらい、ほとんど毎日一緒にいたんだもん。
「おまえはどうする」
すぐ横に来てくれたアッシュを見上げた。
フードのせいで顔はよく見えないけど、もう瞳が青い炎に戻っているのはわかる。
先輩と約束したんだから、紗理奈さんに何が起きたか話しに行かなくちゃ。
それに洋子さんが、ちゃんと身体に戻るのも見届けたい。
「まだもう少し残る。でも、もうそんなに長くこの世にいる気はないから心配しないで」
「……そうか」
考えるのを先延ばしにしてきたけど、アッシュとの別れも近付いているってことなのよね。
それとも先輩が悪霊にならなかったから、また善行ポイントが溜まって、選べる進路が増えていたりするんだろうか。
ポイントが欲しくて先輩と一緒にいたんじゃないけど、もしアッシュの傍にいられる道があるなら……。
「成仏するって、あんな感じなのか」
呟いたのはハンドくんだ。
「僕もそろそろ成仏しようかな」
「え?!」
「突然の事故で死んでしまって、体がぼろぼろのままさ迷ってさ、なんで僕だけって憤っていたけど、こうして生きていた頃の体に戻れて、みんなと話も出来て、あいつらを捕まえる手助けも出来て、なんかすっきりした」
だったらなんで一緒に行かないのよ。
もう死神はアッシュしかいないじゃない。
「成仏したいです」
「俺はこいつの担当だ」
遠慮がちにハンドくんが話しかけたのに、アッシュの対応がひどい。
「え? じゃあどうすればいいんですか?」
「知るか」
「そんな冷たいこと言わないで何とかしてあげてよ」
「お願いします」
「ったく、ちょっと待て。連絡する」
アッシュは私達から何歩か離れ、背中を向いて腕に嵌めていた器具を使い始めた。
相変わらず愛想ないなあ。
「迷惑かけちゃったかな」
「まあ、いい機会じゃない? ちょうど死神がいるんだし」
「だよな。だから成仏するなら今が最後のチャンスかもしれない」
「え? みんな成仏すんの? マジ?」
鼻ピアスが慌てた様子で私とハンドくんの間に割り込んできた。
「あのままあそこにいてもなあ。俺も成仏しようかな」
「あなたも?」
「よく考えたら最近の記憶がないんだよね。それってこわいよな。あそこにいる漂っているやつらみたいになりたくない」
気持ちはわかる。
だけど一度に言ってよ。
「アッシュ、成仏希望者一名追加で!」
「食べ物の注文みたいに言うな」
って、私の周りに幽霊が集まってきているんだけど?
「なに? あなた達も成仏希望?」
ぼんやりと半透明な状態でついて来ていた幽霊達まで、わらわらと私の近くに集まりだした。
置いていかれてひとりになりたくないのか、気付くと全員集合している。
日本人って、みんなと同じようにしようとするじゃない。
幽霊になっても、そこは変わらないのかも。
「ちょっと待って。順番にね! 押さないで並んで!」
「……何人いるんだよ」
あれ? この大量成仏のポイントってどうなるんだろう。
洋子さんは生霊だし、井上さんはすでに守護霊だ。
うわあ、もしかして私が独り占め?
「どうすんだ、これ。またポイント計算がやばいことになる」
「でも善行を積んだ方がいいって言っていたじゃない」
「そりゃそうだが……十人以上いるぞ」
でも私、何もしていないからな。
みんな、自分で成仏しようって決めたんだし、私の手柄にするのは違うよね。
「あんたがあそこに来てくれたおかげで、みんなの時間が動き出したんだよ」
「僕の場合、姿を変えられるって教えてもらえたおかげで意識が変わったんだから、きみのおかげだよ」
鼻ピアスとハンドくんの意見に同調するように、幽霊達がふわふわと揺れている様子は笑っているようにも見える。
嫌な笑いじゃなくてね。
ほっとしたような、すっきりしたような、あの親子が浮かべていた温かい笑顔だよ。
「おーー、いたいた。本当にいた」
「あ、俺の担当の死神だ!」
「いちおう従兄の設定だったんだけど、死神だってバレているのかよ。もういいや」
「うわー、こんなに一度に大量成仏?! すげーな」
死神が三人、鼻ピアスとハンドくんの担当の死神と、もうひとりは手伝いで来た死神らしい。
彼らが指示を出すのに合わせて、漂っていた幽霊達が並んでいる様子は、幼稚園に迎えに来た父兄と園児みたいよ。
「はーい。離れないでついて来てね」
「向こうに着けば記憶も戻るんで、そこでもう一度集合してもらいます!」
いや、これはツアーの添乗員と客だな。
「あなたが梨沙さん? お噂は聞いています」
「おお、この人が噂の。ご苦労様です」
「いやー、すごいっすね」
なぜか死神達に親し気に話しかけられてるし。
敬語なのは何?
「いいから、さっさと彼らを連れて行け」
「この人数なんだぞ。迷子が出たら困るだろう」
バタバタしている間に死神がふたり追加されて、一行は揃って光に包まれていった。
「あ」
全身が光に包まれて徐々に小さな光の球になる途中で、あいまいだった輪郭が戻り、霧のような状態だった人達も生前の姿になって、笑顔で手を振ってくれた。
みんなが悪霊にならなくてよかった。
生前の自分を思い出せてよかった。
鼻ピアスもハンドくんもあっという間に見えなくなって、夜空にしばらくの間、光の名残がふんわりと浮かぶ様子はとても幻想的だ。
懸命に作業をしてくれている警察関係者には見えないんだろうな。
まさかすぐ横で、幽霊が大量に成仏したなんて思いもしないだろうね。
先輩が悪霊化しないで済んだのも、あの子が無事に保護されたのも、みんな彼らのおかげだよな。
警察がちゃんと来てくれて、間に合ってくれたからだ。
現実のことは人間じゃないとどうにも出来ないんだよね。
「私も娘の元に戻りますか。短い間でしたけど楽しかったです」
「井上さん、お世話になりました。先輩が守護霊として戻って来たら会いに行くかもしれないんで」
「はい。もし来なかったら、私から会いに行きますよ。洋子さんも自分の身体に戻るんですよね」
「……そうね。今度は生身の身体で戦わなくちゃ」
「健闘をお祈りしています。では失礼します」
音もなく消えてしまった井上さんがいた場所を、しばらくじっと見つめてしまった。
感情が希薄でも、やっぱり別れは寂しいものだ。
「私も行くわ」
「明日、先輩の家に寄った後に病院に行くから。ちゃんと身体に戻れるといいね」
「体に戻ったら、あなたのこと見えないわよ」
「その時は派手に椅子でも倒して知らせる」
洋子さんとふたりで笑い合って、じゃあまた明日って手を振って、彼女が消えるのを見送った。
ぽつんと私とアッシュだけ残されて、ちょっと心細くて、アッシュのすぐ横に近付いてしまう。
本当は腕に掴まりたい気分だけど、そこまでしていい関係じゃないよね。
急展開過ぎて、桐生の家でしたアッシュとの話が中途半端なままで、どう接していいか迷うわ。
「まずはどこに行く?」
「先輩の家に行きたい」
「わかった」
もうひとりで飛べると知っていると思うんだけど、アッシュが手を差し伸べてくれたから、それなら遠慮なくとその手を握り締めた。
「用事が終わったら、話をしよう」
「……うん」
決断の時が近付いているってやつ?
私の気持ちなら、もう決まっているわよ。




