本物のお化け屋敷 (4)
たぶん被害者の安全を最優先するため、犯人に気付かれないように途中で車を停めて、徒歩でここまで来たんだと思う。
最初に警察官が何人か物陰から様子を窺っているのを発見してからは、ものすごい勢いで物事が進んでいった。
サイレンが響き渡り、赤色灯が闇を切り裂き、最終的には救急車や覆面パトカー、鑑識の車等を合わせて十台以上が細い道にずらりと並んだ。
女の子は意識がないまま、救急車にすぐに乗せられて病院に向かったので、あまりこわい思いをしないで済んでよかった。
拉致されただけでも充分にショックを受けただろうけど、気付いたら病院のベッドの上で家族が一緒にいてくれたって状況は、私達に出来る最良の結末だよ。
建物に続く細い道は通行止めにされていて、まだ夜が明けていないというのにマスコミの車が何台も停まっていると、娘さんの様子を確認して戻ってきた井上さんが教えてくれた。
警察に連行された川戸にはもう用がないのか、洋子さんはこの場に残り、私達と一緒に建物の屋根の上から警察の仕事風景を眺めている。
私達の中にはアッシュやシロも、この建物にいた幽霊達も含まれているから、屋根の上は混雑してしまって、たまに落ちているやつもいる。
彼らにとっては、刑事や鑑識が忙しげに行き来している建物の中は、だいぶ居心地が悪いんだろう。
「アッシュ、デスサイスは?」
「片付けた」
「なんで?! どこに? ちょっと見せてよ。持たせてよ」
「危ないから駄目だ」
幽霊なのに?
死なないし、刈り取られる寿命もないよ?
「駄目だ」
これは何を言っても駄目なパターンだな。
最近、我儘を聞いてくれる時と駄目な時が判別出来るようになってきているからね。
「どうやら警察は不思議なことが多くて困っているみたいだよ」
鼻ピアスもハンドくんもフットワークが軽いというか、じっとしていられないというか。
今まで何も変化のない静かな毎日を続けていたのが、突然大騒ぎになって興奮しているのかな。
ふたりして警察官の間を飛び回って、話を盗み聞きしてきた。
「前を走っている車から助けを求めている女性がいるって通報してきた車がいて、実際、あの車の後ろのガラスに手形がついているんだけど、被害者と目撃された女性と髪の長さや服装が違うんだって」
あーー、それは私のせいだわ。
「車内に被害者とは別の人の長い髪の毛が落ちていたそうだ」
「それは私の」
洋子さんが手をあげた。
捜査の途中で、自分の事件に気付いてもらうためだな。
「おや? なにかあったみたいですよ」
井上さんが指さした方向で動きがあるみたいだ。
無線を手にした人が何人かに声をかけて、鑑識の車かな? どこかに走り出した。
「行くぞ」
突然アッシュが立ち上がった。
「え?」
「幸奈、きみも行くんだ」
「うん? 私?」
なんだろう。
シロも尻尾をピンと伸ばして、落ち着かない様子で先輩を急かしている。
よくわからないままアッシュとシロに連れられ、最短距離で目的地に向かったので、先に走り出した警察車両より早く到着してしまった。
洋子さんや井上さんはまだしも、ハンドくんに鼻ピアス、親子にその他大勢ずらずらついてくるのはなんなの。
野次馬精神なのか?
「そうなんですよ。道に迷ったんです。この辺は何度も通っているのに、なんで迷ったのかいまだによくわからないです」
上司に報告しているのかな。
ふたりの警察官が背広姿のおじさんに説明している声が聞こえてきた。
「ここは木が生えていなかったのでUターンしようと思って、ケツから車を突っ込んだんです。そしたら助手席に座っていた斎藤が、奥で何か光ったって言い出して、なんなのか確かめなくちゃいけないって、なぜか強く思ったんです」
自分でもなぜそう思ったのか不思議なようで、警察官は首を傾げている。
「そこで鞄を発見したんだな」
「はい。中に学生証とスマホが入っていましたので、身元はすぐにわかりました」
「女性が拉致されて行方不明だというニュースは何度も見ていたので、もしかしてと思い照合しました」
待って。
もしかして、その鞄って……。
「……私……ここ……」
先輩が両手で口元を覆って、警察官が指さした方向にふらふらと歩き出した。
「山木さん、骨が発見されました!」
「鑑識はまだか!」
川戸のやつ、先輩を殺害したすぐ近くに今回の被害者も連れてきたの?
なんつー神経をしているのよ。
いや、よく知っている場所だから、この山道を選んだのか。
地の利ってやつね。
「私……やっと、見つけてもらえた」
遺体が見つかった以上、踏み荒らすわけにはいかないのか、警察官達は離れた位置に待機していて、骨が見つかった傍には黙々と作業をしている鑑識しかいない。
彼らの作業をじっと見つめながら、先輩がぽつりとつぶやいた。
「よかったですね」
「うん。うん」
本当によかった。
被害者は無事。
やつらは捕まって、先輩の遺体も見つかった。
完璧じゃない?
完璧すぎて、むしろおかしくない?
さっきの警察官の話、偶然が重なりすぎているし、不思議な力が……あ。
「はーい。ひさしぶり」
誰かが遺体のありかを警察官に教えてくれたんじゃないかという考えに辿り着いてすぐ、明るい声が聞こえてきた。
「あなた……私が幽霊になった日にあった死神!」
元同僚を助けるきっかけになった社畜担当の死神が、あの時の色っぽいお姉さんの姿のまま、ひらひらと手を振りながら空中に浮かんでいた。
「うわーー、ソシャゲのキャラが喋ってる」
鼻ピアスも知っているゲームのキャラだったのか。
「もしかしてあなたが警察にこの場所を気付かせてくれたの?」
「あなたのおかげで彼は成仏出来たんだもの。何かお礼がしたかったのよ」
「でも、善行ポイントついたって」
「私がポイントをつけるわけじゃないもん。それにあなた達のこと少し見ていたから、幸奈ちゃんが気の毒でさ」
なんていい人……いい死神なんだ。
「結局助けてもらってばかりで、私は何も出来なかったな」
「そんなことない」
勢いよく先輩が振り返ったので、ちょっと驚いた。
今までどこかぼんやりしていた雰囲気が消えて、目の焦点がばちっとあったような感じで、先輩は真剣な表情で私の手を握った。
「私、あの時、何度も何度も、無駄だと川戸達に笑われても助けてって、ずっと言ってたの。でも助けなんて来るわけなくて絶望して、幽霊になっても誰にも話しかけないで、ずっとひとりでぼんやりしてた。あの日梨沙に話しかけられて、もう一度だけ、助けてって言って、本当によかった」
「先輩……」
「あの時は誰も来てくれなかったけど、今はこんなに多くの人達が私のために動いてくれている。洋子さんも井上さんもあの建物にいた人達も、それに死神達も。梨沙がいなかったらきっと、私は悪霊になっていた」
そんな風に言ってもらえたら、頑張った甲斐があったってものよ。
やりたくてやっただけだからお礼なんていらないけど、それでもやっぱり嬉しい。
「こうして見つけてもらって家に帰れるし、犯人も捕まった」
「うんうん」
「だからもう、行かなくちゃ」
は?
ちょっと待って。展開早すぎでしょ。
確かに全部、やり終えたよ。
目標にしていたことは、全て終わった。
私だって、そろそろこの世とはお別れしないといけないなと思う。
でも今、犯人が捕まったばかりだよ?
余韻というか、仲間と健闘を称え合う時間があってもいいんじゃない?
「もう思い残すことはないわ」
「待って。思い残して。紗理奈さんにお別れ言わなくていいの? 魔法少女ルルちゃんの最終回は?」
「梨沙」
アッシュに肩を叩かれて、はっとして口を閉じる。
やっと先輩が成仏出来るのに、私が止めちゃ駄目だった。




