本物のお化け屋敷 (3)
「死神?」
「なんでここに……」
見物に来ていた幽霊達は、アッシュが自分達を迎えに来たとでも思ったのか、慌てて姿を消したり建物の中に逃げ込み始めた。
「彼は私の死神だから、あなた達には何もしないわよ。あなた達にも担当の死神はいるでしょ?」
安心させようと思って言ったのに、少し不満げな雰囲気が返ってきたのはなんなんだ。
相手にされないのも嫌ってこと?
複雑な幽霊心は、私にはわからないよ。
「担当の死神……」
鼻ピアスも建物の中に戻ろうとしていたようで、半分壁に身をめり込ませた状態でこちらを見た。
「いたような……気もする」
「覚えてないの? まあいいや。逃げてもいいけど、これからがいいところじゃないの?」
あいにく私達は、映画に出てくる幽霊のようには出来なかった。
お化け屋敷なんて言いながら、物音と足音で驚かせただけ。
でも、最後にアッシュがやってくれたわよ。
川戸も桐生も顔色が変わっているもん。
……あれ?
「シロ! 彼らアッシュが見えているわよ。死期が近いの?」
「あ、私も見えてる」
そうだ。洋子さんも今までは見えていなかった。
「いや、見えるようにしているだけだ。死期とは関係ない」
「よかった」
「なんだ、きさま。コスプレか! そこをどけ!」
こんな時間にこんな場所でコスプレしている男がいたら、それはそれでこわいわ。
アッシュは喚きたてる川戸に答えず、デスサイスを構え、片手で横に薙いだ。
「うっ!」
距離があるから刃は当たっていないのに、川戸も桐生も風圧でよろめいている。
「やばい。素敵」
もっとよく見たくて、ウッドデッキの端まで駆け寄って、手摺に手をついて身を乗り出した。
アッシュがデスサイスを動かした時に、風がコートの裾をはためかせたのがもう、映画のワンシーンみたいに超絶に格好よかったのよ。
「やべえ。かっけー」
隠れようとしていたくせに、鼻ピアスまで隣に来て身を乗り出している。
「無言なのもかっけー。喚いているやつが小物に見える」
「わかっているじゃない。でもアッシュは声もいいのよ」
こいつと意気投合するとは思わなかった。
でもアッシュは格好いいんだから、ファンが増えるのは当然か。
「いっ……」
あれ、いつの間にか川戸は怪我をしているみたいだ。
洋子さんにつけられた傷を隠すために着ていたタートルネックの襟が切り裂かれて、手で押さえても、血が指を伝って流れている。
「このっ!」
それでも飛び掛かろうとした川戸の攻撃性はさすがというか、アホというか。
死神にあなたの攻撃が当たるわけがないでしょう。
案の定、川戸の腕は、アッシュの体をすり抜けた。
「なに?!」
勢いをつけていたのでバランスを保てず、川戸はそのまま地面に倒れ込み、投光器が落ちて転がった。
光が逸れて直接光が当たらなくなって、半分闇に溶け込むように佇むアッシュは、余計に雰囲気が出て格好よさ倍増よ。
格好いいが多すぎる?
幽霊は脳みそないんだし、語彙力の低下は許してほしい。
いや、格好いいだけじゃないわ。ちょっと色っぽいのはなんでだろう。
私がそういう目で見ているから?
「本当に……死神……なのか」
桐生のほうは川戸ほど無謀にはなれないようだ。
さんざん心霊現象に遭遇していたところに、今度は死神が登場だもんね。
手にした懐中電灯の光が揺れているのは、手が震えているせいじゃないかな。
「もうひとり……ああ、あそこか」
いつもより低い声で呟いてアッシュは手を車のほうに伸ばした。
何をするんだろうと注目していた私達の前で、車のドアがスライドして開き、誰かに後ろ襟を掴まれたような状態で、岩渕の体が車から引きずり出された。
「え? え?」
そりゃパニックになるわ。
傍には誰もいないのに、猫の子を持ち上げるように襟を掴んで持ちあげられて、勢いよく引っ張られたんだから。
靴先だけが地面にあたり、ざざざざ……っと音がして砂利が飛んだ。
「うそ……だろ? なに……」
「……ありえない」
岩淵は桐生の横に投げ出されて、尻もちをついた。
ありえない光景を見てしまった川戸と桐生は、落ちそうなほど目を見開いて固まっている。さすがの川戸も、これ以上アッシュに食って掛かる気力は残っていないようだ。
「梨沙さん、もうすぐパトカーが来ます」
ようやく戻ってきた井上さんの言葉にほっと息をつく。
アッシュが来てくれたから大丈夫だとは思っていたけど、それでも一番聞きたかった報告だ。
「道が細いけどわかるかな」
「あの光が、いい具合に下まで届いているんです」
井上さんが指さしたのは投光器だ。
どうやら、ちょうど下の道を照らす方向を向いているらしい。
「彼はまた派手にやっていますね」
「そういえば、人間に姿を見せちゃって大丈夫なのかな」
「さあ?」
手を出しちゃいけないってシロも話していたのに、がっつり手を出しているよね。
格好よさに夢中になっていたけど、冷静になって考えると心配になってきた。
「おまえ達はすぐに警察に捕まる。残りの寿命を俺に刈り取られたくなければ、罪を償え。黙秘などするな。否認も駄目だ。もちろん心神喪失で責任能力がないなんて言い逃れは許さないぞ」
デスサイスを突き付けながら言われて、岩渕なんて涙目になっている。
でもこの状況でも、川戸はまだ反抗的な態度だ。
「どうせ死ぬなら、おまえに殺されようが死刑になろうが同じゃねえかよ」
死刑になるくらい罪を重ねている自覚があるんだな。
こういうやつは、一生刑務所から出しちゃ駄目だ。
「死ぬところまでは同じだが、その後が違う」
「その後?」
アッシュが横を見たので、三人も、そしてこの場にいる全員がアッシュの視線の先に注目した。
暗闇の中からゆっくりと姿を現したのは先輩だ。
俯いているために髪が表情を隠し、唇の赤さだけが際立っている。
殺された時の服にも足にも手にも、泥がこびりついていた。
「おまえ……は」
「ひえええええ。幽霊だ! あの時の子だ!」
「黙れ岩渕!」
先輩の足元に纏わりつくように白い猫が現れ、瞳を金色に光らせて、濁った声でにゃおーんと鳴いた。
こういう時は黒猫がお約束だと思うんだけど、暗い背景の中に浮かび上がって見える白い猫はこの世のものとは思えない。
「こわかった。つらかった。痛かった」
先輩のかすれた声が暗闇に吸い込まれていく。
「誰も助けてくれなかった。あなた達の笑う声が耳から離れなかった。みじめで孤独で……あなた達が憎かった」
「わ、悪かった! 許してくれ!」
突然岩渕が叫びながら土下座した。
「ちゃんと罪を償う。全部話す!」
「馬鹿野郎! 裏切る気か!」
「俺はあんたと違って、他には何もやっていないんだよ!」
川戸に怒鳴られても、今回ばかりは恐怖の方が強いんだろう。
後悔もあったのかもしれない。
「うるせえ。おまえもころ……」
川戸の背後の暗闇から白い手がにゅーっと突き出され、両手で彼の首を絞めた。
「許さない……」
今度は洋子さんだ。
「人形のように扱って……痛めつけて……放置した」
「くそっ! 離せ!」
川戸が腕を掴もうとしても、振り解こうとしても、洋子さんに触れることが出来ず、ひとりでもがくばかりだ。
「同じ目にあわせて。動けなくして……殴って……腕を折って……」
「同じでは駄目だろう。何倍にもして、永遠に味合わせてやろう」
「素敵」
アッシュの返事に、洋子さんが満足そうに笑った。
先輩も微笑んだ気配がする。
「本当に……幽霊が……」
桐生はもう諦めたのかぼんやりと佇んでいる。
「俺のうちにいたのは……あんた達か」
今なら私の声も届くのかもしれない。
私も桐生の隣に移動して、
「あんたはまず、酒をやめなさい」
ひとこと言ってやったら、桐生はこんな時だというのに微かに口元を緩めた。
「どうせ、捕まったら酒は飲めないだろ」
川戸や岩淵と違って、最後までよくわからない男だったわ。
理解してやる義理もないんだけどね。
「三人とも、ずっと見ているわよ」
これ以上やると、本当に心神喪失になりそうだ。
私達に出来るのはここまで。
ここからは警察の仕事よ。




