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本物のお化け屋敷  (1)

「これは……パトカーが来た時に見つけにくいかも」


 左折してすぐと桐生が言っていたので、現在走行中の道路と同じような道沿いに建っている家を想像していたのに、現実はだいぶ違った。

 左折というよりは斜め上に伸びていると言った方が正しい道は、車がすれ違うのが難しいくらい細く、両脇の木が生い茂っているせいで、傍まで行かないと道があることすら気付けない。

 舗装はされているけどかなりがたがたで、外灯もないので真っ暗だ。


「あれですか」

「うわあ」


 目的の建物は、山小屋風というのかロッジ風といえばいいのか。

 丸太を組み上げて壁や屋根にした二階建ての建物だ。

 階段を五段ほど上るウッドデッキの先に玄関があるようだ。


 元はおしゃれな建物だったんだろうな。

 窓に明かりが灯り、掃除されていて、煙突から煙が立ち上っていたら、居心地のいい我が家になるんだろう。

 でも何年も放置されて雨風にさらされた建物は色褪せ、積もった枯葉が腐り、その上に更に枯葉が重なって、木材まで腐らせていた。

 山の中だから虫も動物もいる。

 蜘蛛の巣に虫の死骸に動物の糞に……生きている時だったら絶対に近付かないよ。


「だからこそ、間違いなくいる」


 外の闇より暗い窓の奥に、きっと幽霊仲間がいるはずだ。


「私はパトカーが来ているかどうか見てきます」

「よろしく」

「えー、私は留守番?」


 井上さんが姿を消してしまったので、洋子さんが嫌そうな声をあげた。


「彼らがこっちに来る時に一緒に来て」

「それならいいわ。川戸を苦しませる時は見ていたいの」


 ここまで執着すると、復讐を果たした後に目的を失ってしまいそうで心配だ。

 元の体は何か月も寝たきりなんだから、体に戻った後にはつらいリハビリが待っているんだよ。

 根性はありそうだから大丈夫かな。


「先輩行きますよ」

「うん」


 私と先輩は一瞬でウッドデッキに移動し、扉をすり抜けて室内に入った。

 暗闇でも見えるのは便利だね。

 転んでいる幽霊を見たって話は、聞いたことがないもんな。

 中はリビングダイニングになっていて、ソファーセットや大きな木製のテーブルと椅子まで置かれたままだ。

 家具付きで売りに出したのかもしれない。


「気配はするね」

「どうするの?」


 心配そうに立っている先輩に笑いかけ、胸に手を当てて集中してから、


「ここにいる幽霊達にお願いがあります!」


 幽霊がそんな大きな声を出していいのかと自分でも心配になるくらいの声で叫んだ。


「すぐに殺人犯の男達がここにやってきます!」


 空気が揺れて、周囲に気配が増えていく。

 ガタンと椅子が揺れた。


「私の隣にいる女性を殺した犯人です! やつらは、ここでまた殺人を犯す気でいます!」

「殺人犯?」

「ママ、こわいよ」


 台所のほうから現れたのは、小さな男の子と母親だ。

 半透明なため、顔はよく判別出来ない。


「うるせえな。ほっときゃいいだろ」


 奥から若い男が姿を現した。耳だけじゃなくて眉や鼻にもピアスを付けている。

 彼の背後には、姿が定まらない靄のような幽霊が何体もゆらゆらと漂っていた。


「高校生の女の子を攫ってきて殺そうとしているのよ」

「俺達に何が出来るんだよ」

「もう警察に連絡はしてあるの。パトカーが到着するまで時間を稼ぎたいのよ」

「お願いします! 私を殺した犯人を捕まえるのを手伝ってください!」


 先輩が大きな声で言いながらぺこりと頭を下げた。

 ここが正念場だからか、徐々に話し方がはっきりしてきている。

 たどたどしい話し方も可愛かったけど、今のほうが生きていた頃の先輩の本来の姿なんだろうな。


「そう言われても、どうすればいいの?」

「ここをお化け屋敷にするの。ビビらせて、ここで殺人なんて出来ないようにするわ」

「やる」


 奥の部屋から手だけがにゅっと出てきた。


「ここで殺人なんてされたら……人がたくさん来る」


 心霊動画で手だけが映っているというのはよく見るけど、実際にお目にかかるとは思わなかった。

 青白い手も声も男性のものだ。

 おそらくこの建物の中で、一番強い霊は彼だろう。


「それは、嫌ね。建物を壊されたら困るわ」


 母親の幽霊は、腰にしがみついている子供の頭を撫でながら言った。

 周囲の会話出来ない気配や靄のような幽霊達は、一番強い霊の意思に従うようだ。

 こんな場所にも秩序はあるんだね。


「あの車のやつらか。……照明を持っているようだな」

「懐中電灯?」

「いや……夜釣りによく使う照明だ」


 川戸が釣りをしているというのも驚きだし、手だけしか見えない幽霊がこんなに喋るのも驚きだ。


「あの、聞いてもいいかな。なんで手だけ?」

「……事故で死んでね、傷がひどくて見せられる状態じゃないんだ」

「え? 死んだあとは自分が一番幸せだった頃の姿になるでしょ?」

「え?」


 この人の死神は何をやっているのさ。

 ここにいる幽霊皆にも、担当の死神はいたはずでしょう?

 忙しくて放置したままなんじゃないでしょうね。


「シロ! そのへんどうなの?」


 物珍しそうに室内を見回していたシロは、ぴょんとテーブルに飛び乗った。


「まず死んでいることを自覚しないとな。死んでいるんだから生きている時とは違う法則が作用することを認知しないといけない」

「猫の姿で話すと嘘くさいね」

「だったら聞くな」


 つまりは、死んだ時の姿でいなくていいんだと気付かないと駄目なんだな。

 

「この姿でいなくていいのか。幽霊は死んだ時の姿のままなんだと思い込んでいた。……私は、どんな姿に見えるんだ?」


 ためらいがちに現れたのは、三十代前半のなかなかイケてる背の高い男性だった。

 背広姿の人が多いのは日本人ならではなのかな。

 生きている間に一番長く着ているのが背広だって男性は、けっこう多いもんね。


「三十代前半くらいの男性。傷なんてないわよ」

「なんだよ、顔を見せないからどんな奴かと思ったら、普通じゃんか」


 鼻ピアスと私の答えに、男性は両手で自分の顔や体を触って、安心して気が抜けたのか壁に寄りかかった。


「そうか。死んですぐに見降ろした自分の体がひどい状況だったから、ずっとそうなんだと思い込んでいた」

「それなら問題なく動けるわね」

「気付かせてくれたお礼だ。やつらを震え上がらせてやるよ」

「ママ、僕もやる。お化け屋敷だって」

「そうね。ちょっと楽しそうね」


 幽霊になっても生きていた時の性格は残っているのよね。

 静かに過ごせる場所が欲しくてここに集まっているのに、その場所で犯罪を起こされるのは幽霊だって嫌なのよ。

 それにぼんやりと毎日を過ごしている彼らからしたら、これは滅多にないイベントよ。


「梨沙、いる?」

「洋子さん」

「うおー、美人じゃん」


 洋子さんが姿を現した途端に鼻ピアスが嬉しそうに近付いてきた。


「岩淵を高校生の見張りに残して、ふたりで来るって」

「車を奪って高校生を助ける勇気なんて、あいつにはないわよね」

「川戸が車の鍵を持っているから無理よ」

「あれ? おねーさん、少し変じゃね?」


 洋子さんは馴れ馴れしい鼻ピアスを迷惑そうに横目で睨んでから、窓の外を指さした。


「これからここに来る大きい方の男に暴力を振るわれて、体は病院のベッドで寝た切りよ。私は生霊なの」

「ひでえ。女性に暴力をふるうなんてありえねえ。よし、痛めつけてやるぜ!」


 もしもし?

 ここに殺害された被害者もいるんですけど?

 女子高生が殺されそうだって話もしたのに反応なかったよね。


「俺に任せろ」

「あーはいはい。当てにしてるわ」

「おう!」


 洋子さんにいいところを見せたくて必死だな。


 桐生が持った懐中電灯の光が丸い円を描いて、時折建物の中にも差し込んでくる。

 じゃりじゃりと細かい砂を踏む足音が、トントンと軽い音になったので、ウッドデッキの階段を上り始めているんだろう。


 「鍵を持っているの?」

 「仕事でここに来た時に、使えそうだと思って合鍵を作ったって言ってたわ」


 桐生はただの酒乱じゃなくて、普段から思考が犯罪者だったわ。


「来るわよ。準備いい?」


 私が声をかけるのとほぼ同時に扉が大きく開かれた。

 ふたりの懐中電灯の光が、何年も静かな夜を過ごしてきた室内を照らしていく。

 彼らにとっては安心出来る光も、ここにいる幽霊達にしてみたら闇を侵食する迷惑な存在でしかない。


「かび臭いな」

「換気していないからな。窓ガラスが割れているところもないし、誰もいないだろう」

「いちおう一通り回ってみようぜ」


 桐生は懐中電灯を持ち、川戸は黄色い持ち手のついた投光器を左手で持って、ヘッドライトをつけている。

 やっぱり川戸は、最初から女性を拉致する気だったでしょ。

 こいつを野放しにしちゃ駄目だ。

 

「こっちは台所か。うえっ。虫の死骸だらけだ」

「勝手口も閉まっているよな」

「おう」


 川戸が台所付近を調べ、桐生はハンドくんが手だけだしていた引き戸の前に立ち、奥の部屋を照らして、


「ヒトの部屋を勝手に照らすな」

「うわっ」


 手で耳元を押さえながら、リビングの中央まで急いで移動した。


「男の声がした。何か喋っていた」


 あんなにはっきり喋っているのに、人間には何を言っているかわからないのか。

 私が横で喋っていても気付かないはずだ。


「おまえさあ、いい加減にしろよ。そんなビビりだったのか。さっさと二階のチェックをしよう。女が目を覚ましたら面倒だ」

「……ああ」


 うんざりした声で答えて川戸はさっさと階段を上り始めたが、桐生は青い顔で息を整えている。

 焦りで呼吸が浅くなっているんだろう。


「洋子さん、川戸はこわがっていないわよ?」

「ふん」

「くっそ。なんで今更傷が痛くなるんだよ」


 二階から忌々しげな声が聞こえてきた。

 

 


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