本物のお化け屋敷 (2)
ふわりと浮き上がって天井を通り抜けた先は、床も壁も木調の十畳ほどの部屋で、中央に以前住んでいた夫婦が置いていったベッドが二つ並んでいた。
奥には小さなデスクと椅子も置いてある。
今は半分取れてしまったカーテンがぶら下がっている窓からは、昼間は明るい日差しが差し込むんだろう。
バタンとドアの開く音が聞こえたので廊下に出ると、桐生達は階段を上って右側にある部屋のドアの前にいた。
「あっちは何も置いていない部屋だったわよ」
「家具が置いてあるのはこの部屋だけなのね」
川戸の背後にいた洋子さんが、私の横まで移動してきて教えてくれた。
姿が見えるなら、べたりとくっついていなくてもいいんだって。
「このふたつは子供部屋だったはずだ」
「ふーん」
ふたりが隣の部屋に向かうと、歩くたびに床がぎしぎしと軋んだ。
全部木製だからずっと換気しない湿気の多い状態だと、傷みが早いのかもね。
「何もないな」
「家具が残っているのは向こうの主寝室だけだ」
「ベッドが残っているなら、そこに女を連れ込めばいい」
「そうだな」
主寝室のドア近くに立っている私のほうに近付いて来るふたりを、私は腕を組んで、洋子さんは腰に手を当てて出迎えた。
私達のすぐ目の前まで来たふたりは、もちろん幽霊の存在に気付くわけもなくて、ドアを開けて部屋の中に入っていった。
「よし、ここに女を連れて来よう」
「岩淵をひとりにしておくのは不安だ。早めに戻ろう」
「あの馬鹿、まさか女に手を出していないだろうな」
「そんな度胸があるわけないだろう」
会話しながらふたりが部屋を出ようとした時、ガシャンっという大きな音が響いた。
「なんだ?」
「向こうの部屋だ」
私と洋子さんは開けっ放しだったドアの後ろに立っていたので、ふたりが私達の前をどたどたと走って通り抜けて、急いで音の聞こえた部屋に向かい、ドアを開けて投光器で中を照らす様子を観察出来た。
「誰もいねえぞ」
「待て。……クローゼットが開いている」
「さっきも開いてたんだろ」
「いや、今の音は、あれが開く音だったんじゃないか?」
そんなことあるわけないと言おうとしたのか川戸は口を開きかけて、でも何も言わずに口を閉じた。
中に誰か潜んでいた可能性はあるもんね。
「あんな感じでよかったか?」
「上出来よ」
すぐ横に姿を現した鼻ピアスは、洋子さんに褒められて嬉しそうだ。
このタイミングで今度は、もうひとつの子供部屋から大きな音が響いた。
「またかよ」
今度は桐生達も慎重だ。
ドアを開けっぱなしのまま廊下に出て隣の部屋に移動し、桐生が音をさせないようにドアノブを回し、ガチャッという音がするとすぐに勢いよくドアを開け、川戸が懐中電灯を武器代わりに右手に構え、左手で投光器を持って室内を照らした。
「刑事ドラマみたいね」
「あいつら、何者だよ」
洋子さんと鼻ピアスはすっかり見物モードだ。
室内ではふたりが隅々まで照らしてチェックしているのか、ガタガタと音がしている。
「今度はこっちの部屋でいいのかな」
桐生達がいる部屋から出てきたハンドくんは、楽しそうに言いながら主寝室に入っていった。
「ドアはちゃんと閉めないと」
私がドアを閉めるとすぐ、今度は主寝室のクローゼットを開ける音が響いた。
その後すぐに聞こえてきた音は、たぶん椅子を引きずる音だと思う。
今回は桐生達はすぐには部屋を出て来なかった。
さすがにおかしいと思うよね。
ここに住み着いている人間の仕業だとしたら、桐生達に喧嘩を売っているようなものだし、部屋と部屋を移動するには細い廊下を通るしかないのに、足音はいっさい聞こえていない。
「おい、あそこのドア」
「……ああ」
ようやく出てきたふたりは、主寝室のドアが閉まっているのに気付いて足を止めた。
どこの部屋もドアを開けっぱなしでだらしないなと思っていたんだけど、どうやらわざとだったらしい。
「誰か階段を降りていったりはしてねえよな」
「それなら俺の立っている場所から見えたはずだ。誰も階段には行っていない」
「だったら、まだあの部屋にいるはずだ」
ゆっくりと主寝室に近付いて、先程と同じように誰かがいた時にはすぐに殴れるようにし、ふたりは室内に入っていく。
もちろん室内には誰もいなくて、クローゼットが開けられているだけだ。
椅子の位置なんて、彼らは確認していないでしょ。
「やめよう。この家はおかしい」
桐生が廊下に飛び出してきた。
誰もいなければ答えはひとつ。
桐生は、心霊現象が原因で引っ越したばかりだ。
恐怖も半端ないはず。
「落ち着けよ。あの女はどうすんだよ」
「おまえが好きにすればいいだろう」
「はあ?」
仲間割れを始めてくれた。
これでもう少し時間を稼げるかも。
「先輩!」
「はーい」
一階にいる先輩に声をかけると、元気な声が返ってきた。
「よーし。二階まで競争だ」
「うん!」
先輩と男の子はよーいドンと声を合わせてから、どたどたと足音を立てて階段を駆け上がってきた。
「え?」
「は?」
階段を駆け上がる複数の足音が聞こえても、姿は見えない。
でも間違いなく誰かが廊下を走って彼らの横を通り抜け、主寝室に駆け込むと同時にバタンとドアが閉まったんだよ。そりゃあ驚くよ。
桐生と川戸はあまりの驚きに硬直してしまっている。
「うそ……だろ。いや……ないわ」
「だから言っただろう。早く出よう」
「しょうがねえ。別の場所を探すか」
「いや。もう酔いが冷めた。そんな気分じゃない」
「ふざけんなよ」
さっさと階段を降りようとする桐生の腕を川戸が掴んだ。
「あの女を俺にだけ押し付ける気かよ」
「だったらこの家に置いていけばいいだろう。俺達を街まで送った後は、どうしようとおまえの好きにすればいい。鍵はやるから監禁でも何でもしろよ」
「……悪くはないな」
こいつら、本当にくそだな。
特に川戸の神経が理解出来ない。マジでサイコパスなんじゃないの?
「もうパトカーが来てもおかしくない時間じゃない? 警察は何やってんのよ」
「この場所を知っているのか?」
ハンドくんに聞かれて私は首を横に振った。
「でもスマホを繋いだままにしているから、見つけられるはずよ」
「ここは圏外だよ」
「ええええ?!」
それで遅いのか!!
いやでも、後ろをついて来てくれた車と別れてから、それほど距離は走っていないはず。
「女はここに放置しておくって言えば、岩渕も安心するだろう。あの小心者は、もう付き合わせないほうがいい」
「確かにな。自首すると言い出しそうだ。じゃあそうするか」
どうしよう。
やつらが女の子を連れてきた時に、また驚かした方がいいのかな。
出来れば警察が来るまでここに足止めしたいけど、女の子の無事を考えたら、置いていかせた方がいいかもしれない。
「どうする? 家から出さないようにするか?」
鼻ピアスもハンドくんもまだやる気だけど、彼らにとってこの家って大事な居場所でしょ?
「あまり怒らせると、特に川戸は家に火をつけそうな怖さがあるのよ」
「それは……」
「だから大丈夫。ちょっと様子を見るわ」
井上さんはまだ戻ってこないのかな。
川戸達が家を出て行くのを見送るしかなくて、無駄にうろうろしてしまう。
「梨沙、大丈夫。女の子が無事なら、まだ何か出来る」
「先輩」
駄目だな。先輩のほうが落ち着いているじゃない。もっとしっかりしないと。
「私達は男共についていくので、女の子が置いていかれたらよろしく」
「よろしくって言われてもなあ」
「うん。僕達には何も出来ないよ」
「川戸が戻ってくるまでに起こしてほしいのよ」
スマホがあればライト代わりにして、電波の届いている場所まで帰れるでしょう。
いや、心配だから残ろうかな。
「ちょっと来て!」
洋子さんが身体は外にいるままで、壁から頭だけ突き出して叫んだ。
「なに? すごい格好よ」
「いいから早く。おもしろいから」
おもしろい? この状況で何が?
洋子さん、にやにやしちゃっているよ。
「行ってみよう」
先輩に声をかけて外に出ると、後ろから幽霊達がぞろぞろとついてきた。
私達には月明りでも充分に明るい。
だから、川戸と桐生がウッドデッキを降りて何歩か歩いた場所で、呆然と立ち竦んでいる背中が見えた。
「あ……」
道の先を照らしていた川戸の投光器の光の中に、背の高い男が立っていた。
見覚えのある黒いパンツと厚底ブーツに、足首まで丈のある黒いコートを着込んでいる。
投光器の光を当てられているのに、フードを深く被っているせいか暗くて顔は判別出来ない。
ただ、黒いフードの奥に小さな赤い炎がふたつ、本来なら目のある位置に揺れている。
赤黒い地金のデスサイスを右手に持ち、風にコートの裾をはためかせた姿は、これぞ誰もが思い描く死神の姿だ。
研ぎ澄まされたデスサイスの刃先が光を反射して禍々しくきらめくのを見て、私は悲鳴を上げた。
「きゃー! 私の死神が最高なんですけど!」
「……おまえの担当の死神な」
いつの間に足元にいたのよ、この猫。
うるさいんですけど。




